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第七十三話 クリスマス当日(後編)

 

 馬鹿げた状況に視聴者も困惑している事だろう。何故ならこの中で見知った顔は俺とイズミ、そして朝陽さんだけなのだから…唐突な新顔三名の登場に謎の緊張感がこちらにも伝わって来るので懇切丁寧にそれぞれの紹介をする事にした



「えぇ…こちらいつも撮影を手伝っていただいてる大田さんです。イズミの同級生です」



「あぃ~/// おんばんわ~///」



 なにがおんばんわだ…法が許せばぶん殴って川に投げ捨ててやるのに…そして問題の母親なんだが、どちらの容姿も俺とは似ても似つかない為、視聴者は信じてくれるか怪しい



「それと、隠してたわけでは無いんだけど…これ、僕の産みの親です。あまり触れないでください」



「おぉなんだぁ~そんなよそよそしくして~!/// お前ら~大我の母ちゃんだぞ~!!/// うぃ~…おっぱい見しちゃろか?///」



「本当…やめてください…大人しくしてて下さい…」



 想像していた通りに酒を飲んだらいつもの厄介な言動に拍車がかかり面倒極まりない。顔を真っ赤にして必死になっている俺を見て視聴者は笑っている様だが、実の母親が数万人の前でこんな大恥を晒していれば誰だってこうなるだろう…しかも酔うと脱衣癖が有るなんて地獄が過ぎる



「あの…こっちが遺伝子上の母です…科学者やってます…」



「うぅ~ぃ/// あんのぉ~~ねぇ/// ふ、ふぅい~~///」



「…ぇす」



 酒が弱いとは聞いていたがもう何を言っているかも分からない程に泥酔している。こいつはすぐ寝てくれそうで大助かりだが、背の小ささや酒に酔った事により舌足らずとなった滑舌がこの子はまだ未成年ではないか?と議論を呼んでしまい今このチャンネルは別の危機に襲われている



「いや本当に俺の母親で! しかももう四十も超えてるから! なぁ!?」



「うん~…?/// もぅ…ぉりゃぁ~…/// ボーボーだよキミぃ///」



「本当に勘弁してくれ…もう…もう放送切っても良いだろうか…?」



 大我の心がポッキリと折れる音が聞こえた。こうなってしまえば聖夜だ何だと言っている男女では居られないだろう、と叫んでもこの悪魔達は楽しそうにカメラに向かっているのだから視聴者達もすっかり受け入れてしまっている



 もしもあの蟹を剥いてる時間を視聴者の為に使っていれば…あれだけ長い時間放って置かれた視聴者からすれば見ず知らずでも構ってくれる人の方が嬉しいらしい。たった一つの選択でここまでこじれる事もあるんだと大我は自分の行動を戒めとした



 しかも俺の親だけあって見た目は軒並み悪くない事から、男性視聴者達は画面越しのキャバクラにでも来た気分になっているんだろう。それぞれに名前なんか聞き出している始末でもう俺は疲れてしまって…もしも配信者を辞める日が有れば今日みたいな日なんだろうと理解した



「えぇ~?/// Hカップですよぉ~///」



「朝陽さぁん!! 余計な質問に答えなくていいですから!!」



「イズミさぁ~んも飲みませんかぁ?///」



「そうだ! イズミもちょっとは止めろよ!!」



「いいじゃない楽しそうで」



「クソがッ!!」



 気付けば三沢晴香は俺の蟹を勝手に食ってるし、カガリも勝手にウニを食っている。こんな横暴が許されていいのか?ただ平和に暮らしていただけなのに、こんなの侵略行為じゃないか…酷い、酷すぎるだろこんなの…



 俺の目元には涙が溜まりフルフルと肩を震わせて居ると何者かから肩を叩かれ、そちらの方に顔を向ける



「兄さん、あれはいいの?」



「えっ?」



 イズミの指さす方向には上半身が完全に下着姿となった三沢晴香と、スカートを履いた下半身をカメラに向け大股を広げながら寝転がっているカガリの姿が有った。もう俺の中で夢と現実の区別がつかなくなって…どうかこちらの世界が夢であるようにと祈るしかなかった…



