第八十四話 コタツでチーズフォンデュする会
二月は一年の中でも唯一、暦上の三十日を踏む事の無い月だ。そのせいか携帯電話の通信料なんかを豪快に使う人も居るんじゃないか?月末だからとあまりネット漬けになるのも如何な物かと心配している当人が配信者なんてしていると知れれば怒られるだろうか?如月大我です
やはり今年から我が家に導入されたこのコタツという文明の力は凄まじく、ここ数日はこれに入りながら鍋をつつくだけのありふれた食事風景に帰結してしまっているのが最近の悩みというか、なんなら家庭でおでんを食べられる季節が冬しかない事に異議申し立てをしたいくらいだ。
今も晩飯のチーズフォンデュを作りながら早くコタツの中に戻りたいと考えている有様で…これだって鍋の中に熱々のチーズを入れ、そこに予め調理しておいた食材をディップしてそのまま食べられるコタツ向けの食事というだけで作っているのだから、今の如月家はコタツ中心の生活と言っても過言ではない
我が家の食事番長であるイズミに至っては今もぬくぬくと編集作業を進めているのだからしばらくは出て来ないだろう。ただチーズが溶けるのを眺めている時間の退屈さと言ったらないな、先にワインでも飲みながら…いやでも配信が始まったら飲むって決めてるしなぁ
視聴者が一番ワインを飲みたくなるシーンは栓を抜き注ぐ所だろうから、なるべくそこは映しながらも演出として皆と楽しみたい欲求もある…そうだ、ワインが飲めないならビールを飲めばいいじゃない。俺の中のリトルアントワネットが顔を出して言った。実際にはマリー・アントワネットもそんな事言ってないらしいので、彼女の名誉の為にも誤用は控えた方が良いだろうか?どうでもいいかと冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出すとプルタブを開け独り飲みを始めた
目の前にはソーセージやベーコンなどのツマミになりそうな食材が敷き詰められた皿が有るのだが…こちらはご想像通りにイズミのお皿なので、迂闊に量を減らしてしまうとぶん殴られてしまいかねないので、イズミとは別皿に用意してある俺専用のメニューをつまみながらラインナップも紹介していこう
まずは茹でてあるブロッコリーとにんじん、これらは定番だろうがなんと今回は明太子に挑戦してみようと思ってる。チーズ明太と言えばお好み焼きやたこ焼きの粉物料理でも定番の位置を確固たるものにしているが、フォンデュにしているとは聞いた事が無い。じゃあマズかったんじゃないの?とか思うかもしれないがそれは違うと思う
考えても見て欲しい、チーズフォンデュなんて仕事帰りの汗臭いおっさんが行くか?否、OLや女学生が主な客層だろうし、自宅でのパーティーに関してもそうだ。
『ねぇねぇ、皆はどんなの持って来たの~?』
『あたし明太子~!』
すぐにそのグループから弾き出されるだろう。いや俺はこのくらいの女子の方が好きなんだが、あまりにも明太子一本という絵面とチーズフォンデュというイベント飯が釣り合わないのが原因だと俺は思っている。だからこれも絶対に美味い筈だと期待しているのだ
そして他にも気になる食材たちが居て。今回ご用意したのが【餃子とカルパスだ】こいつらのポテンシャルたるや…餃子に関して言うとチーズ餃子というメニューもあるくらいにチーズと相性がいい事は証明されているし、一度揚げてしまってもいいかもしれないな。その方が皮が破れる事も無くチーズもよく絡んで美味しそうだ
そしてこのカルパスは皆が想像しているコンビニに一本で置いてある物では無く、駄菓子屋なんかに置いてある一口カルパスというやつだ。これを爪楊枝に刺してそのまま食べると美味しいのではないか?なんなら少し炙ってからでも…う~んこれはアレンジ博士としての血が騒ぎますな!
