●第六話 板挟み
神殿からの帰り、馬車の中で男爵が難しい顔をして言う。
「シンよ。考えてみたのだが、ちとこれはマズい事になっているぞ」
「とおっしゃいますと?」
「他でもない。例の彫像のことだ。あの若造、いやザーネ司祭だが、高貴な血筋で教皇に顔も利くとなれば、あのラピス……ラピス……」
「『ラピス・スペキュラリス』ですね」
「そう、その透明石だ。あれを帝都に運ぶというヤツの話はおそらく事実であろう」
「なるほど……」
「無論、オレとしてはあれでお前に彫像をここの神殿に作ってもらいたい。だが、あまりに事を急ぎすぎれば、下手をすると教皇の不興を買ってしまうかもしれん。田舎者のオレには、教皇がどのようなお人か、それすらもわからんからな」
「なるほど、確かに、怒りっぽい人だと凄くマズそうですね」
地方の領主が教皇のご意向を無視して、地元の老司祭と組んで彫像を独り占めしようとした。
うわあ……時代が時代なら、地方領主が磔の刑にされるか、十字軍とか差し向けられちゃいそう。
この世界、十字軍とかあるのかな?
「お館様、この世界に神殿が指揮する軍隊というのはあるのですか?」
「神殿騎士のことか?」
「ええと、私にはそれがどのようなものかも、わからないのですが」
「神殿騎士は、神殿直属の騎士のことだ。仕える君主は神殿長だから、領主や国王の言うことは聞かん。だが、さすがに、太陽神殿もここまで軍隊を派遣してくるとは思えんな。それではシースタニア王国との戦端を開きかねん」
そりゃ他国の領土に許可なしで軍隊を進めれば、戦争だわな。「気に入らないから、お前の所の地方領主だけちょっとボコらせろ」と言っても、通らない話だ。
「国力や兵数では圧倒的に神聖ロム帝国が強いが、太陽神殿は帝国の中にあって帝国の一部ではない。これで意味がわかるか、シン。オレは説明が下手だから、どう教えてやればいいかよくわからんが」
「いえ、だいたいわかります。場所は帝国の領土の内側でも、統治する人が別々で、神殿には強い自治権があるんですよね?」
「その通りだ。オレも最初に教えてもらったときはさっぱりだったのに、よくわかったな。あとで娘達にもお前が教えてやってくれ。あの二人も理解できておらんのだ」
「はい。となると、この時代の神聖ロム帝国は、教皇が国王に戴冠させ、お墨付きを与えているだけ、という感じですか」
「そうだ。王家や大貴族と関係が深いが、国王を誰にするかという指名権までは持っておらん。あくまで教皇は儀式を取り持つだけだ」
「ちなみに、教皇が儀式を拒否したら?」
「それは……そのような事態になったことがないからわからんな」
教皇に拒否権はあるようだ。なら各国の王家は教皇との関係を良好に保っておかないと、国王としてのお墨付きをもらえないってことになる。
となると……
「ああ……マズいですね。教皇が国王に、『お前の所の子分がやらかしたが、どう落とし前を付けてくれるんだ』と文句を言えば、国王からブランデン男爵家が叱られる、かも」
軍隊が攻めてこなくても、罰を食らえば結果は同じだ。
「ふう、そういうことだ。残念だが、あの透明な石は手を付けない方が良いだろう」
「そうですね。カプチーノ司祭にはどのように?」
「あれもまだまだ元気で長生きしそうな爺様だからな。ヤツとの関係も大事なのだ。シン、お前は加工が難しいからと言って上手く断れ」
「いえ、その断り方はちょっと。すでに透明石の小さいのを加工して、実現可能だと示しちゃったので」
「ううむ、そうだったな」
「ただ、断らなくても、設計に時間がかかると言って真面目に取りかかっているフリをすれば、カプチーノ司祭も怒ったりはしないと思いますよ」
「おお、確かに。時間稼ぎだけしていれば、いずれ太陽神殿から教皇の正式な通知が来て、カプチーノ司祭も諦めるか。シン、お前、賢いな」
「いえいえ」
クリエイターとしては、あの不思議な透明石で等身大の彫像を作ってみたかったが、自分の命の方が大事だ。
カプチーノ司祭にはお気の毒だけども、教皇に喧嘩を売るのはやはりできない相談だ。
翌日、馬車で神殿に向かう。男爵は部下の騎士を護衛として付けてくれたが、一緒には来なかった。ま、忙しい人だからな。別にカプチーノ司祭と顔を会わせたくないという理由ではないだろう。
「おお! よく来たの。ささ、シン君。さっそく取りかかってくれ。手伝いの職人もいくらでも雇っていいぞい」
「いえ、カプチーノ司祭、この仕事はかなり高度ですし、一流の作品にド素人が入って台無しにされては困ります。あくまで私一人でやらせていただこうかと」
「ふむ。じゃが、子供一人では、手が足りぬだろう。石も運んだり起こしたりする必要があるじゃろ?」
「ええ、そこは手伝ってもらいますよ。この前の神官達に」
「あれはザーネ司祭が連れてきた彼の部下じゃから、素直には従わんじゃろう。まあいい、こちらで何人か力のあって、大人しい人間を集めておくぞ」
「はい、そのように。ああ、最低限の人数でいいですよ。まだ運びませんし」
「なに? それはどういうことじゃ」
「まず、設計から取りかかるので。作品の設計図を紙に書きます。大きなモノとなれば、造り慣れていないですから」
「ううむ、なるべく早く取りかかって欲しいのじゃが……、仕方ない。では羊皮紙を用意しよう」
「お願いします」
よし、ひとまず今日は時間稼ぎ成功だ。




