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●第一話 悪魔との取引

(◇マークまで視点が別人に変わります)


 後に『シンの世代』と呼ばれることになる悪ガキ三人が、ホイット村の生活を劇的に変え始めた頃――

 一人の若い行商人がなだらかな丘の上に立ち、村を見下ろしていた。


「おお、へぇ、こんな所にも村があるのかぁ。ブランデンの街まで野宿を覚悟してたが、こりゃ運が良いぜ。

 ついでに、ここでも塩を売っていくか。この辺はどこだって塩がビックリするくらい高く売れるからねぇ。へへへ」


 ニヤニヤと笑った男の名はリックという。

 羊毛を取り扱う商店の次男として生まれたが、どのみち家を継ぐのは長男で、リックの思い通りにはいかない。

 それなら自分で一山当ててやろうと、去年から家を飛び出し、各地を一人で旅しながら行商をやっていたのだった。


 最初は片田舎でちょいと農民や狩人相手に生活必需品の塩を売って小銭を稼いでやろう、そんな軽い気持ちで足を踏み入れたのだったが……。


 丘を下りて藁葺き屋根の家に向かおうとした途端。

 ヒュッ! ヒュッ! と風を切る音が聞こえたかと思うと、足下と近くの木にいきなり矢が刺さった。


「うわっ!」


「おい! そこのお前! 盗賊だな?」


 甲高い子供の声が上から聞こえた。

 見上げると、木の枝の上に器用に立ったまま、こちらに弓矢を向けている赤毛の鼻垂れ小僧がいた。


「ええっ? いやいや、違うって。おいらは行商だよ。盗賊なんかじゃあないぞ!」


 リックは慌てて手を振って釈明した。相手が子供であろうと、いや、子供だからこそ、矢を向けられていては落ち着けるはずもない。


「じゃ、なんでそんなでっかい背負い袋を持ってるんだ」


「いやいや、当たり前だろ? 商人が荷を運ばないで、どうするんだ」


「いーや! 商人はロバや馬車で荷を運ぶだろ。上手いことを言ってオレを騙そうったって、そうは行かないぞ」


「まいったな……」


 どうやらこの子供は駆け出しの若手行商を見たことが無いらしい。

 どう説明してやろうかと思っていると、彼は口笛を吹いて仲間を呼んだようだった。

 ま、誰か大人がやってくれば、説明もそのほうが早いか。

 

 そう思って少し安心して待つことにしたが、やってきたのは亜麻色の髪をした子供だった。


「オルガ、その人は?」


「盗賊だ!」


「違う! とにかくお前らじゃ話にならない。誰か大人を、村長を連れてきてくれ」


「おお! そのパンパンの背負い袋、腰のベルトにぶら下げた丈夫な革製のポーチ、そのいかにも旅慣れた格好、さらに洒落た帽子とくれば! ひょっとして、あなたは商人ですか?」


 亜麻色の髪の子供が目を輝かせたが、この子は察しが良い。


「そうだ。でも、格好だけでわかるのかい?」


「そりゃあ、わかりますよ。こんな辺鄙な村へわざわざ旅してくるのに、金と食料以外の余計な荷物を持ってくる物好きはいないでしょうから」


「なるほどね」


 よっぽど人通りが少ない村のようだ。

 こいつはハズレかな……。リックは二人の子供のみすぼらしい格好を見て、貧乏そうな村だと判断した。


「リック、すぐにみんなに行商が来たって報せて。それからゴムとハチミツ酒、それにロウソクと口紅も持ってきてくれ」


「おい、コイツの言うことを信じるのかよ、シン! 嘘を付いてるかもしれないぜ?」


「いいや、本物の盗賊なら、武器がダガー一本なんてことはないよ。それに仲間も引き連れてくるだろう」


「仲間がどこかに隠れてるかも」


「斥候なら相手に見つかってこうしてのんびり話したりなんかしないから。いいから早く!」


「わかったよ」


「さあ、商談と参りましょうか!」


 目を爛々と輝かせるこの子は何だか不気味だ。なんというか……そう、子供らしくない。

 しかも田舎の子供が敬語や丁寧語なんて使うか?


