番外編 たわけどものうたげ
大田まさみです
神田朝陽です
厳島カガリです
三沢晴香です
「この度は誠に申し訳ございませんでした」
「うるせぇ、二度とツラ見せるな殺すぞ」
これは如月兄妹が北海道から帰る少し前、あの聖夜のBAN祭りからの数日間を描いたドキュメンタリーである。
「どうすんだよぉ…大我に嫌われちまったじゃねぇか…」
「元はと言えば皆で飲んでたのに『大我に会いたいよぉ~;;』とか言い出した三沢っちのせいじゃん」
「そんな言い方してねぇよ!!」
そう、事の発端は三沢晴香が飲み会の最中に発した一言が原因だったのだが…
「でもカガリさんも前向きに検討して『で、でもこの年でスカート見られるのは恥ずかしいんだが…///』とか言ってお酒を飲みだしちゃったじゃないですか」
「い、いやそれはだね…血縁者故の恥じらいというか…///」
カガリはカガリでそれなりに照れが有ったらしく慣れない酒に溺れて晴香の狼藉を助長させる行いが有った事は認めるという
「そんな事言ったらお前だって飲み会の最中なのに携帯見ながら『イズミさんがこの後大我さんと身体を重ねるんだぁ…そうに決まってらぁべらんめぇ…』とか言って泣き出してただろ…」
「うっ…ま、まだ若いのでお酒の飲み方はこれから勉強しますよ…」
冗談じゃなくこういう視聴者もいるから大我達はオールナイトで生放送をしていたのに、まさか身内に一番ヤバい奴がいたとは大我達も大誤算だっただろう
「結局…全員ノリノリでお邪魔しちゃったものね…」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
神田朝陽はBANに関わる様な目立った悪事はしなかったが、こんな変な人達を止めなかったのは事実だった
「どうしましょう、大我さんとは連絡取れませんし…チャンネルがこのまま戻らなかったら私達…」
「まぁ軽く見繕っても全員夜の慰み物にされるだろうねぇ…」
「そ、そんなっ…/// 大我ちゃんに限って…ハッ!?」
『朝陽さんが良ければ"さっきの"使っちゃいますか…?』
そうだわ…大我ちゃんはイズミも見ている前で私の身体をあんな風やこんな風に凌辱するつもりだったのよ…これはとても夢物語には思えないわ、きっとあの逞しい腕と雄の本能を剥き出しにした立派なモノで私達の身体を慰み物にするつもりなんだわ!
ここまで全てが子持ち未亡人の妄想だというのだから歩くエロ同人の名は伊達ではないようだ
「大我ちゃん達から連絡が来る前に私達が許して貰える方法を考えましょう…!」
「そうだな…例えば寂しかった幼少期を取り戻せるように添い寝でも…」
「ダメよ! 犯される!」
「人の息子を何だと思ってんだテメェ!」
この日はカガリと朝陽はバーチャルの身体で動画撮影が有ったため、撮影後は全員で朝陽の働くスナックに飲みに行った。他のお客さんも居たので大っぴらに作戦会議をする訳にもいかずこの日は飲むだけ飲んで解散した
翌日は昨日飲みすぎたので二日酔いで動けなくなりこの日の活動は翌日に持ちこされる事になった
そして次の日は一旦連絡を待ってみようと相成った。あれからSNSも動いていないのは流石に何か行動を起こす予兆なのではないか?と全会一致で可決された
確かにここまで何の音沙汰も無いのは引退を考えても無い限りは…と全員の頭をよぎったのだろう。冷や汗を体に滲ませながら生きた心地もしない中連絡を待つ。ちなみにだがこの日に大我達は北海道に降り立った
「こここここ来ねぇなぁ……」
「ますふっ、まさふぁ…まだあふぁてる時間じゃ…」
「すすすぅそうよね…? 別にそんな…ねぇ…?」
「あばばばばば私のせいでずずずずぅ…」
全員の身体は震え自分達の責任を揺れと共に吐き出そうとしている様にも見える。なんとも無責任な大人達だがそれは大我に謝罪した時の発言を見れば一目瞭然だろう
『飲みすぎて…』『お酒に溺れて…』『酒が記憶が…』
