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●第六話 腐臭

「ヴィンデンスアンゼ! グォーオーティッタルン!」


 ニースが何か魔法を唱えると、小さな疾風が巻き起こり、周囲の森の葉を揺らした。


「ニース、敵を引き寄せても面倒だ、無駄撃ちの攻撃呪文はやめたほうがいい」


「攻撃じゃないもん!」


「んん? そうか。それならいいんだが」


 ニースは幼いながらも賢い子なので、好きにさせておこう。


 しばらく待っていると、再び疾風がこちらに舞い戻ってきた。


「シン、後ろに三匹いる!」


「なにっ?」


 慌てて振り向いたが、ちょうど森の茂みから二頭のシルバーウルフが跳び出してくるところだった。

 いや、あれはシルバーウルフなのだろうか?

 黒ずんだ毛はところどころ剥げ落ち、赤黒いまだら模様があるが……狼には違いない。


「ひぅ、シン! あの子達は、死んでる!」


 ニースが身震いして叫んだ。


「えっ!?」


 何か葉っぱやゴミでも付いているのかと思ったが、それで理解できた。

 二頭のシルバーウルフの顔から垂れさがっているモノ――あれはヤツらの腐りゆく目玉だった。


「まずい、ゾンビ状態か。ニース、アレに噛まれるなよ」


 こちらの世界でゾンビに噛まれたらどうなるのか、詳しいことは俺も知らない。


 だが衛生面から考えてよろしくないし、RPGにありがちな麻痺の追加効果を食らっても困る。万が一、ニースがゾンビに感染してしまったりしたら目も当てられない大惨事だし、そこは安全策を採っておく。


「わ、わかった!」


 そして、相手がゾンビなら、炎で攻撃するのが定石!

 

「――四大精霊サラマンダーよ、我がマナの供物をもって炎の息を吹きかけたまえ。ファイア!」


 残念ながら俺の着火の呪文では、炎の弾を勢いよく飛ばすというわけにもいかない。

 これはあくまで初級の生活魔法でしかないのだ。

 だが、その場に生えている草に火さえ起こしてしまえば――

 

「ヴィンデンスアンゼ!」


 そう、ここにはエルフの精霊使いもいるのだ。

 ニースが精霊に呼びかけると、一陣の風が炎を煽り、草むらの上を疾走する。

 ゾンビウルフは恐れもせずに炎の中に飛び込んできたが、たちまち体から煙を吐き出すと、熱さに耐え切れなかったようでその場でのたうち回り始めた。


「ニース、向こうへも頼む」


「わかった! ヴィンデンスアンゼ!」


 俺は反対方向の、何もない場所にも炎を広げる。

 下手に炎を広げてしまえば、自分たちが囲まれて丸焼けになる危険性もあるが、風の方向を自在に操れるニースがいれば全く問題ない。

 そして彼女は最初に「三匹いる!」と言っていた。


「これで、チェックメイトだ!」


「GAU!」


 反対側から飛び出してきた三頭目のゾンビウルフがまんまと燃え盛る草むらへと飛び込んでくる。

 だが、やはり同じように炎に耐え切れず、のたうち回ると燃え尽き、煙と化した。

 

「ふうん、ゾンビは肉が残らないのか……」


 理屈はわからないが、わずかな骨だけを残して消えている。これなら、土壌の汚染は心配しなくてもよさそうだ。

 念のため、クワで骨をつついてみたが、動く気配はない。

 

『ゾンビ・シルバーウルフの群れを倒した!』

『完封勝利!』

『称号<先読みの(プロフェッサー)戦術士(タクティシャン)>を入手』

『【火計】【連携】【タクティクス・コンバット】をそれぞれ入手』


「よし、もう大丈夫だ」

「やったぁ!」


 抱きついて喜ぶニースの頭を撫でてやる。

 ただ、これからエルフの里に行くわけだしな。

 事案発生にならないよう、注意しておくか。


「ニース、こういうときはハイタッチだぞ」


「ハイタッチ? こう?」


「そうそう」


「シン! 無事か!」


 父さんも戻ってきた。血も付いていないし、大丈夫そうだ。ま、父さんは強いしなぁ。


「問題ないよ、父さん」


「そうか、それは良かった」


 ほっとした表情を見せる父さんも心配症だ。すぐに地面の骨に気が付いた。


「むむ、三頭も倒したか。炎が使えたから良かったものの……シン、言い忘れていたが、ゾンビは普通の剣では苦労させられる。覚えておくといい」


「ちなみに、父さんはこんな短時間でどうやって群れを倒してきたの?」


 向こうにもたくさんいたはずだ。こちらよりも多い数が。

 

(スキル)だな。魔力やオーラを込めるか、骨ごと粉々にすればゾンビは倒せる」


「おお。オーラってどうやるの?」


「それはな、精神を――いや、すぐに習得できるようなものではない。あとで教えてやる」


「「エー」」


「それより、近隣の街にも報せておかねば。ゾンビは放っておくと増える。しかもシルバーウルフが二手に分かれたり、挟み撃ちをやるような知恵など無かったはずだ」


「ということは……」


「ああ。群れを率いる上位種がいるか、ひょっとするとネームドかもしれん」


 名前付き(ネームド

 それは時に種族の強さの限界も超えうるという。

 かつてネームドのゴブリン一匹によって、一国の騎士団が全滅させられたこともあるのだ。


 森の奥から吹いてくる生暖かい風に、俺とニースは思わず身震いした。

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