●第五話 道中
父さんの話では、シースタニアの国をずっと北に向かえば、果てにエルフの国があるという。
ニースは袋詰めにして盗賊達にさらわれてこの地に連れてこられてしまったため、彼女自身はそこまでの道を覚えていないというが、とにかく北に向かえばだいたいの場所は思い出せるだろう。
「――というわけで、領主が英雄に襲われるかもしれない」
俺は天啓についても父さんに話しておく。父さんが英雄という可能性もあるが、父さんは領主を手にかけるなんてことはないだろう。
「異端の英雄か……、それは確かにお前の可能性もあるな、シン」
「ええ? 父さんまで」
「だが、相手は下級といえども貴族だ。謀反となればお前の命はないぞ、シン」
「言われなくてもわかってるよ」
「一応、汚職がないか、私のほうで調べてみることにしよう」
「農民の父さんが?」
「……知り合いにその方面に詳しい者がいる。何も私が直接調べずとも、その伝手を頼ればいい」
「そうだね」
さすがは父さん、次代の村長に大ババ様から任命されるだけあって、賢いし頼りになる。
「父さんは昔、各地を旅してたんだってね」
「ああ。いくつもの国を渡り歩いてきた。フランク、スペリオル、モルモッド、ビザン帝国、大砂漠、竜の峯、パンカーラ、絹の国……」
「確かモルモッドはドワーフの国なんだよね?」
「ああ、巨大な天然洞窟をさらに掘り進め、網の目のように坑道を張り巡らせていた。まさに巨大な地下の王国だったな、あそこは」
「「おおー」」
ドワーフが築き上げた地下の王国とはどんなところなのか、一目見てみたい。
「他に珍しいモノは?」
「珍しいモノか。パンカーラ王国には馬よりもずっと大きな獣がいる。パオンと言ってな」
「あっ、灰色で耳が大きくて、鼻も長いヤツだよね?」
「シン、お前にパオンの話をしたことは無かったと思うが、どうしてそれを知っている」
「おっと、あー、リックから聞いたんだよ、リックから!」
「そうか、あの行商か」
ふう、ごまかせた。
「シン、世界は広いが、そのすべてを知る必要はないし、すべてを知ることなどできん。人伝の話が正しいとも限らん。己の目で見、己の耳で聞き、その場にある、ほんのひとかけらの小さな真実を見極めるしかないのだ」
「そうだろうね」
「退屈かもしれんが、勝手知ったる場所、生まれ育った自分の村が一番安全だぞ」
「んー、それでも。僕は強くなるよ、父さん」
その勝手知ったる場所に、外から敵がやってこないとも限らないのだ。前世では油断した。
「ううむ、そうか」
「ニースも、強くなる!」
「ああ、そうだな」「ふふ、そうだね」
少なくとも、その辺の盗賊に連れ去られない程度の強さは持っておいた方がいいだろう。
「WOWOOoOO――――!」
少し離れた森から、獣の遠吠えが聞こえてきた。
俺は素早く父さんとうなずき合う。
これはモンスターだ。
「この遠吠え――種族は狼だな」
「父さん、この辺りにいるのはシルバーウルフだったよね?」
「ああ、向こうが風下だったから、匂いを嗅ぎつかれてしまったようだ。だが、妙だな……」
父さんが眉をひそめた。
「何か、気になることがあるの?」
「いや、少しな。ともかくヤツらは群れで動く。シン、お前はこの場で動かず、ニースを守れ」
「わかった!」
俺は背中に担いでいた『神竜のクワ』を持って構える。
ニースも身構えた。
父さんは剣を抜くと遠吠えの方向へとまっすぐ走り、森の中へ消えた。
残った俺は周囲に目を光らせるが、モンスターの影は今のところ無い。
シルバーウルフは素早いが、オークよりも弱いと聞いている。
囲まれたりしない限りは、大丈夫だろう。
俺はこのとき、そう思っていた。