じゃあそんな危ない物飲むなよと大我にピシャリと言われて返す言葉も無かった。この時期は特にアルコール関連の事件は後を絶たず、警察の中にも「この世から酒なんか無くなってしまえば良い」なんてコメントを残した人も居るのだが、悪いのは酒だけではない
その場の勢いで酒をコントロール出来ない大人はその場の勢いでいずれ何かやらかすのだから、それを酒の力が早めに暴いただけ。悪いのは本人とそれを止めない周りの環境だと胸に刻んで欲しい物だ
そしてこの日は現実から逃げる様に大酒飲んで翌日は二日酔いで動かなかった。学ばないのだ彼女達は
そして如月兄妹が帰ってくる当日にまたしてもこの人達は事件を起こしてしまう
「もう家に行って直接謝るしかないんじゃないですか?」
「でも大我ちゃんから顔も見たくないって…」
「まぁな…でも連絡来ない以上はこっちから出向くしか…」
「…そうだよね、大我クンは怒っているんだから、我々だってもっと真摯に謝る事が肝心なのではないかね!?」
そうだそうだとバカの株主総会は盛り上がりを見せ、大我の家まで全員で謝りに行こうと言い出したのだ。賢明な皆様にはもうお分かりだろう、事の発端となった行動と全く同じ事をこいつらはしているのだ。学ばない、芯から学ばない人達である
* *
大野卓三、御年五十二歳の男性がこの高級マンションの守衛を任されるまでには数々のドラマが有った。警備員時代に強盗を捕らえた回数は五回、凄腕の用心棒としてこのマンションの持ち主である如月大我から直々に雇われた経歴の持ち主であるが…
「お願いします! 大我さんにもう一度謝りたくて!」
「悪いおっちゃん! アタシの顔に免じて通しちゃくれねぇか!」
またこの人達だ…如月さんの知り合いだという事は本当なのだろうが…あの人今北海道に行ってるって知らないんだろうか…?それって本当に知り合いって呼べるんだろうか?というか昔からどうして自分だけこんなにも損な役回りをさせられるんだろうか?大野卓三の頭は更に薄さを増してしまいそうだ…
「あ、あのですね…如月さんはここには居なくて…」
「そんな見え見えの嘘を言うって事は…大我クン本当に怒ってるんだ…」
「ど、どうしましょう…このままじゃ私達本当に…」
「いやですから…」
青ざめた顔面で何やら深刻そうにしているがただの旅行だと切り出そうとする。すると先程の二名がまた大きな声で騒ぎ立てるので中々話の核心に触れる事が出来ないで居ると、往来する人々も何事かとこちらを振り返る。このままではこのマンション、ひいては持ち主の如月さんに迷惑が掛かりかねないと一度冷静さを折り戻す様にと懇願する
「どうか落ち着いていただけないでしょうか」
土下座で
この大野卓三、ただの不幸体質で四十歳になるまで借金の総額は数千万に膨れ上がりそのどれもが連帯保証人や親からの負の遺産などなど。会社員時代の仕事もミスしまくりクビになりその時に得た物はこの土下座の美しさだけだった。借金取りも何度かこれで追い返した事が有るほどだ
その借金を肩代わりという形で返済してくれたのがこのマンションの持ち主である如月さんなのだ。なんとしてでもその期待に応えねば。というか契約の段階で"人一人でも通したら本当に殺す"という契約書に判を押してしまっているので通したら死んでしまいます
「あの…なにやってんの大野さん…」
「あ、お帰りなさい」
「平然とお帰りじゃなくて、お前らも何の騒ぎだよ」
泣きそうになりながら謝罪する四人の顔を見て色々と察した大我はとにかく家に上がる様にと言うと大野卓三の方へ歩み寄り土産を手渡した
「大野さん悪いね、これ北海道土産だから娘さんにでも」
「あぁ、すみません」
高校生の娘と二人暮らしの大野卓三を気遣って時々こんな風に何かしらを差し入れてやるのだ。そうすると仕事への実入りも違った物になるのだから効果的だと大我は言うが、大野卓三は知っている。この人は本当は優しい人なのだと
いつもは怖い風体に誤魔化されているが人の事を気遣える本当に優しい人なんだと。その思考は完全にDV男にハマる女の思考だとはまだ気付いていない
頑張れ父さん、大野卓三よ健康であれ──




