●第一話 実験室
一章分、ストックができたので再開。
大陸中央に位置する小さな国シースタニア。
ここは海と接しない内陸部で、さらに山も少なく岩塩も取れないため、塩が貴重な土地柄である。
全体的に料理が薄味なんだよね。
俺のいたホイット村が貧しいだけかと思ったが、そうではなかったようだ。
晩餐のときは領主の館で豪華な食事を出してもらえたが、スープは味をハーブでごまかしているのだと気づいた。
……じゃあ、せめて甘くすればいいではないか、と思うのだが、この時代、白い砂糖は存在しないようで、黒砂糖さえも貴重品だ。
貴族御用達の行商人が仕入れてくるらしい。残念ながらブランデン男爵家は娘と奥様の誕生日にちょろっとお買い上げになる程度だそうだ。ホイット村で村を上げて取り組んでいる養蜂が軌道に乗れば、もっと美味しいスイーツが増えてくると思う。
別に甘党でもない俺でも、こうも甘味処が皆無だとスイーツに恋い焦がれてしまう。
「よろしいですかな、貴族の礼儀というものは何をおいてもまず格式が重んじられます。目上に対しては常に尊敬の念と謙虚さをもって接すること。そして下の者に対しては威厳をもって接すること。例えば男爵家の正統な長女であれば、下級騎士などに遜る必要などはございません。ましてや! そこにいる平民の子と机を並べるなど、言語道断! 命令して床の拭き掃除をやらせるのが妥当なところです」
先ほどから鼻ヒゲをくりんっと伸ばした教師が力の入ったご高説を述べられているが、なぜか俺まで一緒に貴族の礼法を学んでいる。
身だしなみや服装の様式から始まって、パーティーで挨拶をする順番まで決まりがあるというのだから、
貴、族、くっそ面倒くさいんじゃあああああ!
「あの、でも先生、シンは父の大のお気に入りで、盗賊の魔の手から救ってくれた私たちの命の恩人でもあります」
と心優しきマリアが擁護してくれる。美しいブルーの髪がよく目立つ女の子だ。将来は間違いなく美人になるだろう。いや、すでに可愛い。
「なんの、なんの、マリアお嬢様。下々の者どもが主を守るのは当然の忠義」
「だけど……」
「でも、先生。忠義には褒美で報いるのが世の道理、ではなかったですか?」
リリスが疑問を呈する。黒髪から覗くネコミミが可愛い女の子だ。
一度、耳を触らせてくれと頼んでみたけど、あっさり嫌だと断られている。
「ううむ、や、それは確かに。リリスお嬢様のおっしゃる通りでございますな。シンよ、男爵閣下のありがたきご下賜、ゆめゆめ忘れるでないぞ?」
ギロリと目に力を入れてくる教師。ここで俺がちょっとでも疑問反論を述べようものなら、うるさくガミガミ言われるのは目に見えている。しおらしく一礼して返事をするだけだ。
「ははっ、肝に銘じておきます」
「うむ、よろしい」
「ふぅ、二人を見ていると、私、自分に自信が無くなってくるわ。お父様とお母様はお前はできる子と言ってくださるけれど……」
マリアが愚痴をこぼすが、ま、俺の方は転生した分、ずっと年上だからな。
「心配ない、マリアは長女として家督を継げばいいだけ。あとは私が補佐するから」
「ありがとう、リリス。でも、あなたの方が……」
「うぉっほん、では、お二人とも私語はそのくらいにして、次は上座と下座についての講義ですぞ。部屋の入口に近いのが下座で――」
あくびが出そうになる内容の授業だが、貴族の使用人として働くにはやはり必須の知識だろう。いずれは冒険者として独り立ちを計画している俺だけど、今はここで色々と学ばせてもらった方がいい。「下に~下に!」という死の行列がこの世界にあるかどうかは知らないが、身分制のこの世界の知識は最低限仕入れておかないと。どこで貴族と出くわして、やらかしてしまうか分かったものではない。
遠くで鐘が鳴り響いた。神殿で日時計の時刻を見て鐘を叩き、街の人々に時間を教えてくれるようになっている。ただし雨の日は日の出と日没の鐘だけだ。
ゼンマイ式でもいいから、置時計を作ったら売れそうだな。
「おっと、時間ですな。では今日はここまで。各自、ちゃんと復習しておくように」
「「「はい!」」」
「シンはこれからどうするの?」
「お嬢様、それはもちろん、実験ですよ!」
俺は親指を立てて晴れやかなウインクと共に言う。
「やっぱり。じゃ、見学させてもらってもいい?」
「それは構いませんが、見ててもあまり面白くないと思いますよ」
「そんなことない。面白いよ。ね、リリス?」
「ま、そうかもね。とにかくコイツは見張っておかないと」
腕組みしたリリスは俺が何かよからぬことをするのではと疑っている様子だが、別に作っているのはタダの食べ物なんだよね。
「さて、今日こそは完成させてやるぞぉー!」
気合を入れて館の地下室へと向かう。
ありがたくも実験室を貸してもらえたので、日々、俺は食生活の改善に勤しんでいるのだ。
ドアを開けた実験室は、元々はワインセラーやチーズの貯蔵庫として使う予定だったそうだ。だが、残念ながらこの館に保存しておくほどのワインやチーズの量は無く、厨房の隣にある収納部屋だけで事足りたために、埃をかぶらせたまま放置されていた。
気温がほぼ一定に保たれ、床が石畳のために火を使っても火災の心配がそれほどなく、直射日光の影響も少ないこの地下室が空いていたことは、俺にとってはありがたいことだ。
「さてさて、状態はどうかな……?」
俺は棚に並べられていた皿の一枚をそっと両手で掴むと、慎重に中央の作業机の上に運ぶ。皿には薄く水が張ってあり、中央には透明な粒が一つだけできあがっていた。その透明な粒は一センチ角の大きさで、綺麗な真四角の立方体だ。
「よし、できてる、できてる!」
「シン、それはなあに?」
マリアが横から興味深そうに覗き込んだ。
この章は毎日19時投稿で行こうと思います。




