表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/216

第七十九話 『質素な飯』

 


 最近は北海道に行ったり贅沢のし過ぎで脳内から出る幸福物質セロトニンの出が悪い様に感じる。ここらでしっかりと生活水準を一般庶民のレベルまで落としておかねばいけないだろうとイズミに提案する男、如月大我ですよろしく



「兄さんだけでやれば」



「そんな事言って、イズミも一般的なスーパーで売られてる豚肉とか食べれなくなってるんじゃないのか?」



「肉なら何でも食うわよ。生活水準戻さなきゃいけないのはグルメ気取りの兄さんだけでしょ」



「そこまで言うかね妹よ」



 普段からイズミの事をバカ舌だなんだと煽っていたツケが回って来たみたいだ。確かにイズミは以前から肉と聞けば糸目は付けずに何でも食べたし「口の中でとろけるくらい高級な脂が~」とかいう講釈も聞いた事が無いから安肉だけ食わせてても人生は楽しそうだ



 となるとやはり問題なのは俺なのか?そこまで豪遊したかと言われると…お土産か。普通に東京の高級店で食べるくらいの値段は使ってしまってるんだから、しかも既に無くなりそうなほど連日北海道に思いを馳せながら食事をしている様に感じる



「よし、兄さん決めたぞ。これから数日間はひもじい思いをして生活する」



「毎日ひもじい生活してた訳じゃないのに意味あるのかしらね」



 こうして如月大我一般人回帰生活の幕が開いた。これより一度の食事で摂取するおかずは一品までとし、それ以外は米とみそ汁のみ。しっかり毎日摂取する食物に感謝を忘れない為の策である



 一日目、朝から梅干しと白米に油揚げの味噌汁のみ。見た目にはとても一般的な生活水準を満たしている人間の食事ではないかもしれないが、いざ食べてみると梅の酸味を追いかけて白米を掻き込むとこれだけでも十分に感じた



 日本人然とした朝食ならばここに焼き魚と漬物だろうが今の自分には些か贅沢に思えた。昼食や夕食には味噌汁のダシを取る時に使用したかつお節のだしがらに醤油をかけ、レンジで乾燥するまで温めると出来る簡易おかかふりかけも追加して食卓のグレードは一段階増した様に感じる



 俺の隣でイズミは豚トロを食べていたが不思議と羨ましくは無かった。やはり俺にはこういった食生活の方が向いているんだろうなと思える結果となった



 二日目には漬物で白米を食べてみる。浅漬けよりも柴漬けの方が普段食べない分ご飯が進んだ気がする。行儀は悪いかもしれないが米に味噌汁をかけて一気に掻き込み、最後に漬物で口の中をサッパリさせる食事法は古来から伝わっているらしいので試してみる。これが一番美味いよ日本人には



 イズミは鶏そぼろ丼を食べている。今までの食事に比べれば贅沢思考はない様に感じるメニューに、イズミも俺の生活を応援してくれているのかもしれないと更にやる気が出た




 三日目にして体調に変化が訪れた。なんだか味噌汁に刺々しい塩味を感じる事が増えた気がする



 以前までは味の濃い物ばかりを摂取していたから気付かない内に舌の感覚がマヒしていたのだろうか?日に日に摂取する塩分量も増していたのかと考えるとゾッとしない気分だ。イズミにもこの際だから教えてあげるとしよう



 そんなイズミのご飯はチキン南蛮のタルタルソース(ピクルス抜き)だった。隣から香って来る酸味の強いマヨネーズの匂いに少し顔を顰めてしまうくらいには調味料なんか使っていないのだと思い出した。この世のありとあらゆる食材には味のある物ばかりなのだからこの時の自分は既に調味料なんて雑味で不必要だと感じていた



 四日目になると漬物に味を感じなくなってきた。ただ冷たくて食感のある物を噛んでいる感覚、飽きが来たのだろうと梅干を食べてみると案の定しっかりと酸味を感じられこの日はおかわりをしてしまったが以前から比べると胃の積載量が極端に減っている事に気付く。まぁ多く食べる事が健康に繋がるとは到底思えないのでこれが健全な食生活なのだろう



 イズミはまた味の濃い物を大量に食べていた。心配だがイズミなら大丈夫だと思おう



 五日目、本格的な飽きだろうか?食事を作ろうと起き上がる事も億劫に感じてしまった俺は目玉焼きだけを焼いて米の上に乗せると久しぶりの調味料である醤油をかけて食べてみる。なんだこの美味さは?動物性のたんぱく質を摂取していなかった俺の身体は次々に栄養を求めて次から次へと卵を要求する



