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●第三話 怪しげな客と領主の危機

 マリアとリリスを置いてけぼりにして、俺は領主の執務室に急ぐ。


 神殿で何かまずい粗相をされる前に、警告しないと。神殿長のカプチーノ老司祭なら、男爵と馬が合うようだし、地獄の沙汰も金次第だろうが、新任の切れ者ザーネ司祭が相手だと不安がある。あの人は教皇とも親しいみたいだし。


「いてくれよ……」


 ドアをノックする。


「開いているぞ、入れ」


 おお、中にいた。よかった。

 

「失礼します」


「む、シンか」


 男爵一人だけかと思ったら、執務室にはもう一人の人物がいた。脂ぎったテカテカ顔の小太り男。身なりは平民の服装だが、派手な色の服で指輪を身に着けている。見覚えのない顔だし、来客かな。


「来客中とは知らず、失礼しました」


「いや、それは構わんが……」


「それでは領主様、今後ともよしなに。ヒヒ」

「うむ」


 小太りの男はもう帰るようで、領主に挨拶すると足早に執務室を出ていった。


「それで、シン。何の用だ」


「は、少し、重要なことでお話が。ただ、その前に今の人物は?」


「あれはタダの商人だ。お前が気にすることではないぞ」


 男爵は机の上に置かれた紫の布がかけられた木箱を、そっと隠すように俺の前に体を移動させて言う。


「はあ」


 この木箱の中身や、今のあくどそうな商人もなんだか気になるが……ひとまず、話しておかないと。


「実は、先ほど、天啓がありまして……」


「神からの予言だと!?」


 大げさなことになりそうなので、本当は隠しておきたかったが、信じてもらうためには仕方ない。前回の神竜や、大盗賊カンダータのときもそういうことがあったと話しておく。

 

「おのれ、農民の子め、使用人に取り立ててやった恩義も忘れ、謀反を企てるか! この私のはらわた、そう簡単に取らせはせぬぞ!」


 そう言って腰の剣を抜き、クワッと睨みつけてくる男爵!

 めっちゃ怖い。


「め、めっそうもございません。英雄というのは私ではなく、他の誰かでは?」


「フン、この領地に英雄といえば、オークの群れを退治したお前と父親ジークしかおらんではないか!」


「ええ? あれで英雄ですか……?」


 オークは確かに普通の人では倒せないだろうが、そこそこのレベルの冒険者なら倒せると聞いている。


「しかも、天啓などと。それが何よりの英雄の証だ!」


「ううん、いや、それは異世界転生で神様からプレゼントされただけで」


「異世界? 転生? 何を……、ぐぐっ!」


「お館様!?」


 自分の腹を押さえた男爵が顔をゆがめ、膝をつく。


「くそっ、さっきの酒が当たったか。どけっ」


「うわっ」


 男爵は俺を押しのけると凄い勢いで部屋を出ていった。

 その隙にと、俺は紫の布をはぐり、木箱の中身を確かめる。

 中には土瓶が入っており、酸っぱい臭いと、腐った臭いと、アルコールっぽい臭いがした。


「これは酒かな? さっきの商人から買い上げたのか?」


 しかし、何とも粗末な瓶だ。凸凹しているし、ヒビが入っている瓶もある。何より蓋には藁が詰めてあるだけで、見るからに不衛生だ。

 なんで貴族である領主がこんな安っぽい酒を買っているのやら。


「ふう、酷い目にあった。シン、先ほどの話の続きだが、うぐっ!」


 グルグルグル……と腹の音が聞こえ、男爵は慌ててトイレへと走っていく。


「お館様、あの怪しげな商人から、粗悪品の酒を掴まされましたね?」


 トイレのドア越しに聞く。


「格安だったのだ! ちょっと賞味期限ギリギリで腹を壊しても知りませんよと言われたが、クソっ、当たってしまうとは。先月は大丈夫だったのに!」


「お館様……仮にも貴族でお金はあるんですから、もっとまともな酒を、ちゃんとした酒屋から買ってください。知りませんよ、密造酒で命を落とされても」


 たまに発展途上国で死人が出てるが、この世界の酒には気を付けておこう。


「密造酒? 密造も何も、酒を造ることは禁止されておらんぞ。うぐぅ……はうぁ……」


「ああ、法規制したほうがいいとは思いますが、とにかく、経口補水液をお持ちしますよ」


「うむ、何かよくわからんが、この腹の痛みが何とかなるなら、何とかしてくれ!」


 俺はすぐに料理長に事情を話し、一リットル程度の水に、ハチミツ大さじ2、塩小さじ1、ペパーミント、ローズマリーの絞り汁少々を混ぜてもらった。ハチミツは強力な殺菌作用があるし、砂糖の代わりだ。ペパーミントやローズマリーは村の大ババ様から、下痢に効くと教わっている。


「ふう、スッキリしたぞ」


「それは良かったです」


「仕方ない、あの酒は捨てて、新しい酒を買うか」


「お館様、そんなに酒を飲む必要があるんですか?」


 俺はあきれて聞くが。


「新しく雇った兵達に褒美としてくれてやらねばならんのだ。そうでなくとも薄給で訓練もキツい。酒がオマケに付かねば人が集まらん」


「なるほど……」 


 事情はわかった。ここブランデン男爵領には兵士達に配る酒が必要なのだ。

 酒は清めの儀式にも使うし、これはもう決まりだな。


「お館様、私が酒を造りますよ」


「なに?」

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