第八十八話 イズミ生誕祭・女と妹の境界線
目の前の女性は今にも飛び掛かって来そうな鋭い眼光で俺の目を睨みつけ、声を発さずとも言いたい事は分かるでしょ?なんて自信に満ち溢れた仕草で俺の言葉を待っている。彼女が俺の妹であり最愛の女性、如月イズミその人だ。本日は彼女の誕生日という事でどれだけ素敵な催しで自分の事を満足させてくれるのかと期待を込めての態度だろう。いや…本当の事を言うと俺がそう思いたいだけかもしれない
この日を以って妹のイズミは二十二歳を迎える事となり、世間一般的に言えば異性と愛しあった経験が一度や二度では済まない人がほとんどだろう。別にそれがいい事とは思わないが、これがイズミの言い分で、自分が要求している誕生日プレゼントの正当性を主張しているつもりなんだ。机の上に置かれている僅か0.01mmが売り文句の商品はイズミから視線を逸らしてる様にも、俺を睨みつけてる様にも見えた
「兄さんはそろそろ煮え切らない態度をハッキリさせないとね」
「煮え切ってはいるんだが、いつも寸での所で水かさが足りなくなる」
「こちら側が注ごうとすれば拒むじゃない」
「それはイズミも同じだろ。クリスマスイヴにはちゃんと…」
「あんなものはレイプと大差ないわ、ノーカウントよ」
未だに揉めている【妹だから抱けないのか論争】はこんな調子で平行線を辿っており、大我のタイミング的には勢いで進めるしか道は無いと考えているのに対し、イズミからすれば愛を囁きながら女としての喜びを味わい尽くせる初夜にしたいと考えている。女にとっては一度きりの大切なイベントだというのに、それでも決心の付かない俺をなんて勝手な生き物だと思う人も居るかもしれない。しかし考えてもみて欲しい、俺だって怖いんだ。
自分が世界で一番大切にしている物を崖の上でジャグリングしてくれ、と言われて出来る人が何人いるだろうか?もしかしたら手が滑って二度と元の状態で帰って来ないかもしれないのに、それでも出来るのだとしたらそれって本当に世界で一番大切な物だと言えるのだろうか?君達とは大切に思っている度合いが違うからこそここまで悩み、怒られているんだ
「ただ俺の進歩も見てくれ、下半身は既に臨戦態勢だ」
「進歩? チ〇ポを見ればいいのよね?」
「今の一言でまた縮んだぞどうしてくれるんだ」
ムードを大切にしたいくせに台無しにするのはいつもイズミの方じゃないか。俺の言い分だって聞いてくれなければ不公平だ!この際俺がイズミに感じていた理不尽な要求の数々に関してもハッキリと返答して貰うぞ。なんて最初のうちは勇んでいた俺だが、目の前ではショートパンツで足を組み、Gカップの豊満なバストを見せつける様なTシャツ姿の美女に睨まれているのだ。俺の頭に上った血液は自然と下半身の方まで帰って来てしまう。男の本能とは理不尽だと生き辛さを感じる今日この頃…
実際問題抱けるのだろうか?先日ババアに連れられ行ったアダルトショップに有った商品たちは、無機物だというのに俺のイチモツに適う大きさの物が一つたりとも存在しなかった。という事はやはり人間の内臓に入る規格で作られていないのではないか?と余計不安になってしまう。どうするんだイズミが映画『エイリアン』の乗組員みたいに腹が裂けて中から俺のイチモツが飛び出して来たら?俺も割腹自殺して後を追ってしまうぞ
イズミも本当の事を言えば怖い筈だろうし、性処理なんか一人で出来る様に作られているしそれでも良いんじゃないかと思ってしまう。自慰行為が出来る生物は地球上で見ても猿とイルカと人間だけらしいし、純潔のまま人生を終えるというのも俺たち二人の愛の形としては美しいんじゃないかとも思えてしまう。大きさに関してのイズミ側の考察も聞いてみたい所だが、ここまで自信たっぷりな様子を見るに、実はしっかりとした解決策を用意して来てるんだろうか?
