●第十四話 エルフの子
父親に問われて、娘のリリスがうなずいた。
「はい、そうです、お父様。どうやらカンダータに捕えられていたようで。荷車の側に隠れていました」
「ううむ、おそらく、不老長寿の薬にでもしようと企んでいたのだろう。エルフはよからぬ魔術士どもの間で錬金術の材料になるというウワサがあるからな」
ブランデン男爵があごに手を当てて思案げに言う。
「そんな!」「こんな子供を?」
マリアとリリスが驚く。彼女達も同じ犯人に捕らえられていたのだ。一歩間違えば似たような運命をたどってしまったかもしれない、と思ったのだろう。二人ともみるみる顔が青ざめた。
「そのような大悪党に私のかわいいマリアが捕まっていたなんて、ああ、なんて恐ろしい!」
男爵夫人もハンカチを握りしめて身震いしたが……リリスは娘じゃないのかな? まあ、リリスは猫耳だしな。ひょっとすると父親だけ同じで、腹違いなのかもしれない。
「うむ、だが、安心するといい、もうヤツはいない。このシンが倒してくれたのだ。それで――シンよ、このエルフの子はお前になついているようだが、知り合いなのか?」
男爵が聞いてきた。
「いえ、今日初めて、あの場でずだ袋に入れられているのを見つけただけです」
俺は見たままを答えた。まぁ、あの状況でカンダータ達と無関係ということはないだろう。
「そうか」
「うう」
そのエルフの子が必死に俺にしがみついて、怖がっているな。
「大丈夫だぞ。領主様は襲ったりしないぞ」
「えう?」
「そうだ。襲ったりはしないぞ。名をなんと申す?」
「うう」
後ろに隠れてしまった。
「お父様、お父様はちょっと顔が怖いですから、あまり近づかないであげてください」
マリアが苦笑しながら言う。
「なにっ!?」
自覚はなかった様子。代わりにマリアが少し屈んで聞いた。
「ほら、あなた、お名前は?」
「えう?」
自分が何か質問されていることはこのエルフも理解している様子だが、まだ喋れないようだ。あるいは、言葉が通じないのかな?
「俺はシン。シ、ン。君は?」
指さして、ジェスチャーで聞いてみる。
「シン……? ヨゥヒィーテゥ、ニース!」
「ヨヒ……?」
ちょっと発音が聞き取れなかった。
「ニース!」
もう一度彼女がジェスチャーを交えて繰り返し、名前がニースだとわかった。
「ニースだね」
「ヤー。タァックフォアエッタドゥレッドエイタミーク!」
「うーん、ごめん、何を言ってるかわからないよ」「そうだね……」
「あう」
「おそらくエルフ語であろう。ふーむ、困ったな。あまりこの国にはエルフがいないからな。エルフの国に送ってやるのが一番なのだが……」
エルフの国って遠いのかな?
「おやめなさいませ、あなた。エルフの森は人間が入ろうとしても、迷ってしまうと有名ではありませんか。旅費だけ持たせて、自力で帰らせれば良いのです」
男爵夫人が言うが……自力で帰らせろって、こんな幼い子に一人旅はどうやっても無理だろう。街の外にはモンスターだっているんだぞ?
人間の言葉も話せないのでは、宿も取れないのではないか。
「父さん」
俺は後ろにいる父さんを真剣に見つめた。すぐに父さんはうなずいてくれた。
「いいだろう。領主様、この娘は私が預かりましょう。農繁期の今すぐは無理ですが、折を見て、エルフの国まで連れて行きます」
「おお、ジークよ、行ってくれるか! すまぬな、オレも立場があってなかなか遠出はできんのだ。代わりと言ってはなんだが、旅費くらいは出してやるぞ。持っていくがいい」
「ありがとうございます。さて、村に帰るか」
「うん!」
「ちょっと待った! その前に、ぜひとも我が家の夕食に招待させてくれ。我が娘の命の恩人だからな」
ブランデン男爵がそう言い、夕食をおごってくれるそうだ。
「さあ、遠慮無く食ってくれ。マナーも気にしなくて良いぞ。無礼講だ!」
男爵が両手を広げて言う。
その御前――白いクロスがけけられた長テーブルには所狭しと料理が並べ立ててあった。
銀の皿には湯気の立っているおいしそうなポタージュスープ。ミルク色の真ん中にはパセリがちりばめてあって、タマネギもたくさん入っている。鳥の丸焼きや魚の姿煮やステーキもあって、メインディッシュだらけの豪勢な食卓だ。金――黄銅かもしれないが、テーブルに置かれた大きな燭台が、リッチな気分を味あわせてくれる。
「いただきます!」
さっそく飴色に焼き上がった香ばしいチキンから手を付けてみたが、あぁ、贅沢に塩が使ってあって――うめぇ!
