●第二話 街へ!
水を汲んで家に戻ると、父さんが背負い袋に干し肉を入れて出かける準備をしていた。
「あっ、父さん、どこか行くの?」
「むっ……シンか。……なに、ちょっとな」
ぶっきらぼうに目をそらしながら父さんが言う。
「ちょっと、じゃわからないんだけど?」
「お前は知らなくて良いことだ」
「街でしょ?」
「ううむ……」
父さんは嘘をつけないんだよな。根が正直者だから。
なので俺は意地悪く煽ってみる。
「あっれれぇー、子供に言えないようなところへ行くの? 父さん」
「違う。街へ、祈願祭の買い出しへ行こうと思ってな」
「じゃあ、僕も連れて行って!」
去年も秋に父さん達がオークの肉や武装を何度も街へ売りに行ったのだが、お前はまだ小さいからと言われ頼んでも見に行けなかったのだ。
俺が街に行きたいのは、ただの好奇心や、物見遊山などではない。
商品の相場も知っておかないとリックがまたここに来た時にぼったくられかねないし、蒸留酒の材料は街にいかないとどうにもならない。あと本も欲しいし。
「言っただろう。子供が行くところではないし、まだお前は小さい」
「オークを倒せるんだし、危険はないでしょ」
「そういう問題ではない」
「じゃあ、どういう問題なの?」
「それは……」
「いいじゃありませんか、あなた」
「なに?」
「シンがこんなに行きたいと言っているんです。大人が一緒に連れて街に行くことなんて、農村ではよくあることでしょう。ダミアンさんもオルガを連れて行ったのだし」
そうなのだ。俺だけ行けなかった。実に不公平だ。
「しかしな」
「知りませんよ、そうやってシンが大きくなったときに、勝手に家出して街へ出かけたって」
「なっ!」
血相を変えた父さんはよほど俺が街に行くのが気に入らないらしい。
「ちゃんと農作業もやるから、いいでしょ、父さん。ねぇねぇ」
そして大人になったら、晴れて冒険者として各地を冒険するのだ。
ダンジョンとかあるそうだし、やっぱり行ってみたいよね!
父さんはそれを小さな子供の言うことだからと思っているのか、俺が冒険者になると言っても特に反対はしてこない。
「……仕方ない。だが、連れて行って欲しいなら、いくつか約束してもらうぞ、シン」
「うん! ちゃんといい子にするから。なんなりとどうぞ」
「では、勝手にあちこち歩き回らないこと。決して私から離れるな。街には悪い人間も多いからな。それに迷子になっても困る」
「はい!」
「それから、そのペンダントは街で知らない者に見せるな。それだけだ」
「それだけ? じゃあ、僕が物を売ったり買ったりするのはいいの?」
「それは構わないぞ」
「やった!」
これでヒマすぎる冬の間、ゴリゴリと大量に彫りまくった木彫りフィギュアが売れる!
こちらの世界の豊穣の女神ディメトリアを芸術的なッ! バインッ! バインッ! のふくよかでダイナマイトな胸にしてみた。
さぞスケベな聖職者には高く売りつけられることだろう。ヒヒ。
本当はもっと過激にパンチラのワーオ♪なバージョンも作ろうとしたのだが、母さんが「下品なのはダメです」と言ったので、あくまで芸術の範囲に留めてある。
さっそく、俺も背負い袋に商品をたくさん詰め込み、支度を済ませた。
「いざゆかん! 冒険の始まりの街ブランデンへ!」
「ブランデン男爵領地ブランデンだぞ。始まりの街ではない」
んもう、父さん。そこは気分だし、勝手に二つ名を付けたっていいじゃない。ダメなのかな? まぁ、街では言わないでおこう。
六歳にして、初めてのおでかけだ。感慨深い。
村の外は――一言で言うと広大だった。
麦畑を過ぎてしまうと、歩いても歩いても、景色が変わらないほどに。
人の往来もないので、大自然の中に生きているのだと実感する。
「ルル、大丈夫か」
「うん、平気だよ」
時折、俺はルルの体調を確認する。
ルルは体が弱いし、すぐ熱を出すからな。そういうこともあって本当はあまり街へは連れて行きたくなかったのだが、「私も行く!」と言い出したら、そりゃあ連れて行くしかないよね。子供だからとお留守番を言い渡されるつらさは俺が一番よく知っている。
「このペースでも昼前には街に着けるだろう。だから、ゆっくりでいいぞ、ルル」
父さんもルルの体調を気遣って声をかける。
「はい、大丈夫です、ジークおじさん」
この辺りは一面に芝生のような草原が広がっており、特に道らしき道は無い。平坦で歩きやすいし、見通しも良いので、モンスターに奇襲される心配もなさそうだ。
「でも、迷うと面倒だな……」
道が無いということは、地形を覚えておくしか方法がないと思うのだが、先頭を行く父さんは迷うそぶりなど微塵も見せない。遠くにポツポツと森や林がところどころに見える程度で、山もないというのに、どうやって道順を覚えているのだろう?
「父さん、どうして道がわかるの?」
「どうしてと言われてもな……。一度通って、方角も覚えているからだ。ほら、太陽が今、左上に見えるだろう。午前中なら、方向はこれで合っている」
「うーん、わかりそうでわかんないなあ。東がどっちだろう?」
「向こうだ」
この世界の人は、方角にも鋭敏だな。まぁ、そうでないと迷って大変なことになるから、鍛えられているのかもしれない。
【オートマッピング】New!
大丈夫だとは思うが、父さんとはぐれたら致命傷になりかねないので、地図のスキルを取っておくことにした。これで自分の歩いた場所はわかるし、ちゃんとホイット村も記録されている。
ただ……
王都シースというのがブランデンの街を越えた南のほうにある。
そこも記録されてるんだよな……なんで?
「父さん、僕は王都に行ったことがあるの?」
「なに? いや、ないぞ」
「そうだよね」
何しろホイット村から出るのは今回が初めてなのだ。
赤ん坊の頃は記憶がちょっとあいまいだが、ま、農村の赤ん坊がわざわざ王都に行く理由もなさそうだしな。
「スライムだ。二人とも下がっていなさい」
「あっ、父さん、僕がやっつけるよ!」
「ダメだ」
「ちぇっ」
経験値が溜められるというのに。まぁ、たかが知れてるからいいか。スライムだし。
父さんは腰の剣を抜くと、落ち着いた足捌きでスライムに近づき、あっという間に片付けてしまった。
そうしてさらに一時間ほど歩いたところで、まず踏みならした道に辿り着き、続いて麦畑とかかしも見えてきた。
「あれが、ブランデンの街だ」
「おお」「わぁ」
父さんが指さした先には――これはもう城壁と呼んでいいと思う。
そこには組み上げた石とモルタルで築かれた巨大な街の防壁が広がっていた。




