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●第一話 春

 春が来た。

 冬の間、家の中にこもりきりで暖炉の前を動かなかった俺だが、外に出られるのは待ち遠しかった。ゲームとこたつとみかんさえあれば、いくらでも家で引きこもっていてもいいのだが、この中世(紀元前ではないかと疑っているけれど)ではいかんせん、やることがない。


「くぅー、ふぅ」


 日の光を浴びながら、思い切り背伸びをすると気持ちが良い。

 まだ少し肌寒いが、雪解けで地面に緑の芽が息吹いているのを見ると春を感じる。


「シン、水汲みをお願いね」


「うん、母さん」


 母さんは冬の間、ちくちくと縫い物をやっていた。祈願祭という、春に行われるお祭りのために服や刺繍を作るのだという。ヒマな俺のためにいろんな神話や英雄物語も聞かせてくれて、母さんがいなければ冬はもっと退屈していたに違いない。

 

 勇者が竜を倒して姫を救い出す定番の英雄物語から、不老不死の魔術士になってしまった哀れな老人の話、魔王が復活し魔物の軍勢を率いて王国を襲うスペクタクルロマン、はてまた白きいにしえの竜に少年が食われてしまう話では、情感たっぷりに話してくれるので思わず震え上がってしまったほどだ。

 メッチャ怖くて一人でトイレに行けなくなるほどの話し手だからな。しかも優しいとくれば、頼み事は面倒でもお手伝いをしっかりやってやろうという気になるものだ。


 前世の両親は共働きでいつも帰りが遅く、俺はテレビを見たりゲームをして時間を潰す生活だった。勉強だけしなさいとは言われていたが、こうして生活の手伝いをしたことはなかった。

 だから、こうして家族として家の役に立っているというのは、それはそれでなんだか良い。


「おう、お前も水汲みか、シン」


 赤毛の少年が桶を持って声をかけてきた。その後ろには金髪の気弱そうな少女。


「オルガ、ルルもか」


 同い年で家が隣同士だからか、俺達三人はよく一緒になる。


「いやあ、今年の冬は肉が山ほどあって良かったぜ。また来年も秋くらいにオークが襲ってくるといいな!」


「ええ?」


 こちらは損害無しで撃退できたからいいようなものの、俺としてはあんな大勢の群れはご遠慮したい。倒した後のスプラッター解体祭りとか、ああ、思い出したくない!

 肉はおいしかったけど……。豚肉とまったく変わらない味だった。


「だ、ダメだよ、そんなの」


 引きつった顔でルルが言うが、戦闘能力のある俺やオルガはともかく、小柄な六歳の幼女ではたちどころに殺されてしまうだろうからな。恐怖して当然だ。


「なんだよ、ルル、生意気だぞ。お前だって、オークの肉、食っただろう」


「そ、それは……」


「まぁまぁ、ルルじゃオークに勝てないし、怖いのも仕方ないだろう。あの時は被害が無くて良かったけど、次もあんなに上手くいくとは限らないぞ、オルガ」


「フン。いっつもシンはルルをかばうよなぁ」


 そりゃあ、オルガが大人げなくルルをいじめようとするからだろ。

 まぁ、子供だからな。春を迎えて六歳になった俺達だが、日本で言えばまだ小学校一年生だ。この世界では生まれた日に関係なく、春になると一律にみんな年齢が上がる仕組みだ。

 しかし、小学生か……ははーん。


「オルガ、お前、ひょっとして、ルルのことが好きなんだろう」


「ふぇ?」

「なっ! なんだよ、それ!」


 小学生男子が好きな女の子にちょっかいを出すなんて、あるあるだからな。


「そんなわけないだろ。ルルなんて、すっげぇどんくさいし、すぐ泣くし、獲物も一人で取れないんだぜ?」

「うっ……うう」


 オルガがルルのことをこきおろすと、それだけでルルが涙目になってしまった。別にそれくらい、どうってことないと思うが、本人にとっては事実というだけでへこむだろうしな。


「わかった、わかった。この話はやめだ。じゃ、誰が川まで一番乗りするか、競争しようぜ! よーい、ドン!」


 俺はそう言うなりダッシュで川を目指す。


「あっ、きったねぇぞ、シン! 負けるもんか!」


「ま、まってぇ~」


 かなり本気で走ったのだが、惜しいところで逆転されてしまい、勝者はオルガだった。足はえーよな、コイツ。

 こうなったらスキルを取って……いやいや、走力を上げたって、この世界には短距離走の選手なんていないだろうし、無駄な才能だ。やめておこう。


 さて、目的地にやってきたのだから、水汲みだ。

 朝日が照らす小川のせせらぎ。

 それがキラキラと輝いているが、水の中に魚が泳いでいるのが見えた。


 うん、この水は、煮沸して使おう。寄生虫とかマジ怖いし。

 ひょっとして、もう俺の体の中にいたりしないよな? 赤ちゃんの時は水源なんて気にも留めてなかったし、ノーガードだったからなぁ。ま、体が痛くなったりお尻がかゆくないので大丈夫だろう。


「おい、ルル、なにやってんだ。早く水を汲めよ。そろそろ帰るぞ」


「あ、うん」


 ルルが川の向こうの森をじっと見つめてぼーっとしていた。彼女はときどきそんなことがある。


「何か、森にいたのか?」


 モンスターだと問題なので、俺は念のために聞いておく。


「ううん、そうじゃないの。でも、なんだか森の奥で風が動いたような気がして……」


「風?」


 森の木を改めて見つめるが、特に枝が揺れているようなところは見えない。


「はっ、まーた始まった。シン、真に受けるなよ。ルルのホラ吹きだっての。やーい、ホラっちょ! ホラっちょ!」

「違うもん! ホントなんだから!」


 やれやれ。


「そこまで! ルルも見間違いかもしれないだろ。それに、オルガも、ルルが見ていたときはまだ森を見てなかっただろう。その時は風が吹いてかもしれない」


 真実は一つだけではない。

 六人の者が暗闇の中で大きなゾウを触り、一人は柱のようだと足を触って言い、一人は壁のようだとお腹を触って言う。立場によって見えるものが違うこともあるのだ。


「ああ……それもそうだな」

「うん」


 ただ……森には何かある。俺にはそんな予感がするのだった。

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