第八十五話 二月末の節分
もうそろそろ三月か…イズミと一緒にひな祭りとかもしてみたいけど、あのひな壇とかいう馬鹿デカい設置物を年に一度のイベント事の為だけに買う気は起きない。それにひな人形の顔がめちゃくちゃ怖いので雑多に扱えばオカルト否定派の俺でも襲われそうな気さえする。この持ち前の豪胆さで一目置かれている如月大我でさえも人形だけは管轄外だ
まぁ特別何かを食べられるイベントでもなければイズミが強請る事も無いだろうし、念の為にひな祭りによく食べられている物でも見て見るか。どれどれ…金平糖にちらし寿司か、なんとも古風というか日本的なメニューだとは思うけどイズミの好みとは言えないな。これならベーコン記念日とかいう架空の祝日を作って、明日にでもそれを開催した方が喜びそうだと思ってしまう
ぺチン
なにかが服に当たった感触がする、これは夏場によくセミが突撃して来た時くらいの威力で…大きさはハエくらいだからカナブンでも突撃して来たか?虫の皆さんはこんな寒いのに逞しいというか、秋口からどこかに潜んでいたのだろうか?かわいそうだが人間様の力で処理させていただくよ。足元を見やるとその正体に思わず二度見してしまった
ピーナッツじゃないかこれ?
そう見える何かではない、完全にピーナッツだ。しかも周りには薄っすら塩がついている事から俺が酒のツマミとして買っておいたバタピーだという事も分かる。飛んで来たのかコイツが?俺が三月の事を考えているとどこからともなく自立型の豆が飛んできたというのか?背後に誰か人の気配を感じて振り返る…
鬼だ
鬼の面を被り手元にはバタピーを持った鬼が俺の方をまんじりともせずに見ている、何が起きているんだ?豆をぶつけられているのは人間の俺で、投げ付けているのが鬼だなんて聞いた事が無い。昔話に置き換えると、亀が寝ている間に兎が全力疾走でゴールテープを切っているくらい意味が不明だ。俺に何を伝えたいんだこの鬼は?
ぺチン
まーた投げて来たよコイツ…しかもむんずと掴んで豪快に投げるでもなく、懇切丁寧に一粒ずつを俺に投げ付けて来る。まるで「初対面だからまずはこれくらいの量でお願いします」と言わんばかりの社交辞令までバッチリこなせる社交的な鬼だ、青鬼との飲み会で連絡役を担ってるのは多分コイツなんだろうな。
そんでお前金棒どこに置いてきたんだよ
鬼と言えば金棒だし、金棒見るだけで鬼を連想する本当の意味での"相棒"だろうが。面だけ被って髪は縮れなんか一切見れないストレートな黒髪ロングだし、首から下なんか真っ赤なチャイナドレス着てるしで、なんてスケベな鬼だよ。なるほど、あまりのセクシーさに俺の金棒が!って事か。上手い事言うね鬼さん
「何やってるんだイズミ」
「節分忘れてたから」
忘れてた訳ではなくてたった今までイズミがやってたように豆なんかをばらまくと掃除が面倒だし、別に厄なんか来ないし鬼が来ても徒手空拳で勝てるでしょ、って放送でも言ったはずなのに忘れてしまったのかこの妹は。ちなみにチャイナドレスの事を聞いたら「兄さんの金棒が…」と本当に言って来たのでたまげてしまった。脳内にバーコードハゲおじさんを飼っているのではないかと心配になるではないか
しかし節分なんて先程考えていたひな祭りくらいどうでもいいイベントかと思っていたのに、特別その日しか食べられない物なんか有っただろうか?野菜とかんぴょうくらいしか入ってない恵方巻なんて食べるはずないし、豆だって別に今手に持っている物を食べればいいのに。時々俺でも分からない事をするんだよなイズミは…
ぺチン
このガキ…いよいよ俺の事を挑発したいだけとしか思えなくなってきた。一粒ずつしか投げないのも「豆を一粒ずつ投げたらどうなるかが気になった」とか平気で言いそうだしな、バカな事やってないで編集でもしたらどうなんだ?と言おうとしたが俺の脳内に微かな違和感がある事に気付いた。そうかうっかり忘れていた、俺は奥底に眠っていた記憶を引っ張り出してイズミに歩み寄るとその鬼の面に手を掛けた
ムチューーーー!!!
そうだ、口内炎の時に下唇を突き出したイズミに興奮してキスしてしまいたいと思っていたんだった、思い出せて良かった。そして面を外したはずのイズミの顔がさっきよりも一層と赤くなっているのは気のせいか?なんて粋なジョークも挟みながら如月大我はピーナッツを嚙み砕く。顔が熱い
* * *
膝上のイズミを撫でながらもやはり節分の話は意味が分からないし、聞いてしまうと負けたような気分がするのでなるべく自分の力で正解を導き出したいんだが…今日は二月二十六日、鬼に豆を投げつけられた事が新たな二・二六事件とでも言いたいのか?そんなブラックジョークをぶっこんで来るのは俺のセンスを信頼しすぎではないか。豆一粒ずつ投げられただけだから事件としても弱すぎるだろうし、もしかしたらこれは迷宮入りの可能性も有るな
すると俺の携帯に数件のメッセージが届いた。これはよもや天啓かもしれぬと確認してみると年増BBA会という秘密結社からのホワイトデーの催促だった。地獄への特急券をプレゼントしてやろうかと一瞬頭をよぎったが、こんなもうすぐ灰になる奴等の事などどうでもいい。いくら奴等の息子と言えど今はイズミの兄さんとして目の前の事を…
兄さん(二・三)の日だ
うわぁぁぁ…意味が分かると怖い話よりゾクッとしちゃったよ、なんだこの伏線回収、名作映画のラストシーン全部これで良いわ。節分が兄さんの日だったって事で終わらせてくれたら見てる人全員椅子からひっくり返るだろ、しかも何が怖いって二月三日を足した時の和が五になる。そして本日二月二十六日を足した時の和が十になる。倍になるんだよ
兄さんbye(倍)って事じゃん
漏れそう、今すぐにでも膀胱から兄貴汁が飛び出しそうなほどビビり散らかしてるよ。まさか殺されるの俺?さっき何気なく拾って食べたピーナッツに毒が仕込まれていて、だから食べやすい一粒ずつを俺に投げ付けて…令和のアガサクリスティーかこの女。どれだけの伏線を一気に回収する気だ?もしかして俺の膝の上に座った事も何か…俺が死にそうになると…
子孫を残すために下半身が元気になる
「おいイズミ!! セッ〇スしたいからって俺を殺すなよ!!」
「なにそれ怖い」
* * *
「別に何の意味も無かったけど、確かに兄さんの日ね」
「だったら最初からそう言ってくれよ…」
死に直面してみっともない所を見せてしまったが、命に別状が無くて本当に良かった。それと共に俺の妹が本格的にイカれている事が分かってしまい複雑な心境だ。意味も無く鬼の面被って二月末に豆投げてみるとかどんな教育受けてたら思いつくんだよ、奇天烈すぎてチャップリンも喋るわ
「じゃあ来年は兄さんが鬼やってよ。本気でぶつけたいわ」
「アニメでよく見るサムライキャラの高速弾きが出来るかの検証にもなるな」
来年の話をすると鬼が笑うなんて言うが、それ以外の時はあまり笑えてないのかと思うと少し悲しくなってしまう。俺達だけでも積極的に来年の話をしてあげようと二人で豆を食べながら話した節分(仮)であった。