 妙に整った顔立ちで、まるで貴族のような上品な髪の色をしているが――それにしたって着ているものは裾も補強されていない一枚亜麻の服だ。

 ――何かがおかしい。

 リックは信心深いほうではなかったが、この時ばかりは商売の神ヘルメスに、どうかこいつが悪魔の子ではありませんように……と心の中で祈りを捧げたのだった。


(視点が主人公シンに戻ります)


 やってきた行商人はリックと名乗った。

 かなり若いし、自分の荷車や馬車も持っていないので駆け出しの商人だろう。

 これは運が良い。

 俺はニヤリと笑った。

 相手が素人に毛が生えた程度の商人なら、石けんやゴムを高く売りつけられるはずだ。

石けんは知っているかもしれないが、ゴムはおそらくこの大陸では初の生産物だという確信があった。物知りのおババ様や父さんも初めて見たと言っていたしな。


「この壺のどろっとしてる白いのはなんだい?」


 家にやってきたリックが品を見て質問をする。


「石けん――液体石けんですね」


「石けん? 何に使うんだ? 食べ物じゃあなさそうだけど」


「ええ、体を洗ったり、洗剤、服を洗うのに使えます。凄くきれいになりますよ!」


「へぇ。そういえば王都で王様や貴族が服を洗うのに薬か何かを使っていると聞いたことがあるな。……いやぁ、まさかな」


「ものは試し、どうぞそこで手を洗ってみてください」


「飛ぶぞ?」


 横でオルガがニヤリと言うが、俺は余計なことは言うなと目配せする。

 この交渉はとても大事なのだ。商人がいなけりゃ、どう頑張ってもこの村では魔術書や醤油など手に入らないのだから。


「飛ぶってなんだよ……どれ」


 リックが土間の桶の水と石けんを使って手を洗う。


「うぇ、ぬるぬるして魚やカエルの粘液みたいだな。こんなもので――おおっ!? な、なんだ? 手の甲の汚れが落ちて、湯で清めたみたいにツルツルに白くなった……だと!?」


「どうです、驚きの白さでしょう。薬用として、美白効果や無病息災の魔除けも期待できますよ!」


 俺はニッコリと笑って両手を広げてみせた。


「……いくらだ?」


 リックが鋭い目になると、低い声で聞いてくる。


「いくらまで出せますか?」


 俺は穏やかにニコニコと微笑んだまま聞き返す。


「くっそ、付け値かよ! じゃあ、銀貨二枚! いやっ、銀貨一枚だ!」


 銀貨キター!


「ぎ、銀貨だって!? マジかよ!」


 オルガが目を丸くしているが、

 父さんの話だと、パンが一つ黄銅貨一枚の値段で、銀貨はその千倍の価値を持つと教わった。

 1000ゴルダ、日本円に換算すると十万円だ!

 液体石けん2リットルが十万円!

 コストはオルガのおじさんが脂身をタダでくれるからゼロ!


「一壺、銀貨二枚ならお譲りします」


 内心のニヤつきを抑えながら俺は落ち着いて言う。


「待ってくれ。こっちはそんなに手持ちが無いんだ。銀貨なんて一枚あれば――おお、そうだ、ほらボウズ、このチーズをおまけに付けてやろう。これで手を打て。銀貨一枚とチーズだ」


「おお!」


 オルガが反応してしまったが、俺は首を横に振る。


「ダメです。チーズひとかけらなんて、せいぜい黄銅貨一枚か二枚でしょう」


「冗談じゃない! アウプス地方の羊のペコリーノチーズのホール一個13キログラム――2個でお前さんの体重と同じくらいはあると思うが――その2個で仕入れが銀貨4枚に大銅貨2枚もしたんだぞ? つまり、4200ゴルダだったから……ええと」


 リックが手のひらに指で文字をなぞるようにして暗算しているが――

 13kg × 2個 = 26kg

 4200ゴルダ ÷ 26kg = 約160ゴルダ(1kgあたり)

 100gあたりなら 16ゴルダ(=日本円で1600円)


 石に炭で計算式を書いてみたが、むむ、結構高いな。

 あんパンサイズのパン一つが1ゴルダ、

 この世界では食品は全体的に安い印象だったのだが、チーズはそうでもないようだ。


「細かい計算は置いといて、とにかくチーズ100グラムで10ゴルダは軽く超えてるはずだ。旅費もあるんだから、黄銅貨なら、最低20枚はもらわないと元が取れない。……って、何を書いてるんだ?」


「ああ、ちょっとした計算式ですよ」


 暗算で近似値を出してきたリックも、さすが商人と言ったところだろう。


「ふうん? 変わった文字だな」


 地球のアラビア数字だもの。


「お気になさらず。では、今回はチーズを付けてもらったので、安くサービスしておきますよ。銀貨一枚と大銅貨五枚で手を打ちましょう」


 最初の値段からは少し下げて、1500ゴルダだ。


「やれやれ。わかった! それで買う! 持ってけドロボー!」


 石けんが十五万円で売れた! 売れちゃった!


「次に、この『聖なる布』はいかがでしょう」


 俺は目玉商品の二つ目を取り出した。

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