第八十話 配信復帰
一月末日
「えぇ~大変お騒がせいたしました。如月大我です」
「イズミです」
とても胸を張って復帰を宣言できる事件では無かったが、あの日のゴタゴタでまだ報告出来てなかった話もこの際いっぺんにしてしまおうと相成りまして
「何が恥ずかしいってしっかりと実母二人が原因であろう事実だよな」
カガリと晴香についても話さなくてはと思った次第です
「何があって急にって…なぁ?」
「それこそ急だったものね」
どこから説明すればいいのかも分からないし、変に踏み込んでしまうとバーチャルアイドルのカガリン&アサヒちゃんに迷惑が掛かってしまいそうなのでそれとなく誤魔化しながら話しておいた。冷静に見ると背筋の凍る文字列だなカガリン&アサヒちゃんって
「そうそう、それと北海道にも旅行に行って…動画にするほどアミューズメント楽しんだ訳でも無いし、全部を堪能出来たかって言われると…なぁ?」
「私はしっかりと楽しめたけどね」
写真は撮影しておいたのでそれらを見ながら報告も済ませる。この時期から二月にかけてはスキー客も多いそうなので参考になると喜んでいる人も多かった
俺とイズミはスキーとは無縁だったので頭の片隅にも無かったが、二人共初見で滑ってみるのもそれはそれで楽しそうだなと思う。今度行ってみようか?と聞くとただ寒いだけなのは嫌らしく、断られてしまった…残念
「まぁアレらは今後は出て来ないだろうな。流石に懲りたみたいだったし」
コメント欄では悲しむ人が多数だったが、今のネットにはあれと同じ様な事してる若者で溢れているだろうと言っても【知り合いの母親がああいう事してるのがたまらなく興奮する】という性癖の持ち主が意外と多い事を知ってしまい表情筋が上手く動かなかった
その点で言えば自分の性癖だって人に言えた物では無いけれど、当事者になってみて初めて分かるおぞましさというか…子持ちセクシー女優の見方が変わってしまいそうだと一抹の不安を覚える
「そういえばまだ言って無かったな、明けましておめでとうございます。」
「おめでとうございます」
そう、聖夜のBAN祭りのせいでせっかくの年越しも視聴者とする事が出来なかったのだ。ほぼ一月ぶりの配信で年明けを迎えたのだと実感するに至った
「本当ならおせちとかで豪遊した写真もタグ付けて貼って欲しかったのになぁ…今からでも撮って見せて貰おうかな?」
「どうせ海老とかよく分からない色の煮物でしょ? つまらないわよ」
「別にフォアグラとアワビが一緒に入ったおせちでも良いよなぁ? 新年一発目って財布のひもが緩みやすいからそういうバカみたいな値段のを楽しみにしてたんだよぉ…」
視聴者参加型でも楽しめる内容をと考えていたのに自分の身内のせいで流れてしまったのは申し訳ないと思っているので、どこかで自分達も参加しながら高額おせち選手権でも開催しようという運びになった
人や家庭によっては年に一度の贅沢がどのタイミングで来るのかは分からないからこそ、正月のような大型イベントは逃したくなかったというか…上手くは言えないけれど如月大我とは視聴者のブレーキを壊せる存在で在りたいと思っているのだ
久しぶりの放送というだけあって普段は来ない人も見に来ているらしい、同時接続数は普段の六割増しと言った所だろうか?かと言って普段からこんな配信をしているのだから、いまさら新規視聴者層の獲得なんかする気も無くボーっと眺めていると…
コメント欄に"バーチャルアイドルカガリン&アサヒ"という名前を見つけてしまい慌てて目を逸らした
冗談だろう。自分が引き起こしたあんな事件の後にこの視聴者数を狙って売名なんかする訳が無いだろ?普通の神経してたらそんな事出来る訳も無いし、俺の親なんだから普通の神経してる訳ないなと思い直した
【コラボのお話が無くなって心配していたんですけど無事に復帰できたようで嬉しいです!】
なんて強引に視聴者の脳内からコラボの記憶を呼び覚まそうとしてるんだ。しかも自分に非が無いように言ってるけどそっちの話も俺に無断で実母二人が結託して画策してたんじゃないか。なんだこのアバターの顔はちょっと本人の面影あってムカつくな
まぁ皆もこのコメント速度の中から強調表示もされていないマイナー配信者の名前を見つける事は出来ないだろう、バーチャルアイドルというカテゴリには中身の人間に執着するネットストーカーやその情報で金を稼いでいる人間だって居るんだから、中身は研究者の厳島カガリだという事もすでに割れているだろう。そうなれば俺とコラボする訳にもいかないと本人も理解している筈だ
