●幕間 隠蔽
(視点が変わります)
シースタニア王国とライネラント王国の国境沿いに位置するロートリング伯爵領。
領地はそれほど広くないが、肥沃な森に生息するシルバーウルフの毛皮は輝くほど美しく、貴族達に人気であるため、しばしばシースタニア王国との間で領地の帰属を争っている。現在は先の十年戦争で勝利したライネラント王国が支配していた。
「閣下、閣下はいずこにおわす!」
霧に包まれた中庭に騒がしい声が響き渡り、ロートリング伯爵は飲みかけていたハーブティーをテーブルに置いてため息をついた。
「ここだ!」
「おお、こちらにおわしたか! 閣下!」
フルプレートを装着し、ガチャガチャと音を立てた上級騎士がやってくると、おざなりに一礼する。
「それで?」
「はっ、ただいまエイザースの街に旅の冒険者が『情報』を持って参りまして」
「構わん。いつも通りに処理しろ」
「それが、エルフの魔法使いも連れております」
「ほう? 魔法使いもいるのか。名は?」
「ニースだそうです」
「聞かぬ名だ。いくら魔術に長けたエルフとはいえ、無名の魔術師があの『白顔の司祭』に敵うものか」
「ですが、ギルド長の報告によれば、間違いなく群を抜いた手練れとのこと。いかがなさいますか?」
「ランクはどうなのだ?」
「それが全員F……と」
「ハッハッハッ、Fランクだと? 馬鹿も休み休み言え。それではゾンビウルフも倒せんだろうが」
「いえ、その者たちの報告では三十頭ほど討伐したそうです。これはギルド長の私見となりますが、何らかの事情があってギルドカードを偽造したのでは、と」
「馬鹿な。ギルドカードが偽造できない代物だというのは騎士団のお前でも承知しているだろう」
ギルドカードは神々の遺産によって生み出されているとされ、詳細は一国の王すら知らないともっぱらの噂だ。
「いえ、確かに個人が簡単に偽造できるようなモノではありません。ですが、登録の最初から、本物のカードを用意しておけば……」
「んん? つまり、ギルドの受付で水晶玉のチェックを省き、ギルド側も承知の上でということか」
「はい」
「可能なのか?」
「試したことはありませんが、可能かと思われます。カードを紛失した際の更新で、ランクアップを意図的に省けば」
「更新日時はいつだ?」
「リーダーのジークという者が五年前となっていたそうです。いくらずぼらな冒険者でも五年も更新しないなど、考えられませぬ」
「出身はどこだ?」
「シースタニアでございます」
「ふん、忌々しい羊飼いの貧乏国か。間者ではないのか?」
「いえ、でしたら、冒険者ギルドにも顔を出さず、もっと隠密に行動するのではと」
「ふうむ……。その魔術師、腕は立つと言ったな?」
「は、そのように聞いております」
「では、『白顔の司祭』の居場所を教えてやれ。ただし、尾行も付けろ。誰かと接触したり、逃げ出そうとするようなら……その時点で始末しろ」
「はっ、仰せのままに」
走り去る騎士を見送ったロートリング伯爵は自分の指にはめられた指輪を撫でた。その指輪には黒いカラスが紋章として彫り込まれている。
「ただの間者か、それとも我らの救世主か……いずれにしろ、苦労して手に入れた我が土地だ。そう簡単に手放してなるものか。絶対にな」
伯爵はいとおしそうに何度もその指輪を繰り返して撫でるのだった。