まぁ今はそれらを想像しながら一杯やりますか…
「よ~し出来たぞイズミ~!」
待望の熱々チーズの入った土鍋を以前餃子を焼く時に使った特大ホットプレートの中心にドンと乗せる。こうする事でチーズが冷めて固まるのを防ぎながらも土鍋の周りで待機食材たちも温めつつフォンデュを楽しめるという優れもの。今の時代一家に一台ホットプレートは必需品だろうか
先程紹介した物の他にもハンバーグやチキンナゲットも有るので、それらを前にイズミもどれから食べようか迷っているらしい。年に数回ほどしか食べる機会は無いだろうから、こんな風に心の底から楽しんでいる姿が見られると俺も役得という物だ。お、まずはソーセージからか…王道から攻めるその意気やよし
「兄さんも食べればいいじゃない」
「牡蠣とかもあるから味移り気になるし後で良いよ。その辺つまんで酒飲んでるから」
「そう」
海鮮だって準備は万端だ。茹で海老だけでなく意外と貝類は何でも合う事をまだ知らない人も居るらしいが、是非とも試してみて欲しい。他にもバゲットだのフランスパンだの小賢しい事は言わないで、こんな時だからこそ簡素な…おっと、そういえば肝心のパンを持ってきてないじゃないか。じゃあイズミが食べている間にパンだけでもチーズと一緒に食べさせて貰うとするか
「なにそれ食パンじゃないの?」
「コッペパン。こういうのがシンプルで美味いんだよぉ」
シチューなんかでひたひたにするなら染み込みやすい食パンの方が優秀だが、ことフォンデュに関してはこのコッペパンに軍配が上がると個人的に思っている。このチーズと一緒に固体を食べているぞ!という感覚が満足感を産みだしてくれているのだろうか、正直こいつのポテンシャルの高さに人類はまだ気付いてないのかもしれない。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です」
案の定それほど待つ事も無くイズミが食べ終えてくれた事で、ここからは俺と晩酌中の視聴者との時間だ。早速牡蠣や海老の海鮮類からいただくとしよう、白ワインも忘れず開封して…心地良い音を立てて開く今回のワインはスパークリングだ。チーズと言えば炭酸という思考は少し太ましいかもしれないが恥など棄てて欲望に正直に生きようと皆にも言いたい
牡蠣、海老ともに本日も異常なし!日本人も大好きな牡蠣だが、意外と海外の方が専用の牡蠣ソースが有ったりと調理法の豊かさは一枚上手かもしれない。このチーズフォンデュもその一つだ。食の先進国である日本でも学ぶべき事は山ほどありそうだなと思いワインで流し込む。
そしてボイルした海老を食べてて思ったのだが、今度はエビフライにしてからフォンデュしてみるのもいいかもしれないと感じる。きっとサクサクの衣にチーズが絡まって少し足りない油感も増すだろう、次回の挑戦が今から楽しみで仕方ない
さぁ、ここからは視聴者も気になって仕方ない"変わり種"の時間なのだが、まずはこいつから行かせて欲しい。我らが特攻隊長の明太子さんだ。どう考えても美味いに決まっていると高を括っていた節があるが視聴者からもその手が有ったか、と感嘆の声が上がっている。これだけの視聴者が居てもやはり盲点なんだろうなと俺も鼻が高い。早速一本丸ごとチーズの海を泳がせてから真っ黄色になって帰って来たこいつを一口食べる
「う~ん…すっげぇ微妙…」
予想外に唐辛子の部分が強すぎて、しかも生なのがいけなかったのか?生臭さが際立ちチーズと相まって臭さ爆弾だ。まぁこういう時こそワインで臭さごと流し込んで…くっっっっさ!!!
完全に忘れてたが、魚卵とワインの相性は最低だったんだ…生臭さが異常に強調されて口の中に魚の内臓が直接置かれている様な地獄の空間、これがスパークリングの白ワインだったから良かったものの、渋みの強いフルボディの赤だったらばこの場で吐き散らかしていたかもしれない。それほど強烈な臭みだ
なるほどな、明太子はパスタまでに留めておけという事だろうか。餃子で口直しと行こうか…あれ?どこに置いたっけ?そうだそうだ、キッチンから持って来るのを忘れて…あれ、無いな…まさかとは思うけど一応聞いてみようかな。兄さん信じてるけど
「イズミ餃子──」
「食った」
「…そっか」
なんの悪びれる様子も無く食い気味で返事を寄越しやがった。せめて美味しかったかだけでも言ってくれよ、俺の言葉までも食いやがってこの食いしん坊万歳さんめ。やかましいわ
「まぁ本番はこれだからな…これはやった事ある人いる?」
そう、一口カルパスの登場だ。これは俺の中でもこの配信以降流行る食材として積極的に押していきたいコンテンツの一つで、きっと世のOLは興奮のあまり何人か気絶しているに違いない。それほど俺の中では覇権食材なのだ
【あぁそれ美味しいよね】
【女子会した時絶対食べる】
【チーズと一緒に炙ると美味しいよ】
「なんか今日の放送全然楽しくないなぁ」
なんだよみんな知ってるのかよ、じゃあなんで教えてくんねえんだよズルいだろ。まだ口臭いし餃子は無いし…もう何らかの罰だよなこんなの。もう野菜がいいわ、一番美味い。エリンギとか最高に美味かったからもうこれからは山の幸と結婚する事にしよう。
その後は視聴者達と試行錯誤しながらなんとか明太子を活かすレシピが出来上がったので作り方を紹介するが、ただ焼いてから皿に移したチーズの中でほぐし明太チーズのディップソースにするというやり方が一番美味しかった。こうなってくるとフォンデュでも何でもないが適合しなかった彼らサイドにも問題が有るので、今後はこういった形で契約させていただく事とする
結局一番最初に食べたコッペパンが一番おいしかったです、ありがとう小麦、ありがとう乳製品。
しばらくフォンデュはいいかな、と不貞腐れながらこの日は放送を終えた。




