●第一話 打ち合わせ
深紅のビロードを張り巡らせた壁。広々とした客間。
周りには黄金の豪奢な額縁に納められた歴代の家系の肖像画が幾枚も飾られ、この勝負を微笑みながら見守っている。
「お嬢様、それでよろしいですね?」
俺は落ち着き払ったまま、正面のソファに座ったマリアに向かって念のために確認する。
「うう、待って、もう少し待って」
透き通った空色の瞳をすがめ、マリアは苦悶の表情に顔を歪めた。
「いいでしょう。石から手を放さない間は、いくら手を変えても結構ですよ」
磨き上げたテーブルの上に八マスの盤を置き、黒と白の円形の駒が対峙している。
圧倒的に黒が優勢だ。そこに白い駒をあちこち迷いながら置こうとするマリア。
「そこはダメだよ、マリア。角を取られる」
隣に座った猫耳の少女が指摘した。
「言わないで、リリス。私、自分の力で勝ちたいの」
「ま、それはあなたの好きにすればいいけど、勝てるのかしらね」
リリスが少し小馬鹿にしたように肩をすくめる。
「もう、考えているのだから、黙っててちょうだい。よし、じゃあ、ここで! お願い!」
「じゃ、ここですね」
俺は黒い駒を置いた。
「えっ、そこを取られると……ああっ! どこに置いても次で取られちゃう! そんなぁ」
「ほら、負けた」
「うう……」
「じゃ、次はアタシとだ」
こうして午後の昼下がり、お茶をご馳走になった後で、リバーシで二人のお嬢様のお相手をする。
実に優雅な生活だ。
古き白の神竜が去ったあと、ブランデン男爵から呼び出しを受けた俺は、正直にありのままを報告したのだが、子供が竜に傷を付けられるわけがないと、まったく信じてもらえなかった。まぁ、傷といっても、古い鱗を一枚引っぺがしただけで、神竜はちっとも痛がってはいなかったのだけれど。
「シン、そろそろ神殿に向かうぞ」
ドアを開け、ブランデン男爵がやってきた。きらびやかな服に身を包み、よそ行きの格好をしている。ライオンをイメージさせるような強面の人だから、美少女のマリアとリリスと本当に血がつながっているのかと疑問に思ってしまう。美女と野獣という言葉が思い浮かんだが、もちろんそれは口には出さず、俺は返事をする。
「わかりました、お館様」
「残念。じゃ、帰ったら、次はアタシとだよ、シン」
「ええ、いいですとも」
「リバーシと言ったか、それも構わんが、チェスをやると良いぞ」
「いいえ、お父様、こっちの方がチェスよりずっと! 面白いですよ」
「そうそう」
「ふむ。ま、駒が白と黒の二つだけなら、簡単だろう。子供はそれで遊んでいれば良い」
「いえ、これは簡単に見えて、もっと奥深いゲームですから」
「わかったわかった。とにかく、シンは連れて行くぞ。これから大事な打ち合わせだ」
「はい。神殿の彫像を作るのですよね?」
「本当にシンができるのかしら?」
「それをオレも確かめたいのだ」
ニヤリと笑った男爵に連れられ、屋敷を出て馬車に乗り込む。
「しかし、お前のような子供が、熟練の細工師の仕事を依頼されるとはな」
「ありがたいことです」
俺は微笑みながらも殊勝に謙虚に言っておく。この世界の熟練度のコトワリと、1200倍のスキルを持ってすれば、できないことはない。
「だが、仮にも神殿の本尊を手がけるのだ。遊びでは済まないから、心してかかるといいぞ」
「はい。そのつもりです」
「とはいえ、いくら腕前が良くとも、道具や材料、資金も必要だろう。そのことも司祭と詳細を詰めねばならん。期間がどれほどになるか……五年、いや十年はかかるか」
「いえ、一ヶ月もあればできると思いますよ」
「何を言う。昔、王都の神殿の彫像を手直ししているのをオレが子供の頃に見た事があるが、それから大人になってもまだ続けていたからな。七年、いや八年はかかるだろう」
「できるだけ、早めに済ませます」
「焦ることはない。大勢の街の人々が像に祈りを捧げるのだ。近隣から訪れる貴族や司祭の目にも触れるからな。それにふさわしいモノにしてもらわねばならん」
「承知しています」
「ぷふっ、はっはっはっ」
「んん? 何か?」
「いや、随分と大人びた喋り方をすると思ってな。シンは六歳だったか」
「はい」
転生前の前世を加えると二十歳を超えるのだが、それは黙っておく。
「ふむ、マリアとリリスも、もう少し礼儀作法を教えた方がいいかもしれんな」
アゴに手を当てて男爵は娘達のことを考えたようだが、ごめんね、マリア、リリス。これから礼儀作法の習い事の時間はたぶんスパルタになりそう。




