魔王と僕。
魔王。
それは世界に君臨する絶対悪で、倒さないといけないもの。僕ら魔物からは、畏怖の対象として恐れられている。
見たことは、なかったけれど。
~魔王と僕。~
随分と立派な椅子に座ったまま、腕を組んで僕らを見下ろす存在。魔王。
赤い血みたいな目の色と、禍々しい大きい角、紫がかった長い髪。初めて見る魔王に、僕は魔物としての本能からか、勇者の肩から降りれなくなってしまった。
「魔王!やっと会えた!」
流石勇者。抜いた剣を突きつけて、声高々に魔王に吠える。でも魔王は気にしていないようで、手元の手帳と時計に釘付けだ。
「アポは?今日の予定詰まってんだ。5分でよろ」
「世界の平和のため、お前の命、刈り取らせてもらう!」
「持ってんの剣だよな?鎌じゃねーよな?何、新手のドッキリ?」
確かに。
剣なら、錆にしてくれる!とかのほうが良かったんじゃないかな。間近で勇者を見るも、間違ったことは言っていないとばかりにキメ顔している。
肩に乗ってる僕が恥ずかしい。
「あー、で?少年御一行が何?魔王城見学ツアーなら、日時指定の予約した上で来るようにって、パンフにもあっただろ」
「魔王覚悟!皆行くぞ!」
いや話聞こうよ!
勇者を筆頭にして、脳筋魔法使いとヲタ芸武闘家が飛びかかる。僧侶は相変わらず後ろで待機だ。いや、お前も行けよ。ちなみに僕は怖いから飛び降りた。
「最近の少年は会話が噛み合わんな。ジェネレーションギャップってやつか?」
魔王が手をひらひらさせると、背後に光の玉が現れて、それは勇者たちを追尾して、そして見事に命中してしまった。
「うわああああ!」
皆が悲鳴を上げて倒れていく。僧侶が薬草片手に走り寄って、効率よく配っていく。こんな時でもお前はそれかよ。
「はい、5分経ちました。次はちゃんと予約するなり、アポ取るなりしろよな?城ん中に、最強武器の入った宝箱やらトラップやら仕掛けられんだろうが」
おもてなしする気満々だな、この魔王……。そんな僕は、ふるふる震えながら見ているだけなんだけども。
魔王は面倒くさいとばかりに立ち上がって、それから勇者から離れてしまった剣に目をやった。
「少年、その剣は……」
「こ、これは伝説の剣だ!お前を倒すための!」
「……それさ、抜けたら勇者とか言われた剣だろ?いるんだよなー。そういう勘違い勇者。それ、誰にでも抜けるやつだし、なんなら少年、君は勇者じゃない」
僕だけでなく、勇者も、そして仲間も、ショックを受けてしまって全く動けない。
嘘。ここまでついてきて、こいつは勇者じゃなかった?僕が身体を張って守ってきたのに?勇者を倒して、弱くないって証明しようとしていたのに。
勇者じゃないなら、なんの意味もない。
「ゆうちゃ、ちがう……?ちがう、ゆうちゃ、ちがう……」
悲しい。涙が出てきた。
「フ、フロイ……。違わない、違わないよ、僕は勇者だ!」
そう言って、勇者は剣を握りしめて魔王に向かっていく。ただの人間が魔王に勝てるわけないよ、あいつ死んじゃうよ。
「少年、諦めろ。今なら帰してやる」
「嫌だ!僕は諦めない!僕は、僕は……フロイの為に勇者になるんだ!僕を勇者と信じてくれたフロイの為に、仲間の為に!だからお前を倒して、僕は本当の勇者になるんだ!」
「誰かの為に、勇気を出せる者、か……。いいだろう少年、とっておきをくれてやろう」
魔王が力を両手に溜めていく。その力が強すぎて、唯の勇者は近寄れずに飛ばされてしまった。あぁもう、見てらんないよ!
僕は勇者を庇うように前に飛び出した。すると、他の仲間たちも同じように勇者の前に出てきた。
「皆、駄目だよ危ない!」
「うるせぇ!黙ってこけとけ勇者!」
「魔法使いさん、口が汚いですよ!」
「勇者、死なせないよぉ」
あの僧侶まで喋った!仲間が一斉に僧侶を見て、それから一気に笑い出した。死ぬかもしれないこの状況だけど、でも僕はなぜだかとても気分がよくて。
魔王の放ったその力は僕たちを飲み込んでーーー
「あれ、ここは……」
目を覚ました勇者が辺りを見渡す。僕も習って見渡して、それから随分懐かしい光景に嬉しくなって飛び跳ねた。
そこは、勇者の故郷で、そして僕が勇者と出会った町。
「転移魔法ですね。どうやら私たちは振り出しに戻ってしまったようです」
まいったように武闘家が座り込んだ。その隣で大の字になって倒れている魔法使いから、盛大な腹の音が聞こえる。いつでも懲りない奴だ、ほんとに。
「よし、じゃ皆僕の家に招待するよ。今日は休んで、そうだな……、明日からまた魔王討伐に出よう!」
「はい、勇者さん!」
「わかったぁ、よろしくねぇ」
倒れたままの魔法使いを軽々と持ち上げて、僧侶は軽い足取りで勇者に続く。武闘家がそれを見て、にこやかに笑いながら魔法使いに毒を吐いている。
僕はどうしようかと悩んで。
勇者になったところを倒してやろうと作戦を変えて、仕方なく付き合ってやることにした。
これで、僕のほんのちょっとのお話はお終いだよ。これからも、旅はどこかでやってるんだろうけどね。
※
「勇者、いえ魔王様」
魔王は呼ばれて振り返る。勇者、という名は呼ぶなと言っているのに、何度注意すればわかってくれるのだろうか。
自分たちが魔王を倒してから、魔物の統率が取れなくなり、どれだけの村や町が襲われただろう。それを無くすため、勇者ではなく魔王となり、かつての仲間たちに詞☆天王、いや四天王についてもらい、魔物たちを統率してきた。
いずれは人間と魔物が手を取り合えるような、そんな世界を造ると決めて。
被り物は本当に肩が凝る。しかし今日はこれから魔王城体験ツアーもあるし、弱音なぞ言っていられない。
魔王はため息を押し殺して今日もまた、少年少女たちの敵となるのだった。
~勇者を倒すのは魔王じゃなくて。完~
はじめましての方も、いつも読んで下さっている方もこんにちは。
とかげになりたい僕です。
軽いノリで書いたゆうちゃのお話ですが、如何でしたでしょうか。
10話で完結すると決めて書いた作品ですので、あまり長くならずに、サラッと頭を空っぽにして読めればいいな程度で書いてみました。
結構楽しく書けたので、自分自身満足しております。
また違う作品で見かけましたら、お暇な時にでも読んでやってくださいませ。
ではありがとうございました!




