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●第五話 約束

「――じゃから、王都や帝都の連中はの、地方の庶民の生き方というものがまるでわかっておらんのじゃ」


 ここの聖職者は酒を飲んでもいいのかな? まぁどうでもいいか。


「あの、彫像の試作品ができましたよ」


「おお!」

「できたか!」


 二人ともソファから飛び出すように立ち上がってこちらにやってくると、俺の掲げた彫像に目を丸くする。


「おお……おおおお……」

「これは……、でかしたぞ、シン!」


 いいね、高評価の印象だ。


「これじゃ! この風にはためくスカートからチラリと覗く肉感的なふともも、それに谷間の見えるおっぱい! これこそが真のあるべき神のお姿じゃ!」


「いい女に仕上げたな、シン。オレはもっとムチムチがいいが、このくびれた腰もなかなかだ。褒めてやる」

 

「どうも。顔やポーズはどうですか? あと宗教的な小物なんかもこれでいいかどうか……」

 

「そうじゃの、もっとエロい表情でもええんじゃが、良い感じじゃ」

「もっとケツを突き出した感じでもいいんじゃないのか?」

「おお! さすが男爵閣下じゃのう! それじゃ! それ!」


 エロジジイとスケベ男爵が二人で固い握手を交わしているが……これ、専門店で売るフィギュアじゃなくて、神殿に飾る彫像だからな?

 

 不安だ。

 一抹の不安を覚えた俺は、もう一人の信頼できそうな相手の居場所を聞いてみる。

 

「ザーネ司祭にも見ていただきたいのですが」


「おお、そうじゃった、あの若造もこれを見れば、帝都へ持ち出そうなどというバカな考えを改めるかもしれん。シンよ、まだ幼い子供のお前は帝都までの長旅はとても耐えられんじゃろう」


「うーん、体力にはまあまあ自信があるので、大丈夫だと思いますよ?」


「いやっ! 何を言う。六歳の幼子がそのような遠くまで行けるはずもなかろう」


「そうだぞ。シン、父親のジークと交わした約束を忘れたか」


 男爵が言うので思い出した。


「ああ、そういえば……『この領地からは一歩も外に出さない』でしたね」


 神竜の目撃情報について詳しく報告せよ、という名目で、俺はニースと共に父ジークに連れられ、男爵の屋敷を訪れている。

 この彫像造りで街に住み込むように言い渡された。

 その際のことだ。

 

「気が進みませんが、神殿のため、ご領主様のご命令とあらば是非もございません。ただ、シンの身の安全の保障と、この領地から外へは一歩も出さない、その二つをお約束いただければと」


「ふん、ジークよ、余計な心配はせずとも、子供の安全は男爵たるこのオレが保障してやる。うちの神殿のことなのだから、他の領地へ行かせたり、売り飛ばしたりもするものか。この屋敷に住まわせ、神殿に通うように手筈を整えておく。それならば文句もあるまい」


「は」


 うちの父さん、ちょっと過保護なんだよなぁ。街に行くのだって最初は反対していたし。


「農民の子ならば、貴族の屋敷に下働きであろうと喜んで差し出してくる者が多いというのに、お前の父親は少々変わっておるな」


「はぁ、そうですね」


「まあいい、それだけ子を大事に思う親なのだ。同じ親として、他人に子を預ける不安はわかっているつもりだ。安全については心配するな。街の巡回も検問も、厳しく兵を鍛え直しているからな」


「はい」


 大盗賊カンダータが入り込んだせいで、街の兵士は大変だろうけど、それも職務だからな。


「閣下、巡回も大事でございますが、仕事が無ければ庶民は容易に落ちぶれ、生きるために盗みを働くしかなくなる者もおります。その時こそ、神殿の教えが役に立つのですぞ?」


「わかったわかった。では、銀貨一枚、喜捨してやろう」


「一枚ではケチ臭いですのぅ。さすがに貴族ともなれば、そこはもう一声」


「ええい、では二枚だ。ほれ、さっさとザーネのヤツに見せに行くぞ」


 ザーネ司祭の私室に彫像を持って行く。

 

「ザーネ司祭、像ができたぞぃ、ヒック」


「はい、ただいま。んん? カプチーノ司祭、まさか酒を嗜まれたのですか?」


「いや、男爵の接待にどうしても飲めと誘われてしまってのぅ」


「オレは言ってないぞ」


「まったく……神のしもべが贅沢をしていて民の模範になれるとお思いか」


「まぁまぁ、そこは人付き合いというヤツじゃ。寄付金を稼ぐのも民のためじゃぞ。それより、シン」


「はい。これをご覧下さい、司祭様」


「むっ! ななっ、いや、まさか、これほどのものをたった二時間で仕上げたと?」


「ええまぁ。十分くらいのつもりでしたが、結構時間が経ってましたね。時計がないからなぁ」


 時間の経過がわからないというのは思ったよりも深刻だ。腕時計やスマホはおろか、壁掛け時計もないのだ。

 

「それだけ集中していたという証拠ですね。私も帳簿を調べていて、夕食の鐘がなるまで気付かないことがよくあります。帝都の太陽神殿には、日時計があり、一時間ごとに鐘が鳴るのですが、雨や曇りの日は役に立ちませんし」


「鐘がそう頻繁に鳴っても、うるさいだけじゃぞい。朝のお祈りの時間と、朝食夕食の時間がわかればそれでええ」


「いやはや、人との約束というものもあるでしょうに、地方はのんびりとしていますね。それよりも、これほどの名工とは驚きです。ぜひとも、帝都の太陽神殿へシン君を連れて行きましょう」


「それはダメだぞ」


 男爵が言う。

 

「なぜですか?」


「シンの父親ジークとの約束でな。この子は領地から出さない。それに、領主としても、うちにある神殿で彫像を作ってもらう方が都合が良い」


「ううむ、まぁ、ブランデン男爵閣下にしてみれば、そうなりますか」


「当然だ」


「ですが、帝都にシンを差し出せば、教皇猊下もさぞお喜びになります。猊下が御用達にしている大商人を紹介して、この領地に普通の都市では手に入らぬ珍品や高級品を納めさせることも可能になるかと」


「なに?」


 おっと、このザーネ司祭、なかなかやり手だな。


「ダメじゃダメじゃ、そのようなこと、一介の司祭であるおぬしが決められることでもなかろう」


「いえ、私が懇意にしている枢機卿や、叔父上に話を通せば可能だと思います。なんなら、教皇猊下にお約束を書面にしたためていただいてお持ちしますよ」


「ほう……いや、申し出はありがたいが、約束は約束だからな。やめておこう」


「残念です。手紙はお持ちしますので、気が変わられたらまたご相談ください」


「うむ。しかし、教皇猊下にそのような話ができるとは、ザーネ司祭、貴殿は大貴族の血筋なのか?」


「いえ、大貴族というほどではありませんが、父はロム神聖帝国の侯爵でしてね。叔父上も枢機卿の地位ですから、それなりに顔が利くというわけです」


「驚いた。本当に侯爵の血筋とはな。やれやれ、そんな大貴族がどうしてまたこんな田舎に」


「余計な話をしました。まぁ、色々とあったんですよ。それは聞かないでください。では失礼」

 

 顔を歪めたザーネ司祭は不機嫌になると、ドアを閉めてしまった。

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