第七十八話 久しぶりの自宅とこれから
北海道から帰るや否や自宅マンションの前に小さな人だかり…というか砂糖に群がるアリの様な見た目をした見知った奴らが居る事に気付いた。しかも守衛のおっさんは土下座しとる、高校生の娘もいるってのに恥ずかしくないのかあのおっさんは
「なにしてんの…?」
「た、大我ぁ!! ごめんなアタシたち本当に…」
「どこに行ってたんですか心配したんですよぉぉぉ…」
「大我ちゃ~ん…」
「大我クン…その…」
「もういいから上に行ってろ近所迷惑だ」
旅行が楽しくてすっかり忘れてたがこれだけ休んでいるのはこいつらが原因だったんだ。向こうでは携帯も全然見なかったし連絡もしてなかったなと今になって思い出す
ていうか謝罪に来たはずなのに全員手ぶらってどういう事だよ頭おかしいのかこいつら
大荷物を持って自室の鍵を開けると玄関だけでも懐かしく感じる。まずは冷凍していた冷蔵庫の中の物を自然解凍して今日の晩飯にでも…って俺がこんだけの荷物を持っているのに誰も持ちましょうか?とか言わなかったよな…本当に反省してんのか
「ごめんなさいね大我ちゃん…私達本当に反省していて…」
してるんだ反省
「北海道行ってたんですか? 雪まつりとか見ました?」
反省してるの?本当に?
「あっ、白い恋人も有るじゃないか。これ好きなんだよ私~」
「なんだ…酒のアテは無いのか…」
してないなコレ、完全に"反省してる自分達は偉いよね?"って体で来たろこいつら
「お前ら…反省してないだろ」
「えっ、いや本当に私達は大我さんが居ない間もずっと反省して…」
「そうそう! 居ない間もみんなで集まって…なぁ?」
「そうなんだよ! どうやって謝ろうか考えてたんだけど…というか連絡さえしてくれれば…」
「いや、普通謝る側が連絡するよね?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「なにこのまっさらな履歴、誰からも連絡来てないけど? ねぇ?」
あの時は誰も考えが及ばなかったのだろう、焦ってしまい普段通りの行動が出来なくなるなんて人としては当然の防衛本能というか、年齢を重ねているからと言っていつでも最適な行動を取れる訳では無いのだ。そういう物だ
「その…電話越しに怒られるのがだるくて…」
三沢晴香が言ってしまった、実際そうなんだろうが目の前で言ってしまっては神経を逆撫でするだけだ。きっと大我の性格上、電話越しに謝ったとしても「電話越しに謝るとか常識ないのか?」とか言われそうだと思ったのだろう。そうかもしれないが責められるべきは問題を起こした当人たちなのだから、大我からしたら誹謗中傷もいい所だ
「別に電話しなくても連絡寄越す手段なんか山ほどあるだろ。なんで誰も連絡しなかった? イズミ通してでも謝ろうって気持ちは無かった?」
「いや…でもどうせ電話して来て文句言うのかなって…反論とかする権利無いと思ったし…」
大田まさみもそういう事を言っては火に油を注ぐだけなのに、こういう素行不良が積み重なって大我の怒りを増幅させるのだといい加減気付けばいいのに…やはり大我は額に青筋を浮かべて鬼の形相だ。そりゃそうだろう、なんでこんな舐めた態度なのかはこの場にいる誰も分からない
「でもその…大我クンには本当に悪いと思ってるからさ…その、私達も…」
「そうなのよ…少しでも大我ちゃんの気が済めばいいなと思って…」
流石にこの二人は他の木っ端に比べてしっかりとしていると言うか、仮にもまだ働いている人間としての最低限の礼儀は持ち合わせているようで大我も内心ホッとしている。 しかしこいつらを止めなかったのは朝陽も同罪だし、カガリに至っては下着をもろに見せつけているのだからBANの直接的な原因と言っても良いだろう
「だからその…私たち今日はかわいい下着を…///」
「大我クンの好きに弄んで貰っても構わない所存だよ…///」
「ふざけてんのかクソババア共」
大我が言い終わるかどうかの時点でイズミの高速張り手が二人の顔面を襲っていた。だから好きなのだこの妹が、全ての意見を総合して見れば何一つ反省していないという事が分かったので帰って貰う事にした。 明日には北海道からのあれこれが家に届くのだから、それまで居られてしまってはハイエナに貪られる腐肉が如く一瞬で無くなってしまうだろうから
