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●第四話 暗雲

「見ろよ、二人とも。あそこ、ハチの巣だ!」


「うえ」「あう」


「やったぜ! ハチミツがあるぞ!」


「ええ? やめとけよ、オルガ、刺されたら大変だぞ」

「そ、そうだよ、オルガちゃん、危ないよ?」


 木の枝に蜂の巣がぶらさがっているが、周りにはブンブンと蜂が飛んでいた。


「大丈夫だ。あれは小さいハチだから、一回や二回くらい刺されたって死にゃしねえよ。スズメバチやキラービーだったらヤバいけどな!」


「でも、刺されたらメッチャ痛いぞ?」


 前世で刺されたことがある俺は言う。あれは毒の痛みだからな。普通の針よりずっと激しく痛む。

 刺された瞬間は感電でもしたのかというくらい、ヂクー!とするし、あとでパンパンに赤く腫れ上がって、蚊とは比べものにならないし。


「ハッ、それがなんだってんだ! 屁でもねえぜ!」


 勇ましいオルガは、獲物を狙う猫のように足音を消し、ゆっくりと近づき――バッっと素早く跳び上がって巣をつかみ取った。


「よっしゃっ! 逃げるぞ、お前ら!」


「ひい」「はわっ!」


 俺達をオルガが追い抜いていくが、その後を黒い雲のように無数の蜂が追いかけてくる。

 ひいい! 蜂、はええ!

 しかも俺達をハッキリ敵だと認識し、ロックオンしてるぅ!


「い、いてっ!」


 ヂクー! と腕を刺されてしまった。ブンブンと顔の周りも飛んでいるし、勘弁して!


「きゃっ!」

「あっ、ルル!」


 途中でルルが転んでしまった。もうすぐ後ろまで蜂の群れが迫っているというのに。


「ああ、くっそ」


 一瞬、自分だけ逃げてしまおうかとも思ったけれど、ルルは病弱で体が弱い。

 あんなにたくさんの蜂の群れに刺されたら命も危ういと思った。

 こっちは【無病息災】もあるからな。頼むぞ【豪運】!


「ご、ごめん、シンちゃん」


「いいから、ほら、立って!」


 ルルの腕を引っ張り、蜂を振り払うようにして、走る。

 痛って! また刺された。


「よ、ようやく逃げ切ったか……」

「うう、怖かったよう」


「へっ、だらしがないぞ、お前ら」


 オルガがニッと笑って戦利品の蜂の巣を見せびらかすが、お前、なんで先頭で逃げてたのにそんなあちこち刺されまくってんの?

 顔中腫れ上がって、アンパ○マンみたいになってるぞ?


「ほれ、子分ども、ハチミツを分けてやる」


「その前に、おババ様のところへ行って、虫刺されの薬をもらおう」


「いらねえって。小便かけときゃ治るっての」


「オルガ、その民間療法は逆効果なんだぞ」


 俺は目をキラリと光らせ【現代知識】、ネットで見た真実を言う。


「な、なにっ? でもおっとうが……」


「親父さんも間違った話を聞いて覚えてるんだ。とにかく、尿は雑菌が繁殖しやすいからダメ。おババ様のところへ行くぞ」


「わーったよ。でも、ルル、なんでお前、一つも刺されてないんだ?」


「ええっと? あれ? なんでだろう?」


「納得いかねー。オレだけ刺されまくった!」


「俺もかなり刺されてるんだが」


 腕と顔、五カ所はやられた。どうなってるんだ、【豪運】、仕事しなさいよ。

 ま、運に頼り過ぎてもダメとわかったから、それでよしとしよう。


「やれやれ、悪ガキどもが、悪さをするからさね」


 薬師のおババ様のところへ行って話をすると、ギョロリとした目で悪口とも愚痴ともつかぬお叱りをいただいた。


「あぁ? うっせぇよ、ババァー! 森のハチミツを取って何が悪いんだよ」


 オルガが簡単にキレて文句を言い返すが。


「森のミツバチも生きておる。その巣を荒らせば、反撃を食らう。それが道理じゃ。蜂に何度も刺されていれば死ぬことだってあるんだ。自分の命と、そんなちっぽけな蜜、どっちが大切かよーく考えるんだね」


「フン!」


 ふてくされたオルガは腕組みしたままそっぽを向いた。反論しなくなったところを見ると、一理あると思ったようだ。俺も次に刺されてアナフィラキシーショックになったら嫌だしなぁ。次から気をつけよう。


「ほれ、刺されたところを水でよく洗い清めて、このミントの煮汁をかけておくとええ。それと痛み止めのカモミールとオレガノを煎じた茶を飲んでおいき」


「「ありがとうございます、おババ様」」

「フン!」


「おい、オルガ、気に入らなくても、薬をもらったんだ。お礼くらいは言えよ」

「嫌だ!」


 ガキだなぁ。


「ま、お礼はいらないさ。そのハチミツだけでええさね」

「なんだと! ババァ! これはオレ達が苦労して取ってきたのに、がめついぞ」


「だが、薬ももらっただろ、オルガ。三分の一、よこせ。それは俺の分だ」

「ちっ。ほらよ」


 蜂の巣をそのままちぎってもらい、それをおババ様に薬代として献上する。

 世の中は人と人との助け合いだものな。自分一人の力で生きているなんて考えるのはタダの思い上がりだ。赤ん坊は一人では生きていけないのだから。

 ついでに拾っていたクルミも何個かつけた。薬草と調合のイロハを教わったお師匠様だし、授業料だな。


「あの、私も」


「いや、ルルは自分でお食べ。お前さんは刺されてない。日頃の行いがいいのさ」

「でも、お茶をもらっているので」


 受け取っている木のマグカップを持ったまま、困惑するルル。


「いいんだよ、それはタダでくれてやるさね」

「サービスだ、もらっとけ、ルル」


 俺もウインクして言う。

 ルルは体が弱いので、滋養の付くものを食べさせた方が良い。おババ様もその辺はわかっているのだろう。

 あ、そうだ。今度、オルガの親父さんにお願いして、イノシシの金玉を生の刺身でルルに食わせてやろう。

 滋養がつくぞぉ、ヒヒ。


「……ほれ、ババァ、オレの分だ」


 三分の一になった蜂の巣をさらに、半分に割って差し出すオルガ。


「うむ。ではそれで薬代はよしとしよう。ところでオルガ、蜂の巣は一個だけだったかい?」


「いや、奥の方にもっとデカいのがぶら下がってたぞ」


 そうだったのか。俺は気が付かなかったが、次から森のあの辺に入るときは気をつけよう。


「そうかい。これに懲りたら、もう二度と近づくんじゃないよ」


「フン!」

「「ありがとうございました、おババ様」」


 ――さて。俺達はこのホイット村では、ちょいと名の通った悪ガキトリオだからな。

 これしきのことで簡単にあきらめたりはしないぜ?


 俺とオルガはおババ様の家を出ると、イタズラっ子の目でニヤリとうなずき合った。


「はわっ、だ、ダメだよ、二人とも。おババ様にまた叱られるよ!」


 ルルが慌てふためいているが、心配するな。

 ――俺に策がある。

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