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第八十七話 ホワイトデーの醜い争い-後編-

 


【前回のあらすじ】朝陽さんに三十万のネックレスを買いました




 ホクホク顔で光る石を首から下げている朝陽さんと、その様子を不思議そうに眺めているイズミの対比は二人が実の親子だとは思えない絵面だったが、それは今に始まった事でもないかと冷静になる。朝陽さんがプレゼンした宝石類はイズミの心には刺さらなかったが、イズミとこれからの人生を末永く共にする俺の心には少なからず爪痕は残したと言っても良い。これは次の挑戦者である厳島カガリにも期待がかかる展開だ



「私がイズミちゃんにおすすめしたいのはこれだよ! じゃっじゃじゃ~ん!」


「電子レンジ…?」


「ノンノンノン! これをただの電子レンジと同じ物だとは思わないでくれたまえ! これはコンベクションオーブンという新しいタイプのオーブンなのだよ!」



 カガリが自信満々に提示した商品は最近の家電業界でも注目度の高いキッチン用品だ。内部から熱を発生させ温める電子レンジに対してこのコンベクションオーブンは外部から徹底的に熱を与え、これ一台で焼く、揚げるなどの調理を可能としているのだ。コンベクションとは何か?普通のオーブンと何が違うのか?と思う方もいるだろうが、それではカガリのプレゼンを聞いてみよう



「まずシステム面から説明するね、これは通常のオーブンと違い内部に気流が流れていて、このオーブン内で様々な角度から熱が与えられるように工夫されているのだよ! つまり通常は上下からの熱で焼きムラが出来てしまう料理も四方からの熱によって完璧な焼き加減で仕上がるのだ!」



「でも俺が居ればイズミには常に温かくて上質な食事が提供できるけど」


「そうだね、確かに大我クンが言う事も一理ある。しかーし! 普段から同じ調理法、同じ調理器具で作られた料理が上質だなんて言えるのかね!?」


「なるほど…」



 カガリの言う事ももっともだ。俺自身の能力がどれだけ高かろうとも俺が数年前のオーブンで調理した料理と、現代の技術力で作られた最新のオーブンでイズミが調理した料理とでは恐らく後者の方が美味しく作れるだろう。 家電はパソコンと同じくらいの速度で日夜進化し続けているとも言われているし、その影響は実際に出来上がりの質を変えるほど顕著だとされている



「さらには内部の容量も見て驚け! 上下二段システムで食いしん坊のイズミちゃんも満足するであろう大容量の調理も可能! たとえ二段に分かれていたとしても上下による温度差を産まないのが、この内部に流れる気流を使ったコンベクションオーブンならではの特徴と言えるのではないか!?」



「採用」



「フォー―――!! 超大型テレビゲット――――!!」



 これは俺とイズミ二人が得をする、コンベクション同様別角度からのアプローチだったな。なまじ料理の知識があるだけに、買い物をする際にも全自動だの便利機能だのが注目される家電の方には目が行かないのだ。どれだけ技術が有ろうとも便利な物は使わねばただの損になってしまうし、自分のプライドを優先させて人生の貴重な時間を無駄にしてはいけない事を思い出させてくれるいい買い物だった



 最期は晴香の選ぶ品なんだが、もう選んだ店からして不安しかない。やたらDVD買取りを謳い文句にしているのぼりに不安感を覚え晴香の方を見ると、人差し指と中指の間から親指を出してこっちを見ている。どっち?自分の欲しい物があるのか、俺達に使わせたい物が有るのかどっちなの?



「まぁ夜の生活に不慣れなお前たちにはしっかり母として、年長者として教えなくちゃならない事も有るだろう」


「あ、使わせる方なんだ」


「そりゃそうだろ! なに考えてんだエロガキが!///」


「盛ってんじゃねえよエロババアが」



 店の中は昼間だというのに薄暗く、どこか売人たちの集まる路地裏を想起させる。店内には数人のチェックシャツとジーパンで構成されたクローン人間の様なおじさんが数人いるだけだった。一斉に入り口へと向けられた視線は女性客の入店に驚いたのかお手本の様な二度見をしていた。しかしすぐさま平静を装い再び商品に目を落とす姿がなんとも哀愁漂い、早くこの店から出て行きたいという思いが増した。



 自分達を客観視しても完全に撮影に来たように見えるだろう。確かにアダルトグッズを買いに来て店内で実践してしまうというジャンルも存在しているが、そんなシチュは九割フィクションだ。そう思っていただろう客達からも「本当に始めるのか…?」という期待と興奮に満ちた念を感じるがバカな事を言うんじゃない、そんな事したら完全にお縄だよ。アダルトショップでお縄だとまた違った意味に聞こえるが、国が関与した方のお縄だよ



「よし、好きに選べ。最初はスタンダードなここら辺のをだな…」


「よしじゃねぇよ…もう帰ろうよ…銀座で買い物って趣旨はどこ行ったんだよ」


「これ電池で動くのね」


「イズミも汚いから触るんじゃありません…」



 先程まで大人しく着いて来るだけだった大田さんの目には火が灯り、真剣な顔をして様々なグッズを手に取って物色している。まさかコイツ…どっちだ?自分用だよな?そうでなければ今すぐソイツを突っ込んで店内に縛り付けて帰るけど。健康器具の様に見える棒のスイッチを入れてふむふむ…と知った風な顔で頷いているが見た事も無いだろお前、それマジックミラーの車の中で野球拳した時に使うヤツだって知らないだろ?



