●第四話 異世界に必要なモノ
刈り取って束ねた黄土色の麦穂が目の前にある。
五回目――。
この世界に転生してから、俺は五度目の秋を迎えようとしていた。つまり、今は五歳児である。
「ほれ、シン。種を取れ」
この世界の父親が言う。俺は黙ったまま、手でプチプチと麦の種をちぎって集めていく。これがオートミールというおかゆとして食卓に出てくる。これがまた、素朴すぎる味であんまりおいしくない。
黒いパンも週一くらいで出てくるが、こちらはモース硬度9ぐらいありそうな驚きの硬さで、スープに浸さないと絶対に食えない。
なので仕方なくプチプチと種を取る。
転生した俺は生まれてすぐに「天上天下唯我独尊――」と言ってやりたかった。
だが、こちらの世界の言語をまず習得しなければならなかった。そこ、普通の異世界転生だと生まれたときからペラペラで始まってコイツスゲー神童かよ!?ってなるパターンだと思うのだが、言葉を覚えるのに俺は一年もかかった。平凡だ。
だが、神様からもらった【四大精霊の加護】により、生活魔法をあっさりと取得した俺は、この村では唯一の魔法使いとして、それなりに重宝されている。
しかし、だ。
”英雄”となるはずの俺は、今もこうして相変わらず農作業を手伝っている。日本の労働基準法だと幼い子供を働かせるのはアウトだと思うのだが、この世界にそんな慈悲深い法律など存在しない。
中世の貧しい農家の子――
え? 貴族はどうなったの?
取得したスキルに【高貴なる血】ってあったよな?
念のため、ステータスオープンと心の中で唱えて念じてみると、確かにそのスキルが表示された。
〈名前〉 シン
〈年齢〉 5
〈レベル〉 1
〈クラス〉 村人
〈種族〉 ヒューマン
〈性別〉 男
〈HP〉 756/756
〈MP〉 332/332
〈TP〉 1878/1878
〈能力値〉
筋力 5
耐久 2
知力 22
魔力 3
速力 2
器用 3
運気 5
〈状態〉 健康
〈スキル〉
【高貴なる血】【廃ゲーマー☆】【平凡】――以下略
ほらね?
だが……この家は藁葺きの屋根で、壁から隙間風が吹くほどオンボロだ。どう見たって貴族の家ではない。使用人も一人だっていないし。父さんも母さんも粗末な布の服を着ており、家は宝石や指輪などの貴金属とは無縁だった。
解せぬ……。
ちなみに、悪さをしていそうなスキルだが――
『平凡』
【解説】
わりと平凡なスキル。能力やスキルや行動が確率的に平凡になりやすい。
『廃ゲーマー☆』
【解説】
選ばれし者に与えられる称号にして性。
常人では到底踏み入れられない領域を切り拓く。
……【廃ゲーマー】のほうは今ひとつ意味がわからないが、やっぱり【平凡】スキルが効いてるんだろうな。やれやれ。
「シン、手が止まっているぞ」
「あ、はい」
プチプチと麦の種を取る。労働基準法がどれほど素晴らしいものか、日本の生活が恵まれていたものだったのかと、こうして知りたくはなかった……。ああ嫌だ嫌だ、俺はこんな生活がしたいわけじゃないんですがねぇ。どうなってるんですか、神様。
「ねぇ、父さん、この束が全部、終わったら、遊んでもいい?」
「そうだな。お前もよく働いてくれているし、それが終われば今日は遊んでも良いぞ」
「やった!」
「だが、麦角、黒い粒は絶対に見落とすなよ。あれは毒だからな」
「わかってるって。見つけたらすぐ報せるよ」
今のところ、父さん達が気にする麦の黒い粒は出ていない。二年前に一度見たことがあるが、ツノみたいで大きさも全然ほかの粒とは違うから。あればすぐにわかる。
麦の種を取って集めるだけの簡単なお仕事だが、さすがに俺も飽き飽きしていたので、ここはさっさと新しいスキルに頼ろうと思う。スキルポイントもちょうど溜まりに溜まっていることだし。
「よし」
才能の一つを取ることにした。
取得は念じるだけでいいので簡単だ。スキルポイントが必要だけど。
スキルポイントとは、この世界では麦の種を延々と取りまくっていると、麦の種を取る経験のようなもの――ポイントがだんだん溜まる。つまり、必要なだけの熟練度が上がれば、あの六角形のパネルの一つをひっくり返して好きにスキルを取得できるというわけだ。
ただし、スキルポイントにはそれぞれの作業に応じた数値が何種類も設定されており、例えば炎の魔法をいくら唱えまくったところで、麦スキルは取れない。その点は要注意だ。
【神速種つかみ】New!
「フッ、また一つ、無駄な才能を取ってしまった」
五歳児が不敵な笑みを顔に浮かべ、スバババババ!!!と十数本にもおよぶ腕の残像を見せ種をつかみ取った。
当然、仕事はもう終わっている。アーハハハ、一瞬でオワッタァ!
「む、あきれた速さだな……そんなスキルばかり取っていると――いや、お前は農家の子だったな。なら、それでいいだろう」
父さんもこのところは肩をすくめるだけで、特に驚かなくなっている。ただ、俺だけ早くても仕事が終わっても、父さんはまだまだ種を取っているから、もっと効率の良い農機具――博物館で見たことがあるけど、鉄製のクシのでっかいヤツ――千歯こき?みたいなのを作ってあげたいな。ただ、この村には鉄の鍛冶職人がいないので、今はどうしようもないのだけれど。
「さて、今日は何をしようかな……」
いつもなら薬師のおババ様の家で薬草について学び、そのあとで鼻垂れ小僧のオルガ、気弱な少女ルルと三人で遊ぶのが日課なのだが。
「さすがに、もう先送りはできないな」
異世界五年目にして、ついに我慢できなくなったことが一つだけある。
頭がかゆい。
背中がかゆい。
体全身がかゆい。
この世界ではお湯を作るのにも一苦労。近くに小川があるとはいえ、そこまで桶でえっちらおっちら水汲みをしなければならないし、お湯を沸かすのにも火を使う必要がある。水道や給湯器なんて便利な文明はここには存在しない。
夏はそのまま小川で水浴びすればいいけれど、この地方は一年を通して結構寒い。
温度計がないので正確なところはわからないが、おそらく一番暑い真夏の昼間でもせいぜい26℃くらいだろう。寒暖差はそれほどでもなく、冬は、たまにうっすら雪が積もるていどなので、暮らしやすいと言えば暮らしやすい気候なのだけれど。
だから、夏の季節以外は月一のたらいのお風呂で我慢しなくてはいけない。
しかも、石けんもシャンプーもなく、竈の灰を水に混ぜたものを洗剤や石けん代わりに使っているのだ。
耐えられない。もう無理。
「だから、俺は『石けん』を作るぞぉおおお! ジョジョォー!!!」
いや、ジョジョは全然関係なかったな。ちょっち気合いを入れすぎた。
もちろん、何も無いところから作るわけではない。俺の輝かしい【前世知識】のスキル――文系のFラン大卒なので、化学の知識はほぼゼロなのだが――ウェブ小説でも石けんの歴史は知っている。地球の歴史でも中世には石けんが作られていた!
ならば、この時代でも材料さえあれば作れるはずだ。
加えて、おババ様のところで薬草や調合の知識やスキルを教わったので何とかなると思う。
ならなくても作る!