●第二話 集中力の上げ方――マインドフルネス
「ふぅー」
目を閉じ、大きく息を吸う。
ヘソの下に空気を溜め込むように腹式呼吸を行い、ゆっくりと吐く。
深呼吸だ。
人の心は、自律神経というものが深く関わっており、呼吸によってその働きを調整できる。
自律神経とは、生き物が生命を維持するためのもの。普段は放っておいても勝手に動くし、意識しなくてもいい。
意識しないとき――眠ったときに心臓が止まったり呼吸が止まってしまうようでは、人間は生き物として生きていけないのだから。生き物に最初から備わっている仕組み、本能だ。
だが、呼吸は自分の意思で止めたり、ゆっくりにしたり、速くしたりとコントロールができる。
深呼吸を何度か繰り返せば、この自律神経が刺激され、体内分泌物量が変化する。心拍数が減り、筋肉の緊張がほぐれる。そうして人間は本能的に集中力が増すのだ。
生命の波動――
つまり、集中とは、緊張したり、力むことではない。
その反対、呼吸によって意識を研ぎ澄まし、肩の力を抜いてリラックスすることなのだ。
「よし」
心身が整ったところで目を開け、ノミの当てる場所、当てる角度に細心の注意を払いつつ、焦らず落ち着いて木槌をコツコツと小さく当てていく。いきなり振りかぶってカーン!カーン!と打てれば格好良いが、カスッたときに悲惨だからな。
同じ失敗は二度とやらないぞ。
小さくコツコツだ。
「おお、木槌の使い方を知っとるんか。こりゃ魂消たべ」
ヨーサックさんが驚いているが、確かに教えてもらったことはない。
自力で今までの経験から推測したまでだ。
普通の五歳児なら無理だろうが、こちとら異世界転生で二十年分の経験値と大人の知識が上乗せだからな。それだけでもチートだ。
ゲームのためだけに瞑想やバイオリズムやマインドフルネスまで習得したこの集中力を見よ!
木槌を振るう度に、ノミの先端が板に食い込んで木くずを出しながら削れていく。
最初は角度60度、ノミが板に刺さったら、角度を少し浅くし30度にまで抑える。
コツコツ、コツコツ。
真っ直ぐ精密な溝を掘っていく。
そこに一寸の乱れもなく、呼吸は常に一定。わずかに吹く風を感じながら、自然と一体化して無心を保つ。
そうして板から最後の木くずが落ちる。
「よし、削れた!」
見事、洗濯板の形になった。
だが、これで終わりではない。あらかじめ用意しておいた軽石で削った面をヤスリがけしておく。
ゴシゴシ洗濯中にささくれ立った木の部分でケガをしたら困るし、服が引っかからないように。
一枚目の洗濯板が完成したところで、実際に小川まで持っていって石けんと一緒に使ってみよう。
実地テストをして、問題点を洗い出して作り直す。
それが職人がモノを作るということだ。
「実戦証明されていないカタログスペックなど無意味! 危険なガラクタなど、参謀本部に『欠陥品』というのしを付けて送り返せ!」
そんなことをウェブ小説の幼女士官殿が言っていた。
さっそく、試作機を試してみたが――
「ほう、結構、泡立つんだな」
すでに満足のいく実用レベルのモノができあがっていた。
「ただ、もうちょっと、溝を浅くしてみてもいいかな」
カイゼンである。
ついでにもっと溝を深くしたもの、溝を太くしたもの、もそれぞれ裏表に分けて数種類作ってみることにした。
たかが洗濯板に――ではない。
この村の最新鋭の衛生システムである。
そこに一片の妥協も許さないのが真の職人なのだ。(まぁ、タダの村人なんですけどね)
職人魂、ここにあり!
そうして――
「できた! これが洗濯板、『洗えるくん一号機』だッ!」
天然無垢一枚板をそのまま贅沢に使った一品――。
やや赤みを帯びた、独特の木の色合いは、まさに芸術品と言っても過言ではないでしょう。
そのフォルム全体に自然な木目が残っていて、見ていて飽きることはありません。
材質は木の専門家ヨーサック氏がオススメする『オーキーファー』。
ほのかにマツの匂いが香り、あなたの心を北欧の森の中へと誘います。
天然物ですので、世界に二つと同じ模様は存在しないオーダーメイド。
安全安心の無添加、無着色。
計算しつくされた新開発の水平溝『ホーリィザントル・デント』により泡立ち200%アップ!(当社比)
驚異の消費電力ゼロを実現!
エコを愛するロハスなあなたにぴったりの一品です。
一家に一枚、あなたの隣に『洗えるくん一号機』を置いてみませんか?
ワンランク上の快適なライフをお約束します。
ピロリン♪
『スキル【廃ゲーマー☆】が発動。洗濯板(発明1797)のエクストラ・ルートが解放されました』
『天啓――黒き運命の輪が回り出し、闇の雲に包まれし醜き者ども、小さき針を持つ宝の番人から、明かりと聖なる包みと美しさを盗み出すであろう』
「くっそ、またこのスキルか。洗濯板の発明はもっと前の時代じゃないのか! 今度はいったい何が起きるんだ……?」
正直、何が起きるかわからないというのが一番怖い。
この前はイノシシのアレで一晩中寝られなくなったし。
だが、何となく予測がついた。
このスキルはどうやら俺がこの時代のオーパーツ――場違いなモノ(Out-Of-Place Artifacts)を作りだすと発動して無駄に難易度を上げてくれるらしい。
なら、もう変なモノを作らなければ安全だな。
「……いや、でも、文明の利器は欲しいよなぁ。マヨネーズとご飯、梅干しと味噌汁、唐揚げ、それにカラメルたっぷりのプリンも食べたい……」
そうなのだ。
生活レベルをもうちょっとマシにするためには開発の手を止めるわけにはいかない。
おいしいものを食べたいし、このまま将来が農機具無しで重労働というのも微妙だ。
この時代は魔法がある。俺は【四大精霊の加護】まで得ているのだ。
魔法使いや冒険者として活躍しないとね!
今のところ、ボスは出てきていないから、今回も大丈夫……だと思いたい。
炎の魔法も使えるので、相手が強敵でなければなんとかなるはず。
ダメなら速攻で逃げればいいのだ。
「よう、シン、何やってんだ?」
鼻垂れ小僧オルガと、ルルがやってきた。俺達は同じ年に生まれたこともあり、一緒によく遊んでいる。幼なじみの仲良しトリオだ。




