●第十三話 褒美
領主ブランデン男爵の家に招かれた俺は、返り血と泥まみれの体を湯浴みできれいにしたあと、広間で謁見を許された。
この前とは違い、ブランデン男爵はきらびやかな服に身を包んでおり、これが貴族の正装なのだろう。ウエストコートのチョッキには動物の牙をボタン代わりにしていくつも飾り付けてあるので、ちょっとワイルドだ。
ただし、服の留め具は一カ所しかなく、ベルトのようになっており、牙はボタンの役割というよりはタダの飾りのようだ。まだこの時代にはボタンが無いのだろうか? 無いのなら、作って紹介したほうが便利だな。
そして首もとには貴族がよくしている、見覚えのあるあの白いヒラヒラの布。名称はスカーフでいいのかな? それとも、マフラーというのだろうか?
その隣には夫人なのか、二十代後半の紫色のドレスに身を包んだ大人の女性がいる。彼女はこちらをうさんくさそうな目で見ている。その隣に、やはりドレスに着替えたマリアとリリス。この二人はもちろん笑顔だ。
「シンよ、よくぞ大悪党カンダータの魔の手から娘達を救ってくれた!」
ブランデン男爵は大声でそう言ってこちらをカッとにらむと、そのまま椅子から立ち上がって俺のところまで駆け寄ってくる。
「はい」
ちょっと怖かったが、いきなりここで手打ちなんてことはないだろうしな。俺は逃げずに待った。
「聞けば娘達と同い年だとか。おお、軽い軽い」
ブランデン男爵に体をつかまれ、高い高いをされてしまった。
「あ、あの、下ろしてください」
「おお、すまんな。つい、子供を見るとこれをしてやりたくなるのだ。だが、普通はキャッキャと喜ぶぞ」
そりゃ子供はね。
「お父様、私は怖くて泣くことが多かったと思いますけど?」
青い髪のマリアが肩をすくめて言う。
「まぁ、マリアはな。だがリリスは喜んでいた!」
わりとゴーイングマイウェイの人らしい。
「しかし、この体格で、よくあのカンダータを倒せたな。あやつは各地で狼藉を働き、今まで兵や騎士が何人も返り討ちにされている。強敵なのだぞ?」
「ですが、お父様、シンは確かに強かったです。カンダータの斧を軽々と避けて、クワで攻撃していました」
リリスが誇らしげに証言してくれた。
「ほう、クワでか! ハハハ、これは面白い! 農具で戦うとはな!」
「あなた、笑い事ではありませんわ。農民が一揆を起こして刃向かってきたら、どうされるというのです」
「いや、ブリジッド、今は刃向かってきたのではない。我が娘達を悪漢から救い出してくれたのだぞ?」
「そうです、お母様」
「……」
マリアがお母様と呼んだが、この女性が母親のようだ。リリスは困った顔をするだけで今度は口を挟まない。
「あら、そうでしたわね。ええ、助けてくれたことには礼を言います」
あまり俺は好かれていない様子だが、相手は領主の妻で、普通に貴族だろうからな。
「いえ、礼には及びません。子供を助けるのは当たり前ですから」
人助けだ。
前世では他人を助けて死んでしまったが、それは俺の油断もあった。
人助けが間違ってるわけじゃない。方法の問題だ。
「そうとも! 子供を助けるのは当たり前のことだ。そして褒美を渡すのも当たり前のことだ。シンよ、何が欲しい? 金貨か? それとも肉か? 剣でもいいぞ?」
ふむ、褒美か。
後ろの父さんを見ると、うなずいているので、普通にもらっていい場面のようだ。
金貨か、剣か。
肉はパス。この時代の肉は臭みがあってクセがあって、あんまりおいしくないからな。
ああ、鶏の唐揚げやウインナーが食いたい……。
だけど、ここはアレだな。
「領主様、それでは、一つ、折り入ってお願いがございます」
俺はかしこまって言う。
「ほう、なんだ? 娘を嫁にくれというのは、さすがにちょっと難しいぞ?」
六歳児が嫁をくれと言うと思うのか。……ちょっとは考えたけどね!
「い、いえいえ、カンダータに壊された家の修理代のことでございます」
リリスとマリアがハッとした顔をしたが、そう、家の持ち主は何も悪くないのに悪党に入られて大損だからな。
それは正しくないことだ。
「なんだ、そんなことか。わかった。被害者には領主のオレから見舞金を出してやろう。だが、シン、お前の望みを言うのだ。遠慮はいらぬ」
「はい、では、村の畑についてのお願いが」
「畑?」
「はい。実は、私にはノーフォーク農法というそれはそれは素晴らしい農業革命のアイデアがあるのですが、父に反対されていて……」
「ジークよ、どうなのだ?」
「は、確かに、息子のシンが言うアイデアは、面白い考えではあるのですが……収穫に確信が持てません。失敗すれば、村が飢え、年貢も納められなくなります」
ああ、なるほど、失敗したときのことはあまり考えてなかったな。
「ううむ、それはちとまずいな」
「あの! でしたら、新しく開墾した畑だけで、試させてください。そのための種籾を頂ければと」
「種籾をくれてやるのは構わんが、開墾の人手までは出してやれんぞ。この街に大悪党が堂々と入り込んだのだ。さらに領主の娘がさらわれるなど! 兵士達の警備をビシバシ鍛え直して、巡回も強化せねばならん」
「ああ、人手でしたら、ご心配なく。私が自分で開墾しますので」
「ん? そうか。まあ、小規模でも試してみるがいいだろう」
フフフ……許可は取った。
【神操鍬戦闘術】のチカラ、開墾でとくと見せてくれよう。
「それから――」
ガシャンと広間の外で何かが割れる音がして、ブランデン男爵はすぐさま腰の剣を抜いて警戒した。
「何事だ?!」
「ま、待ちなさい!」
制止する女の人の声が聞こえ――バン! とドアが開くと、ライトグリーンの髪の幼女がタタタッと走ってきて俺に抱きついた。
「あう~!」
あれ? この子……荷車のずだ袋に入れられていた子だな。
とにかく無事でよかったが……
「ぜ、全裸だと!?」
後ろから服を持ったメイドが追いかけてきたが、どうやら湯浴みのあとの着替え中に逃げ出したらしい。
なんてラッキーな。雪のような白い肌とぷにぷにがまた……ほぅ。
仕事したな、【豪運】
よくやってくれた……!
「これは、どうしたのだ」
「も、申し訳ございません、旦那様。この子が勝手に逃げ出してしまって」
追いかけてきたメイドが言う。
「何か手荒なことを――いや、子供だからな。落ち着きがないのは仕方ない。マリアもこのくらいの歳には裸で走り回っていたしな、ハハハ」
「お、お父様! 私、そんなことはしてません!」
顔を真っ赤にしたマリアが抗議したが、ま、それはどっちだっていい。
「ほら、服を着なさい」
「うう」
ようやく大人しくなったその子がメイドに服を着せられた。
「そういえば、このエルフの子も、あの場にいたのだったな、リリス?」
ブランデン男爵が問う。
あとがき
貴族の首元のヒラヒラなスカーフはジャボというそうです。
いまいち名前がピンとこないので作中では伏せました。




