●プロローグ 至る境地
レベル1からの内政モノです。
よろしくお願いします。
『縛りプレイ』
それは廃ゲーマーが辿り着く、究極の境地である。
初期装備のままRPGのボスを倒したり、
誰もプレイしないような弱小武将で全国統一をやったり、
ストップウォッチで計りながら、セーブロードなしでRTAを挑んだり、
強い必殺技をあえて封印した上で、自ら数々の制限を課しゲームの難易度を劇的な高みにする――禁断の手法
プレイヤー側にとって有利な点は一つもない。
それどころか、制作者の意図を飛び越えた先にあるのは、苦行。
ただ狂気じみたイバラの道があるだけ。
だがしかし、超高難易度をクリアしたときにだけ享受できるモノ――無限の愉悦。
一つのゲームをひたすら周回し、その神髄を最後の一滴まで余さずしゃぶり尽くす。その快楽は何ものにも代えがたい。
それはヒマ人しかできない贅沢な遊びであり、決して常人には理解されない領域なのだ。
「くそっ、兵数三千の姉小路だと、どうやっても上杉謙信は倒せねーな。なんで上杉は一年目から三万人も徴兵できるんだよ。しかも徴兵したばかりの農兵がそんな強いわけがねーだろ。鉄砲隊三千の三段撃ちを素手で蹴散らす足軽ってなんなの!?」
画面に血塗り文字で表示された今日100回目の「ゲームオーバー」の表示を見ながら、俺はコントローラーを床に投げ出した。
「ふう、ちょっと補給がてら、コンビニに行って気分転換でもするか。一度しっかり精神統一して、最短ルートで領地を増やす方法をまた検証しなおさないと」
総当たり作戦も投入やむなしだ。総当たり作戦とは、バードウォッチングに使われるカウンターと、ビジネス用表計算アプリも駆使する。
俺は本気で『兵士数三千人だけの姉小路家による全国統一』を成し遂げるつもりでいた。
『本気』とは、気合いを示す言葉ではない。
それは事前の準備を周到に整え、つぎ込めるだけの資源と労力をすべて費した実績を言う。
シンプルにして最強の方法であり、『全力』と言い換えても良い。
たかがゲームに、いい大人がと言う人もいるかもしれない。
だが俺は『たかが』という言葉が大嫌いだ。
誰に何と言われようとも、遊びに真剣になってこそ人生も真剣に楽しめる。
大人が楽しんで何が悪い。
そんなわけで――準備のための小休憩として、俺は寝間着代わりのスウェットの上にパーカーを羽織ると、近くのコンビニへと向かった。
「うう、寒っ」
一歩外に出ると、肌を突き刺すような寒さだった。
思わず身震いしてしまう。
アパートの錆び付いた鉄板の階段を、カンカンとスニーカーで踏みならしながら下りていく。ゲームを始める前は朝だったが、今はもう日がどっぷりと沈んでいた。
そこにあるのは無機質な暮夜の街。
店の明かりだけが薄ぼんやりと道を照らしている。
「いらっしゃいませー」
コンビニに入ったが、店内は派手な飾り付けがなされ、明るいBGMを流しながらクリスマスケーキ祭をやっていた。
そうか、今日はクリスマスだったか。
ま、俺には関係ない。無視して適当にカップ麺を買い物カゴに突っ込んでいると、男女の言い争いが聞こえてきた。
「こんなもの、もらえません」
「君のために買ったんだ。高かったんだぞ。さあ、遠慮せずに受け取ってくれ」
なんだろう? と思ってそちらを見ると、スーツ姿の男女が二人いた。
どちらも会社帰りらしい。男性が差し出しているのはテカテカしたビニール製のバッグだが……あれで値段が高いというのが俺には信じられない。
まぁ、ブランド物は独特のデザインに価値があるのだろう。
「いりません。あの、二度と話しかけないで下さい。迷惑です」
女性は硬い声で言うと差し出されている贈り物を拒絶した。
それがタダの遠慮ではないというのは表情を見ればわかりそうなものだが、男のほうはニヤニヤと笑ってまったく気にした様子がない。その二人の落差に、なんだか違和感を覚える。
「またまた、冗談ばっかり。ははは」
え? さっきのが冗談なのか? でも、いくら親しくたって、そんなことを冗談で言わないよな。ここは人目だってあるのだ。
「私は本気です。知らない人からは物を受け取れませんし、これ以上、つきまとうようなら警察に届けますよ」
なるほど、つきまといか……うわ。ニュースではよく聞くが、ストーカーって本当にいるんだな。
そんな叶わない恋に身を焦がすより、ゲームをやった方が人生を心ゆくまで謳歌できるだろうに。嘆かわしい。
「警察だと? 今、警察と言ったのか!」
先ほどまでニヤニヤ顔だった男の顔がガラリと一変した。
血走った目を見開き、まるで威嚇するみたいに女を睨み付けている。
こっわ。
俺が女だったとしても、こういう男は無理だわー。整髪料でテカるほどカチカチに頭を固めててどこか気持ち悪いし。
「お客様、何か問題が――」
コンビニの店員が状況を心配して声をかけようとしたが。
「うっせぇ! コンビニのアルバイト風情が、プロポーズの邪魔すんじゃねーよ! ボケがッ! こっちは年収億だぞ、億!」
男がいきなり怒鳴り散らすと、側にあった商品をカウンターへ投げつけた。
おいおい。年収とかそういう問題じゃないだろ。あと、今のがプロポーズなの?
「一緒に来い。ウチにバンクシーの新作があるんだ。君もきっとこの良さが理解できるよ。ヴィンテージワインでも飲みながら、さ。僕らの将来を話し合おうじゃないか」
「は、放して。いやぁ!」
まずい、これは間違いなく警察案件だ。俺はスマホをポケットから取り出し、迷わず110番しようと思った。
だが――
「そこっ! 何通報してんだ、てめえ!」
「うわっ」
ちぐはぐな言動の男だったが、そのくせ俺が通報しようとしていることはしっかりと認識できているらしく、スマホを奪おうとしてきた。
こちらも命より大切なゲーミングデバイスを奪われるわけにはいかない。必死で抵抗して、もみ合いになる。放せ、この!
「よこせ!」
「嫌だ! 今のうちに、は、早く通報して、あなたも逃げて!」
振り向いた俺は、カウンターであっけにとられたままの店員に指示し、その場でのんきに成り行きを見守っている女性にも声をかける。
「「は、はい」」
「させるかぁあああ!」
わめき散らした男は、懐から――サバイバルナイフを取り出した。