●第七話 石けんが村にもたらすモノ
「おっとう! おっとう! 見てくれ」
オルガが家に石けんの壺をもっていき、誇らしげに掲げてみせる。
「うん? 誰だ、お前は」
だが、おじさんは自分の息子だと気づいていないようだ。
「あぁ? いや、オレだよオレ、オルガだよ!」
「嘘を付くな。オルガはもっと浅黒い色をしている。親子だからな。このオレと同じ肌色になるはずだ」
「だから、それが石けんで変わったんだよ」
「なに、石けん?」
「とにかくおっとうも使ってみてくれ。スゲー気持ちいいし、――飛ぶぞ?」
わざと声を低くしてオルガがニヤリと笑い、俺の真似をした。
「だが断る」
「なんでだよぅ」
「そんな怪しげな魔術はいらん。だいたい、お前、体の臭いが――むっ! つまり体の臭いを変えられる、ということか?」
「おお、そうだぜ、おっとう。これってさ、オレら狩人にとっては、使えるんじゃねえか?」
オルガが意味深な笑みを浮かべる。
「――よかろう。一度人間の臭いを覚えてしまった獲物でも、油断させられるかもしれん。使い方を教えろ、オルガ」
「よしきた!」
三日後、オルガの親父さんは稀に見るでっかいイノシシを仕留めて戻ってきた。
大きさがゾウくらいあるんですけど……! マンモス!?
「礼を言うぞ、シン。お前のおかげで、この冬は肉に困ることはなさそうだ。隣街に売りに行く塩漬け肉も多くできそうだから、三年分は塩が備蓄できる」
「よかった」
「これをやろう。受け取ってくれ」
大半は塩漬けにされるのだが、お礼と言うことで俺はイノシシの睾丸をもらった。
つまりは金玉である。
ジビエ料理では珍味とされているが……イヤイヤイヤそんなものを食いたくない! しかもスライスしただけの生の刺身ときた。オエー。
「食え。これは滋養が付く。シン、お前は力はあるがまだ線が細い。食っておけ」
「と、父さん」
「その通りだ。食え」
助けを求めたのに、隣で父さんもうなずくだけだ。勘弁して欲しい。
見た目はピンクの――ブリの刺身みたいで、中まで肉が詰まっている。金玉の輪切り構造を生まれて初めて見た。
……見たくはなかった。ヒュッと下半身が縮こまる。
「シン、傷む前に食え。教えたはずだぞ、命には敬意を払えと」
父さんが真面目な顔で言う。
そうなのだ。ここでは皆、生き物を殺して食う。それは純粋に生きるためであり、遊びで殺すのではない。そうしない限り誰も生きていけないからだ。
失われた命は二度と戻ってこない。
ならばこそ、余すところなくいただくのが命に対する敬意というものだろう。
「わかったよ」
自作のマイ箸でつまみ、念のため用意した薬味のシソと一緒に口に運ぶ。
臭いは強くは無いが、やっぱり獣肉の臭いがする。
ええい、ままよ!
意を決して口に放り込む。
むにゅっとした柔らかい歯応え。おお? 肉にしては柔らかい。
ただ……ブリの刺身よりも粘り気があって何というか消費期限ギリギリのイカみたいな感じだな。
味は癖もなく、ほのかに甘みがあって思ったよりはおいしい。
「ご、ごちそうさまでした」
吐かずに食べきった。偉いぞ、俺。
「まだたくさんあるぞ」
「ファッ!? うっぷ」
「仕方ないな、オルガ、お前が食って良いぞ」
「やった! 金玉を食うと元気が出るからな!」
さすが猟師の子供、オルガはガツガツとうまそうに肉を平らげた。
その夜――
「ぬおおおー、目が冴えて寝られん!」
『闇の帳に爛々と目を血走らせ、原初の月夜を荒ぶる祝宴とせしめん』――天啓の通りになった。
だけど、やたらと滋養強壮になったようだが、子供が精力を付けてもあんまり意味がないのだった……。
ピロリン♪
『称号<森のヌシを食らいし猛者>を手に入れました』
『称号の付与効果により、以下の能力が永続的に上がります』
『<体力>+3』
『<魔力>+1』
『MAXHP+100』
『MAXMP+20』
『<属性> 修羅+1』
『ハーレム適性+1』
本日19時にもう一話投稿予定です。