僧侶と僕。
僧侶。
それは奇跡の魔法を使う者。その奇跡は傷を塞ぎ、ありとあらゆる毒を打ち消し、そして魔を払う。
厳しい修行を越えた者だけが名乗れる職業、それが僧侶。
でもこのおっさんは違う。
どれだけ皆が傷を負っても、どれだけ毒に侵されようとも。ただ黙って袋から薬草を出すだけの、僕でも出来る役割をこなすだけの、謎のごついおっさんでしかない。
~僧侶と僕。~
その日、町で自由行動になった僕は、勇者を倒す為の作戦を立てたり、武器を見ようと、ぴょこぴょこと町中を跳ねていた。
普通の魔物なら、きっとびっくりされるんだろうけど、お生憎様、僕は皆に癒しを与える可愛い魔物だ。なんといっても、あのフワリンだ。
そう。僕は、自分が珍しい魔物、フワリンだってことを忘れていた。
「おうおう、こいつぁ絶滅指定されてるフワリンじゃねぇか。愛くるしい見た目と、舌ったらずな口調で今でも人気なんだよな。高く売れるだろうなぁ」
「だ、だれ……?こわい、たちゅけて……」
「喋りやがった!っかー!可愛いくて堪んねぇなおい!」
図体のでかいおっさんが、僕を見て身体をくねらせている。気持ち悪い。まだワカメが揺れてるのを見るのがマシだよ。
でも僕は捕まるわけにはいかない。
だって、捕まったら勇者を倒せなくなっちゃう。
「いや、たちゅけて、たちゅけて……!」
必死に跳ねて逃げようとしたけど、おっさんAは僕を鷲掴みにして、そのまま顔の高さまで持ち上げた。うっ、口臭くさっ。
「見ろよ、このまんるぃ目!」
ちょっともう本当に喋らないでほしい。口臭が目に滲みるって相当だよ。
あーもう、滲みるから涙出てきちゃったじゃないか。歯磨きしたらどう?勇者はいつでもいい匂いがするよ!
「泣いてるぜこいつぅ。怖かったのか!?」
「ちがう………」
「なんだ強がってよぉ!俺が欲しいくらいだ!」
誰かほんとに助けてほしい。臭い、死にそう。
「……あのぅ、その子、うちの子なんですぅ」
少し高めの可愛らしい声がして、口臭臭雄(勝手に付けた)が振り向くと、そこには筋肉隆々の男の人がいた。
ん?まさかこの人が声をかけてきたの?
口臭臭雄も不思議に思ったのか、きょろきょろと辺りを確認するけど、筋肉隆々野郎以外誰もいない。
「あのぅ、その子、うちの子……」
「いやいや、てめぇ、その図体でその声はないだろう!可愛い子想像するだろ普通!」
「うちの子……」
うちの子って言ってるけど、僕はこんな筋肉質のおっさんに飼われた記憶はない。おっさんは僧侶で間に合ってるけど、この筋肉野郎は僧侶とは似ても似つかないし。
むしろ僧侶より頼りになる見た目で笑う。
「もぅ、しょうがないなぁ。えぃ!」
筋肉野郎は、その筋肉が物語る力を見せつけるように、ふん!っと腕に力を込めた。ビリビリっと破けた服を見て、口臭臭雄は僕を放り投げるようにして慌てて逃げていった。
筋肉野郎は僕を華麗に受け止めると、にっこりと笑いかけてきた。ちょっと怖い。
「大丈夫?フロイちゃん」
「……え?」
「皆には内緒だよぉ。こんな声だから恥ずかしくってぇ、普段は着ぐるみ着てるのぉ」
「……そうりょ?」
「うん、そぉだよぉ。ここなら人通り少ないなぁって思って、着ぐるみ着ようと思ったんだけどぉ、フロイちゃんがいたから」
僧侶はそう言いながら、背中の鞄から着ぐるみらしきものを取り出してきた。待って、それどうやって仕舞っていたの。
着ぐるみをひょいひょいと着て、いつもの僧侶になった筋肉野郎は、いや僧侶は、僕を肩に乗せると鼻歌を歌いながら宿へと歩いていく。
勇者たちと合流する頃には、僧侶はいつもの無言の僧侶に戻っていたけれど。