でも、パンは相変わらず黒くて――やっぱ硬え!
「でも、シンくんてすごいね! 私、大人に立ち向かうなんて、考えもしなかった」
青い髪のお嬢様、マリアが褒めてくれたが、まぁ、普通の子供はそうだろうな。
「そうだな。農民だから、体が強かったのか?」
もう一人の黒髪猫耳のお嬢様、リリスが聞いてきたが、そういうことにしておくか。
「ええ、まぁ、そんなところです」
「おお、そういえば忘れるところであった。シン、これをお前に渡しておこう。受け取れ」
「これは?」
ブランデン男爵から受け取ったが、三センチほどの黒い宝石だ。滑らかな丸い形で、中央には赤い炎のような色が浮かび上がって見える。
きれいだが――なんだか不気味な宝石だな。
「カンダータの荷車にあったものだ。盗品の届け出があったモノは持ち主に返さねばならんから、除外させてもらったが、これはどうやら持ち主が不明らしくてな」
「いえ、そんなものを受け取るわけには」
「構わん。賞金首が持っていたモノは、持ち主が不明なら、倒した者の所有物になる習わしだ」
「はぁ。なら、領主様が預かっていただいて、持ち主が現れたなら、返してもらえればと」
「面倒だ。それにオレが持っていてもどうせすぐ忘れそうだしな。お前が持っておけ」
「はぁ」
父さんを見たが、肩をすくめてうなずいていたので、ここは逆らわない方がよさそうだ。
「では、預かっておきますね」
「うむ。おお、それと賞金首を倒したのだ。賞金は冒険者ギルドに預けてあるから、あとで受け取るがいい」
「はい!」
冒険者ギルドかぁ。やっぱり一度は行ってみたいよね!
「シン、お前はまだ早い。父さんが受け取っておく」
「えぇ~?」
「はっはっ、さすがにまだその歳ではな。だが、いずれは名を馳せるに違いない!」
「ええ、そうよ。シンくんならきっと有名になるわ!」
「もう有名だと思うけど」
「ううむ」
父さんがそれを聞いて悩ましい顔をしたが、やっぱり農家を継いで欲しいんだろうな。でもなぁ。
「さあ、まだ料理はたくさんあるぞ、遠慮は要らぬ。みんな食え、食え」
男爵が勧めるが、そうだな、今はこのありがたい夕食を堪能させてもらおう。
俺の隣に座っていたニースは肉には一切手を付けず、最初に匂いを嗅いでオエッと吐き気を催していたので、エルフは菜食なのかもしれない。
一泊していったらどうかという男爵の誘いを父さんは断り、ニースも連れて村に戻った。
「そういうわけで、エルフの国に送るまで、しばらくうちで預かることにした」
「まぁ、いらっしゃい、ニース」
「えぅ」
母さんが優しく微笑んだが、ニースは怖がって俺の後ろにしがみついたままだ。人見知りの性格なんだろうな。
「夏になって農作業が一段落したら、国まで送っていってやるからな」
父さんが言う。
「えう?」
「何も心配はいらないってことだよ」
俺はニッコリと笑ってニースの頭を撫でてやった。
「エヘヘ……」
エルフの森か。
どんなところか見てみたいので、そのときには俺も付いていこうっと。
しかし、その夜――
ニースが俺のベッドに潜り込んで抱きついてきたので、なかなか寝付けなかった。
「くっ、素数だ……素数を数えて、耐えろ、俺」
「ママ……むにゅぅ……すぅすぅ」