【また機会が有ればコラボのお誘いお待ちしています^^】
コラボのお誘いめっちゃ待ってるじゃんカガリン&アサヒちゃん。俺の実母である厳島カガリとイズミの実母である神田朝陽がコラボするのとは訳が違うんだぞ?俺達は生身で配信画面に映り、その向こう側には俺達より年下の設定で動く実母の姿が…マズい吐きそうだ
「そうだ、北海道でおすすめの土産を見つけたんだけどさ…」
どうにか視聴者の視線を俺に集めて今この放送内で起こっている未曽有の危機から目を逸らさなければ。気付いた人間が居ないだろうかと冷や汗を掻きながら北海道の思い出話をするも口から吐き出している言葉がしっかりとした言語になっているかすらも怪しい
【私も北海道出身なので分かります^^】
嘘つけクソババア、どんだけ商魂たくましいんだよ…と思ったが待てよ?厳島カガリの出身は確か北海道だった気が…なんだその設定準拠の絡み方、貰い事故した分だけ余計腹立つわ
もう気が気ではない為一度枠を切り替えてから再度配信をする事にした。視聴者には長時間配信の為に枠を切らなければと言い訳しながらもカガリの携帯に急いで連絡を飛ばす
『ふざけてんのかクソババア』
ここまで打ち込んで送信ボタンが表示されない事に気付いて自分がブロックされている事を理解した。売名の為だけに実の息子の連絡先をブロックするとか正気かあのババア
このままでは次枠でも粘着される事は確定的に明らかなのでこちらも強行手段を取る事にした。今まで一度たりとも実行した事の無いユーザーアカウントのブロックだ
これで厳島カガリからの干渉を受ける事無く心穏やかなまま配信生活を…いや、本当にそうか?
実の息子のアカウントをブロックするような女がこのまま引き下がるとは到底思えなかった。このままブロックでもしよう物なら今度はSNSで声を上げるだろう
【なんか如月ちゃんねるさんからブロックされてるみたいぃ;;】
とか言ってな。そのままアイツの個人情報でもばらまいてやれば俺の気も晴れるんだろうが、それ以上に実母がバーチャルアイドルなんて事実の方が万倍嫌だ。お前の母ちゃんバーチャル的存在なんて悪口は未来永劫聞きたくない悪魔的ワードだ
とりあえずイズミを通じて朝陽さんにクレームだけでも入れておいて貰う事に。これでダメならもう絶縁しよう、それくらいストレスに感じていると分かって貰った方がお互いの為になるだろうしな。と思ったが俺の脳内は更なる疑心暗鬼に苛まれてしまった
もしかしたら朝陽さんがやってたのでは?
厳島カガリ本人の策略だとすると俺からの連絡なんか受け取った方が交渉の余地が有るだろうし、勝算も多かっただろう。それでもブロックしている事が腑に落ちない…もしかしたら普通にブロックしているだけなのかもしれないし朝陽さんが冤罪の可能性だって全然ある
というかカガリが普通の人間であればどちらの可能性も考える必要なんて無くなるのに、どこまで俺の心労を増やす気なんだ?朝陽さんに関してはイズミへの返信が無い事が気がかりだ。いつもなら仕事中だろうと返って来る筈なのに…だから余計にきな臭いと思ってしまう
…そうだよ、こんな時の為に産みの親である三沢晴香が居るじゃないか。自分で言うのもなんだが子煩悩というか子離れが出来ていない"俺ガチ恋勢"と言っても過言ではない三沢晴香に頼んでおこう。これで安心して配信が出来るという物だ、サンキュー産母。ファッ〇ユー実母。
* *
「お前らまだ大我に迷惑かけてんのか!? 今アタシの方に連絡来たぞ!!」
「チッ! 朝陽ちゃんのアカウントで偽装したのにバレるとは…」
「あぁ~! 私の携帯やっと見つけた! ダメだよ勝手に使っちゃ~」
「朝陽さんももっとしっかり怒らなきゃダメですよ…れっきとした犯罪なんですから」
今日も今日とてろくでなし四人組は朝陽の働いているスナックに入り浸り酒を飲んでいた。そして本人達は気付いていないがこの店の常連の間では美人さんが集う場所としてこのスナックは隠れた名所と化しているらしい
「あぁ~あ! 楽して金稼ぎたいなぁ!!」
「いいからちゃんと大我に謝っとけよ!!」
少し変化は有ったものの、如月兄妹を取り巻く環境は今日も穏やかです