「まず、俺とイズミが決定的に違う所がある。俺は初めてでも痛くないけどイズミはクソ痛いだろ?」
「らしいわね」
「だったらその傷つけるリスクを冒す事が怖い気持ちも分かってくれ」
「じゃあ自分でするから寝てるだけで良いわよ」
「そこに愛はあるんか?」
もう俺が拒否し続けた事で、処女喪失という経験がトロフィーみたいな物になっている気がする。実績さえ手にしてしまえば良いみたいな事務的な抱かれ方はイズミ自身も望んでいないと言ってたじゃないか。
「ご存じの通り俺のはデカいからさ…」
「あのね兄さん、解決策を見つけたのよ」
「嘘だね」
「入らないなら別に全部入れなきゃいいじゃない」
「ハッ! そ、その手が有ったか…!」
確かにその通りだ。自分でするとしても「根本だけ触って果てろ!」なんて言われたら絶対に無理だと即答するだろう。であればそこそこの太さを我慢するだけで俺達は見事"童貞卒業"及び"処女喪失"を果たす事が出来るんじゃないのか?こんな所で本当に解決策を提示されるとは思わなかったが、この見事な発想は俺達の未来を照らす偉大な一歩として歴史に刻まれるに違いない
…違いないじゃないよ。これじゃあ本当に俺がイズミを抱かない理由が無くなってしまったじゃないか!残されたカードは"妹"という弱すぎるワイルドカードのみ…こんなもの障害でも何でもない、愛さえあれば兄妹だろうと関係ないのは俺も同じ気持ちだからだ
「…飯にするか」
「また逃げるの?」
「食い終わったら続きだ」
「…そう」
いつもならここで尻尾を巻いて逃げだす自分が、思いの外この議論に前のめりだった事にイズミも驚いた様子だった。これから起こるだろう様々な事を想定に入れながら、更にはその対応策までも脳内で補完を始めておこう。「そろそろ逃げられない段階まで来ているのだから…」と心拍数の上昇を感じ覚悟を決めながら、今夜とうとう始まるかもしれない情事も考慮しつつ夕飯の調理に取り掛かる。
牡蠣、ささみ、ニンニク、ジンギスカン、山芋。見事なまでに精の付きそうなメニューの並びに、内心では俺もこうなる事を期待していたのかもしれないなと考えに耽る。食後はどうしようか…ムード作りはどこから始めて…風呂までは一緒に入っても良いんだろうか?もしかしてその段階で"コレ"は持って行くべきなんだろうか…?俺もリサーチ不足というか、特殊なタイプのビデオを見すぎた弊害なのかもしれない。部屋の中が魔法の鏡張りならお手の物なんだけどなぁ…
食事中も無言のまま、ただ目の前にある栄養成分を少しでも体内に納めようとまるで野生の動物の様に二人で食に向き合った。人間の三大欲求のうち一つ目を満たした俺達は再び先程の話へと話題を戻し、三大欲求の二つ目を満たすかどうか?言葉を交わさずともすでにお互いが感じている筈だ。二人はこのまま決められた結論に向かって進む事に
「…するの?」
「あぁ」
「…そう」
「風呂から上がって髪を乾かしたら、俺の部屋で」
「・・・」
「お前を抱く」
かつてないほどに真剣な眼差しでイズミの事を見据えると、互いに覚悟は決まったようでそれからの行動はスムーズだった。俺はなるべく痛みを感じさせない方法をネットで調べ、もしも出血多量で続行不能になった場合には病院への搬送も考えなければならないので今日の飲酒は無し、徹底して風呂を上がった後に備える俺達はまるでこれから台風でも来るのかというほど真剣な顔をして今夜の逢瀬に臨んでいた
入浴時には不自然に互いの身体から視線を逸らしてしまう。いつもは意識せずとも視界の端では捉えていたはずなのに、それすらも気恥ずかしく感じてわざとらしく天井からの水滴を気にする素振りなんかもしながら。いつかは訪れるだろうと予期していた事が、まさかこんなにもあっさりと始まってしまうとは、俺だけでなくイズミですらも考えてはいなかっただろう
髪を乾かすドライヤーの音が消えた時、それが二人だけに伝わるサインだ
何も言わずに俺の部屋へと移り、いつもはどちらかが寝転がっているベッドの上で横並びになって腰かける
「電気は、消す?」
兄妹としては最期の会話になるかもしれないやり取りを俺から切り出す
「…分からないわ」
俺だってそうだ。イズミが決めてくれなくては…俺は別に恥ずかしくないんだから
「じゃあ、消そうか?」
気を遣っている風を装っているが、実際は俺の慌てる表情を見せたくない意味合いも多分に含んだ提案だ
「…うん」
照明を落とし、まだ明るかった部屋の余韻が残る中、俺はイズミの手を握り身体を向き合わせた
「最後だぞ。いいんだな?」
努めて冷静に、ここで嫌だと言われても止まるかどうかは分からないが…一応確認しておく。そんな必要は無い事も、俺達は分かっていた
「はい…」
熱を帯びた互いの身体を抱き合うと、この日初めて俺の舌はイズミの唇を越え兄妹に許された一線をあっさりと超えてしまった。小さく漏れた互いの声が僅かに残った理性の糸をプツリと断ち切る最後の一押しとなった。
三月十五日、如月イズミ二十二歳の夜は誰も知らない闇の中に消えて行く──