「慣れてからは挿入用にこういうのもだな…」


「ほうほう…双頭とな…」


「もういい加減にしてくれ、深夜のネット番組でしかやれないヤツじゃんこれ」


「ふんー…ふんすー…」



 カガリもノリノリでそこら中の物に片っ端から電源を入れ振動を楽しんでるし、朝陽さんに至っては普段あれだけ垂れ下がっている目尻が急上昇し、瞳孔も開いている様に見える。大田さんはロボット相撲グランプリにでも出場するのかというくらい各商品の微差を確かめている。もう好き勝手してくれ…とイズミを連れて出ようとした時に、イズミの発した言葉によって事態は収束する。



「でも全部兄さんの方がデカいわ」



 それぞれが手にしていた商品を置き、無言のまま店を後にする面々。すれ違いざまに全員が俺の股間に視線を滑らせた事を見逃さなかったぞ。更には聞き耳を立てていたらしい客と店員も俺の股間と顔を見比べて男優だと確信した様子だった。あぁ、撮影の買い出しね…みたいなガッカリ感を醸し出され余計に腹立たしかったが、もしも自分が一般客だった場合の事を考えると、その期待の大きさは察するに余りあると今回の件に関しては不問とする事にした。



「すまねぇ…力になれず…」


「力になれなかった事より迷惑かけた事を謝れよ」



 とんだ辱めを受けたにも関わらず、結果この店では何の成果も得られず最悪な後味のまま今日という日を終える事になってしまった。こんな奴を最初に常識人枠として紹介した事が途端に恥ずかしくなってきた、誰かあの時の俺を止めてくれ。



 如月兄妹、本日は銀座にオーブンを買いに来ただけとなってしまいました。やはりこんな奴等に我々の大切な時間を預けてはダメだと再確認した所でお開きにしよう。と思ったら大田さんはどこで買っていたのか、イズミに包装済みの紙袋を渡すと満足そうにして帰って行った



「中に変なの入ってないか…?」


「重さもそこまで無いわね、音も小さいし。開けてみましょうか」



 丁寧なラッピングを剥がしてみると中から小さなキーホルダーが出て来て、どこか見覚えがあると思えばそこに描かれていたのは学生時代に大田さんから貰った時の物と同じキャラクターだ。アレもかなり古く見えたから大田さんとしては同級生だった頃の想い出としてではなく、友人となった今の自分として改めて渡したかったのかもしれない。俺もイズミから聞いて当時の背景を知っているだけに粋な計らいだなと感じてしまった



「大田さんにしては、って感じだな」


「昔と違って、家の鍵は兄さんが持ってるのにね」


「まぁ、今回は知らないフリして付けておいてやるよ」



 大田さんは昔の話になると暗い雰囲気にならないかと気を遣ってしまうんだろう、だから別れ際に渡したに違いない。これは「もし嫌な気持ちになったのなら捨ててくれても構わない」という彼女なりのメッセージだろうなと二人とも理解している。が、今回ばかりは大田さんよりも不快感を巻き散らして帰ったババアがいた事を忘れてはならない。絶対許さんぞ



 ただ歩き疲れて散々なホワイトデーになってしまったが、ようやっと家に帰る事が出来るかと思うと肩の荷が下りた気分だ。本当はもっと寄る所があったんだが、今はとにかく家に帰ってイズミと二人の時間を大切にしたかった。その理由と言えば…



「もう二年か」


「そうね」



 イズミと俺が出会ってから丸二年経った事を、あれだけバタバタとした買い物の中でも忘れる事など無かった。明るい未来に歩き出そうとしていたイズミを襲った事件からは七年、そして本来なら日本を後にして海外のレストランで働いている筈の俺が、日本に残る決心をしてからもう二年か。そう思ったら春は二人の人生を変えた始まりの季節だったんだな



「今日から忙しいな」


「珍しいわね、記念日でもするつもり?」


「明日の事も含めてな」


「…去年は祝ってもらったかしら?」



 露骨に不機嫌そうな声のトーンでこちらを睨むイズミだが、この態度にもそれなりの理由があり…実はホワイトデーの翌日はイズミの誕生日なのだ、去年はまだその事を知らずにただの平日として過ごしてしまった事で、この様に今年もイズミの機嫌は直っていないらしい。



 自分では誕生日が特別な日だという意識が無かったものだから、第一にイズミから聞き出す情報だと思わず平然と生活してしまっていた。その日が誕生日だったと知ったのは朝陽さんから数日後に教えて貰っての事で。あの時はイズミもかなり怒っている様だったが、俺もここ数年内で有数の精神的ダメージを負った日だったと記憶している。



 芸は無いかもしれないが、明日にはこっそり買っておいたこの指輪でも渡してみようかな。これでは俺も大田さんの事を言えないなと薄ら笑いを浮かべた所をイズミに見られてしまい「どうせ明日も忘れたフリをするつもりでしょ」とあらぬ誤解を受けてしまった。



 確かに当時から身分証明書なんかも管理していたが、本当に生年月日に興味が無かっただけなんだ。人間として有り得ない事をやってしまうバカな兄は、誤解だとみっともない言い訳をしながらイズミに縋り泣きつく事しか出来なかった





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