●第二話 新しい作物がやってきた!
「おお、リックさん! 戻って来ましたか」
茶髪におしゃれな帽子をかぶり、背のひょろりとした行商人。気のよさそうな青年のリックだ。
冬の間に来てくれるかと俺は首を長くして待っていたが、なかなか彼がやってこないのでもう俺のことを忘れたか、別の場所に行ってしまったのかと思い始めていた。
そう話すと、リックがおどけてみせた。
「ええ? 君を忘れるだって? 冗談だろう! 一度会ったら、こんな子供、忘れたりするもんか」
それほど他の子と違うようなところはないと思うが、まあいい。
リックは商人だからな。ここでしか買えないゴム製品など、忘れるわけがないのだ。
「馬車も手に入れられたようですね」
真新しい木製の四輪馬車だ。引く馬は一頭だけだが、つぶらな瞳で俺を見ている。荷車の後ろに二頭目を縄でつないでいるが、こちらは家畜として売るつもりなのだろう。
「ああ。どうせなら荷が濡れない幌馬車を買いたかったんだが、注文から完成まで日数がかかる上に、金貨十枚って言われたからね」
「ちょっと高いですね」
「すごく高いよ。全然手持ちが足りなかった。それに、こうやって木箱にして蝋を塗った皮布を被せておけば、ひとまずはなんとかなる」
「ゴム製の防水シート、作りましょうか」
「ありがたい。銀貨五枚でどうだい?」
「いいでしょう。それで――」
「もちろん、いろいろと仕入れてきたよ。まぁ見てくれ。ほら、頼まれていた硫黄5キログラムだ」
「おお、へぇ、なんだかレモンの飴みたいな色だなぁ」
おいしそうな半透明の黄色い結晶だ。純度も高そうだが、天然の状態でこうなのだろう。 おそらく精製とかではないはず。自然な感じのふぞろいの結晶だし。食えないのが残念だ。
「なんだい、現物を知っていて頼んだんじゃなかったのかい?」
「まぁ、人伝に聞いてなので」
俺はあいまいに笑ってごまかした。地球のネット知識や教科書と言っても通じまい。
「ふうん。ま、いいや。値段は運賃込みで大銅貨一枚でいいよ」
「え? そんなに安くていいんですか」
「まあね。アウプス山脈を南へ越えて、港町ディナポーリの近くに、ベズービョ火山って大きな火山があるんだけど、そこでごろごろ取れるんだ。神聖ロム帝国まで足を運べる商人なら、誰だって簡単に手に入れられるよ」
「ちなみにそこまで何日くらいかかるんですか?」
「そうだなぁ、アウプス山脈の標高の高いところが難所だから、あの街道が吹雪いたりしなければ、片道二週間、いや、二週間と三日はかかるかな」
片道十七日、往復で軽く一ヶ月を超える道のりか。こりゃ大変だ。
「ご苦労様でした」
俺は行商リックの困難なミッションに敬意を払って頭を下げる。
「いやいや。シンくん、君って本当に子供なのかい?」
「ええ、まぁ。よく大人びてるとは言われますが」
「だろうねぇ。ああ、そうそう、ほら、食べ物や種もたくさん持ってきたよ。土の中にできる作物で、丸くてごつごつしてて、切ると表面がちょっと黄色がかった白になる、黄土色の――」
「ジャガイモがあったんですか!」
俺は勢い込んで馬車の荷台を確かめようとしたが、馬がヒヒーン!といなないた。
「おっとっと」
「こいつはちょっと人見知りで臆病だから、そっと近づいてやってくれ。よーしよし、大丈夫だぞ」
リックが馬の首をなでてやると、気持ちよさそうに首を振り、リックの顔を舐める馬。犬や猫と似てるな。
「うはっ、やめろって」
「リックさん、とりあえず、顔を洗うか拭いておいたほうがいいですよ」
「ああ、そうだな」
リックがハンカチを出して顔を拭いている間、俺は皮のカバーをかけられた荷物を確かめる。
「おお、ジャガイモ――ジャガイモ? にしては、おっきいな……」
芋であることは間違いないのだが、大きさが男爵芋の五倍以上ある。ジャガイモは手のひらに載るくらいだが、これは、横に長さが四十センチ以上、大根サイズなんだよな……しかも、芽というかツルがワサワサとたくさん片側から生えている。なんだか茶色い心臓みたいで、不気味さがマックスだ。今にもピギー!と吠えて襲ってきそうな形をしている。
コレ、ジャガイモ、チガウ……。
「どうだい! 君が愛してやまない、夢にまで見たっていうジャガイモの感想は! 苦労したんだぞ? この辺の商人は誰に聞いても知らないって言うし、ディナポーリの港町からはるばる海を渡って南大陸まで行って、ようやく見つけたんだ。途中で盗賊に襲われたり、嵐に巻き込まれて死ぬかと思ったよ」
船で違う大陸まで危険を冒して行ってくれたのだ。
ここでブブー、ハズレ! 残念でした! なんて言うと可哀想だな。
「どうもありがとうございます、リックさん。これはジャガイモとは少し違う種類のようですが、芋には間違いありません」
「そ、そうか、種類が違ったか……。だが、南大陸の土の中になる実は、それしか無いようだったぞ?」
「ええ、とにかく、食べられそうなモノなら何でも大歓迎ですよ」
「良かった!」
「それで、この――芋の育て方はわかりますかね?」
「ああ、そこも抜かりはないぜ。それは南大陸だとヤミと呼んでてな。食べる部分を切り取って、残りの茎や親芋の先端だけ残して土に埋め戻せば、また育つらしいぞ。煮て食べてもよし、生のまますりおろしてオートミールみたいにして食べてもよし、おいらはちょっと生のどろっとしたのは苦手だったけど、味は悪くないよ」
「なるほど。じゃあ、試しにいくつか、二つに切って植えて試してみましょう」
「シンくん、持ってきておいてこういうことを言うのはなんだけど……土地や気候が違うと、育てるのは難しいんじゃないかな? 南大陸はすごく暑いんだよ」
「でもやらなきゃ、空腹のままですよ」
「ああ……そうだな。何でも一度は試してみなきゃ!」
「ええ! そうですとも」
リックは他にも干しぶどうをピンポン球くらいにでっかくしたようなデーツという果物や、テカテカで油がよく取れそうなオリーブの実、甘いと評判の大根(見た目は大きなカブみたいだが、ビートという品種らしい)、それからオレンジ(種有り)も持ってきてくれていた。
「リックさん、これは?」
一センチくらいの丸い豆。色はカフェオレをちょっと黄色にした感じ。節分の豆まきで見る豆と似てるんだが――あれって、大豆だよな?
「ゾーヤという豆だそうだよ。遠く東の絹の国から仕入れた珍しいものらしいけど」
「東の絹の国ですか」
もし、俺の予想が正しければ……この豆は使える! さっそくこれも植えてみよう。
残念ながら、トマトは無かった。
街の市場でも見かけなかったが、トマトって、どこが原産だったかな。アジアではなかった気がする。
「じゃ、シンくん、また何か新しいものを売ってくれるんだろう?」
キラキラした目でリックが揉み手をした。
「もちろん!」
さあ、イッツ、商売タ~イム♪