半ば追い出す様にして締め出すと諦めておずおずと帰ったと大野さんからも連絡が有った。これでゆっくりと配信の事を考えられるだろう、BAN解除の連絡は…なるほど二週間後か。案外早かったなと胸を撫で下ろした
それまでにリハビリとして何本か動画でも撮っておこうかとイズミと話していると北海道土産を紹介する動画にしようという事になり、それならピザを食べた時と同じように二人だけで撮影する事が出来ると二つ返事で同意した
しかし機内で食べてしまった三方六とわかさいもこそ紹介したい本命だったのに…と大我は内心悔しかったが、自分も食べてしまった手前何も言えなかった
~翌日~
『あのぅ…また例の方々が…』
「嘘だろ…もう警察呼ぼっか…?」
昨日の狼藉女どもがマンション前で俺達が出て来るのを張っているらしい。そんな事して何になるのかと考えても無駄だろう、バカの思考なんか知る術はない
「どうにか追い返せないだろうか…?」
「私に任せて兄さん」
「なにか策が有ると言うのかイズミ!?」
随分と自信満々に言ったイズミは台所に行くと俺のお気に入り、ダマスカス鋼で普段は日本刀を作っている製鉄所に作らせた自慢の一品である包丁を片手に戻って来た
「じゃ、行ってくるわ」
「待て待て待て!! 殺害はマズいって!!」
「あいつら兄さんに抱かれようとしてたのよ? 殺しも生ぬるいわ」
昨日のカガリと朝陽さんの件をまだ根に持っていたらしい。そりゃそうだしあの人達が悪いのは全面的に同意だが、もし誰かにバレてしまったら流石の俺でも庇いきれないので落ち着いてもらう。今はまだやめておこうと
すると本当にタイミングが悪い事に北海道からの荷物がマンションに着いたらしく、受け取りに行かねばならないのだが…監視カメラを見るとどさくさ紛れに侵入しようとする奴等が目を吊り上げてタイミングを見計らっていた。不法侵入って普通に犯罪だという事を知らないんだろうか?
「大野さんも完全に気付いてるな…このままだと本当に警察沙汰になりかねない」
「兄さんがあんな契約するからそりゃ必死にもなるでしょうね」
「…そういえばそうだったな」
もしも俺からの制裁を恐れた大野さんが誰か殴ろうものなら障害沙汰で自分にも責任が生まれかねない…そんな面倒な事になったら今度は休止どころじゃ済まないだろうし…今の一瞬を犠牲にすればこれからの安寧は保証され…されなさそうだけどなぁ…
「…もういいや、大野さん通して」
『は、はぁ…』
あんな奴らに思考時間を割く事すら面倒になってしまったので荷物と一緒に家の中に招き入れ、後はイズミが煮るなり焼くなり好きにするだろう。流血騒ぎになると後片付けが面倒だからくれぐれも内出血程度で我慢する様にと釘を刺しておいた
家の中に荷物と一緒に入って来たカガリと朝陽さんを見るなり飢えた獣が如く襲い掛かると、衰えているだろう足元狙って鋭いローキックを喰らわせた。 悶絶している二人を見下しながら満足そうにしているイズミは俺の隣に座り土産の仕分け作業を進めている。イズミの前であんな事するから…かわいそうに
他の二人には俺が直々に制裁を加える。物欲しそうな顔で海産物を眺めていた二人の前で酒を飲みながら楽しんでやるのだ。まさか昨日の今日で酒を飲みたいなんて言い出せるはずも無く…必死に堪えているのだろうがその表情からはまるで隠せていない
分かるぞ、酒を我慢している時間こそが人生で一番酒好きだと実感する時間なのだから。辛かろう、貴様らが俺に与えた時間が自らの首を絞めている感覚はどうだね?とにかくこの松前漬けが引くほど美味い、なんだこりゃ頭がバカになりそうだ
足を抑えうずくまる二人、禁酒の影響か早くもゲッソリとしている二人を見ながら飲む酒は至福だった。今日は一日こいつらを眺めながら飲み続ける事としよう
ちなみに十分後に大人が本気で泣き出してしまったので仕方なく普通に酒盛りを始めてしまった。嗚咽交じりに酒を要求する母親の姿は中々胸に来る映像だったので二度と泣かない様にと契約を交わしてから酒を与えたら飲んだ瞬間に泣いてやがる
甘やかしすぎだろうか?とイズミに聞いたらまたも不機嫌そうに「知らない」と言っていたのでそうなんだろう。少し自分の身の振り方を考えた方が良いかもしれないなと思う大我であった




