●第二話 ラピス・スペキュラリス
神殿に到着すると、うやうやしく神官が男爵と俺を出迎えてくれた。
「司祭様がお待ちです。こちらへ」
パルテノン神殿のような立派な石柱が並んでいる。その装飾を眺めて参考にしつつ、奥の間に通された。
「おお、よく来たのぅ、シンよ」
白い眉毛で目が隠れている老司祭が破顔してこちらを見つめてくる。厳しい人だとちょっとやりにくいかと思ったが、優しそうな人だ。良かった。
「さっそくだが、カプチーノ司祭、資金や道具、人数をどうするのか、聞こう」
「ほっほっ、相変わらず、男爵閣下はせっかちでいらっしゃる。ご心配なさらずとも、資金も石材もすべて、当神殿で用意いたしますぞ。閣下のお手を煩わせることはありませぬ」
「ほう。それほどに喜捨を溜め込んでいたか。なら、私と家族の分もこれからは少し負けてもらうとするか」
「いやいや、誤解なさらないでいただきたい。これも総本山からあの手この手で予算を引っ張って融通してもらっただけのこと。神殿の格は、即ち領地の格、王都から王族貴族をお出迎えするのに、みすぼらしい神殿では閣下が田舎者と小馬鹿にされることとなりましょうぞ」
「ふんっ、口だけは達者なジジイだな。いや、失敬。とにかく、我が領地は狭い。その上、めぼしい産業や収入源も無い。魔物から神殿と街を守るので手一杯なのだ。そこは理解してもらわねばな」
「うむ。いかんともしがたいところですな。では、シンよ、まずは今ある彫像の現物を見てくれるかの。ま、あれだけ精巧な木彫りを造りあげるおぬしであれば、見ずとも問題ないかもしれんが」
「いえ、こちらの様式や伝統も重要かと思いますので」
宗教的シンボルを取り扱うのだから、単なる芸術品を作れば良い、というものでもないだろう。
「ほっほっ、わかっておるのぅ。じゃが、ワシは、あのっ! 木彫りのムチムチがたまらんのじゃ!」
「そうとも! あの木彫りの肉感はぜひとも取り入れてもらわねばな。少々の伝統など黙らせておけば良い」
「いかにも」
なんだか二人ともやけに俺のえっちぃ木彫りが気に入った様子だが……大丈夫かな。ま、依頼者が言うのだから、その通りに仕上げておけばいいだろう。母さんが怒らない程度に。
神殿の大広間に行き、本尊を見させてもらったが……
「ああ、これはまた、随分と古いですね」
雨漏りに晒されてしまったのか、ところどころ彫像の色がまだらに変色し、指が欠け、カビまで生えて見るからに酷い有様だった。
「うむ。古いだけならまだしも、保存状態も悪かったからの。断っておくが、ワシがここの司祭に就任する前からこの有様じゃ。いい加減、何とかしてくれと神官はおろか信徒からも要望が多くてのう」
「わかります。じゃ、ポーズはこれと同じでいいですか?」
「いや、あの木彫りと同じがええのぅ」
「そうですか。大きさはこれと同じ、等身大くらいで?」
「それも、もう少し大きい方がええのぅ。見栄えが良い立派な物を作れば、皆が喜ぶぞい」
「なるほど。ただ、材料が……」
石の彫像だ。サイズ的に、その辺の木をちょっと持ってくる、とはいかないだろう。
「それはうってつけのモノがあるんじゃ。先日、近くの洞窟で『ラピス・スペキュラリス』を発見してのぅ」
「ラピス・スペキュ……?」
何だろう、聞いたことの無い名前だ。
『ラピス・ラズリ』なら青い鉱物で、絵の具の材料になるから知っているのだけれど。
「ラピス・スペなんとかか……そのけったいな名前はどこかで一度、オレも聞いたことがあるな。あれは確か……おお、思い出した! 王都のいけ好かない侯爵が窓ガラスだと言って透明な石を見せびらかしておったわ」
「へぇ、窓ガラスの材料ですか」
「そうじゃ。滅多に見つからんから、貴重じゃぞ。それに爪で引っ掻けば削れるから、加工も楽ちんじゃ」
「うーん、そんなにモース硬度が低い天然鉱物ですか……」
「モース硬度?」
「何か問題があるのか? シン」
司祭と男爵が聞いてくるが。
「ああいえ、モース硬度はこっちの話ですから、気にしなくていいです。ただ、あまり柔らかいと、長持ちするかどうか」
「構わぬ! ワシが死ぬまで保てばいいのじゃ! ちゃんと誰にも触らせぬよう、見張るから問題ないぞい」
この爺様、エロい像が見たいだけじゃないのか……? まぁいい。
「こちらに保管してあるぞい。像にうってつけの、こぉんなにデカいヤツじゃ! シースタニア王国でも二つとない品じゃろうて。これも神の像を造りなさいという天啓に違いないのじゃ!」
自慢げに司祭様が手振りで示す。稀少な天然鉱物なら、失敗は許されないな。
俺は少し緊張しながら、付いていく。
「だが、カプチーノ司祭よ、それほどの品であれば国王に――」
男爵が何か言いかけたが、それは司祭の叫びによって遮られた。
「なっ! お前達、そこで何をやっておる!?」
石材が保管されている部屋に、十数名の神官が集まり、何かをやっていた。