 もうイズミの食事など気にならない程今日の俺は卵に没頭していた



 六日目、失敗した。あれだけ我慢していた生活の中で贅沢をした自分の身体は次の動物性たんぱく質を求めて空腹とはまた違った飢えを感じる。食べたい、これだけ我慢したのだから許されるだろうか?と自分の生活を見直してみても後一日で一週間である事が頭を悩ませる。キリの良い時期まで続けてみようかと考えてしまった



 イズミの食事なんか見たくもない。俺は今日初めてイズミと食事の時間をずらした




 七日目



「兄さんはまだその生活続けるの?」



「あぁ…」



「いい加減冷蔵庫の食料が尽きそうだから買い物にも行きたいんだけど」



「あぁ…そうか…」



 そうだった今までの生活のリズムを無理矢理変えたからか日常的に行っていた買い物や、イズミと一緒に風呂に入る事もしていなかった。昨日の俺はイズミと寝たのだろうか?それすらもおぼろげな脳内では知覚する事も難しく…



「いい加減肉でも魚でも食べればいいじゃない」



「そうだな…そうするよ…」



 数日ぶりにしっかりとした食事を摂取する事を決めた俺はがらんどうになってしまった我が家の冷蔵庫から魚とベーコンを手に取りさっと焼いて食べる事にした。何を意固地になっていたのかと思うくらい手はすんなりと食事を求めた



 しかし食べる事は出来なかった



 どうにも目の前の食材が生き物だった事を考えると口に運んでくれないのだ。それどころかこんなものを平然と食べる事の出来るイズミの事すらも気持ちが悪いと感じてしまう自分に驚いた。人を殺そうとも愛し続けると誓っていたこの女性をこんな事で拒絶してしまうのかと



 それから俺は数日の間まともに食事を口の中に運ぶ事すら困難になってしまう。植物すらも生きている事を考えると頭の中に生前の彼らの声が響いてくるようだったからだ



 こんな状態を見るに見かねてイズミは大田さんや朝陽さんに連絡をすると急いで二人は駆け付けてくれ、普段は筋骨隆々で快活な様子の俺が目の前でこれだけ疲弊している事に二人はとにかく驚いていた



 そして頑なに食事を摂ろうとしない俺を説得しようとカガリや晴香など俺の実母までも呼び寄せると、カガリは俺の様子を見るなり大声を上げて怒鳴った



「お前、何をした!? 何か見たのか!?」



 そう言うと周囲の人間も驚いていたが、そのあまりの剣幕に何かを察したのかこの地域でも霊感が強い事で有名なお坊さんのFさんを呼ぶと、Fさんも何かを察した様子で大声を上げて怒鳴った



「お前!! あれを開けたのか!?」



 周囲の人間も普段は冷静でとにかく高名なFさんの様子に何かを察したのか、更に隣の地方でも霊感が強く冷静で高名な事で有名なOさんを呼ぶと、俺を見て激昂しているFさんの様子を見て何かを察したのかOさんは俺とFさんに向かって怒鳴った



「あれほど行ってはならぬと言ったはずじゃ!!」



 その様子を見て全てを察した俺は目を覚ます




 確認すると俺の夢の中で節制生活の一日目にあたるのが今日だった。まさか夢の中で何かしらに憑りつかれて訳の分からないじじい二人に怒鳴りつけられるなんて、考えうる最低の目覚めだし結局何だったのかを教えてくれないのが胸糞悪い。何でもないんだろうどうせ



「おはよう兄さん、随分とうなされていた様だけど」



「あぁ…なんか変な夢を見てな。俺が坊さんの世話になる夢」



「抽象的ね」



 今まで坊さんに怒られた経験なんて無いのにあれだけ鮮明に映像として思い浮かべる事が出来たのは、同じ様な文脈と登場人物から構成されていた古くからネットに残っている物語の影響だろう。いわくつきの物を開けたり見たりしたらじじいにキレられて祓われるか手遅れなんだ



 そもそもアレを見たのか!?って俺は何を見たらあそこまで追い込まれるんだろうかと想像してみても思い浮かばない辺り夢の中でくらいは幽霊に勝たせてやってもいいかと思えた





「そういえば兄さん、冷蔵庫の中の食料が尽きそうだから今日は買いに行かないと」



「えっ」



 まだ目を覚ましていないのかと頬を抓ってみても目も覚まさない。ここが現実だという事を頬の痛みが大我に理解させた



 そんな…だって俺は毎日イズミと一緒に買い物を…



 季節外れの恐怖体験に背筋を凍らせていた大我だが、旅行に行く前にほとんどの食材は守衛の大野卓三の家に提供した事を彼が思い出すのはもう少し後になる




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