 俺の後ろでは朝陽さんの胸の中に顔を埋め至福の表情をしている大田さん。それを撫でながらも視聴者から受けるセクハラに淡々と答えては人気を得ている朝陽さんも居る。イズミは何も言わずにケーキを食べていた。流石に誰が見ても夢だろうこんな光景



「皆、さようなら──」



 それだけ言うと乱雑に配信中のPCをシャットダウンして俺自身もこの混沌とした世界の中で宴に興じた。一升瓶とワインボトルを両脇に抱えてこの家に存在するありとあらゆるツマミを広げると乱雑に開封していく、酔えない事がこんなに辛い事だとは思わなかった。ならばバカになるしかないだろうて…



「ママぁ~! 僕もおちゃけのむのむすゅ~!!」



 上着を脱ぎ棄て脳の隅々までアホになった俺に憂いなど無かった──




「大我クン~/// 私もママと呼んでくれないかねぇ~///」



「んん~! カガリママちゅきちゅきなのらぁ~♡」



「わぁ!/// カガリママはとっても嬉しいよ大我クン~///」




 目線の端ではイキイキとカメラを構えているイズミが見えた気がしたが今日の俺は一味も二味も違うぞ。なぜなら完全にバカになっちゃってるから。生物としてのランクで言えばちょっと賢いカブトムシくらいの位置にまで下がっているんだから止めるはずも無い



「んなぁ~ん♡ 晴香ママもおちゃけのむのむすぅのだ? のだのだ?」



「おぅ~/// 大我も一緒に飲もぅよぉ~…///」



「ふにゅむぅん! 飲むのらっ!!」



 もうお気づきの方は居るかもしれないが、今回俺が参考にしているのはAVで子供役を演じる三十代の男優が口にするショタをバカにしているとしか思えない口調である。初めて見た時は殺してやろうかとも思ったが彼等にも事情が有ったのだろう、情状酌量の余地ありだ



 二人の実母から顔に酒臭いキスの雨を降らされても抵抗する事無く菩薩のような表情で受け入れていると、流石のイズミも少し心配になって来たのかカメラから目を外してはこちらの様子を見てくる。いいんだよイズミ、人間とは許せる生き物なのだから。是非に及ばず



 俺のペースに合わせていたからだろう、二人の母親は酒と共に夢の世界に堕ちて行った。ひとまずこれで忌まわしいキャラクターの皮は脱ぎ捨てられるか…こいつらは羨ましい事に明日には今日の記憶を忘れているのだろう、俺は忘れる事なんか出来ないのに…



「そういえば大我ちゃんは昨日何してたのぉ~?///」



「イズミとセックスしようとしたけどもう一歩及びませんでした」



「まぁ!!///」



「……ぁんですとぉ~?///」



 次に始末するのはこいつらだ。急性アルコール中毒なんか知った事か、死んだ奴から埋めて行けばいいんだろう?簡単な事だ、貴様らの命なんか俺の機嫌次第でどうとでもなるという事をこの機会に思い知らせてやらねばならない



「この様に避妊具も万端にしていたんですが、タイミングが合わずに悔しい限りですね」



「こっ、こりゃあ!!/// なんにぃお勝手な事ぉ~!///」



「え、どうして大田さんに許可を取る必要が? 早い者勝ちじゃないか」



「なんでってそりゃ~…///」



「なるほど…じゃあこの権利譲っても良いよ、ただしこの勝負に勝てたらね」



 アルコールで頭も回っていないんだろう、あっさり俺との飲み比べに応じて次々に飲ませるとすぐ昨日は停止した。肝機能が停止したかどうかは定かではないが明日無事に目が覚める事を祈れ



 残るはこの女だけ…か



「朝陽さん、皆寝ちゃいましたねぇ…」



「そ、そうね…!/// じゃあ私もお邪魔だからここら辺で…///」



「待ってくださいよ朝陽さぁん…たまには僕と飲んでくれても良いじゃないですか?」



 そう言うと強引に膝の上に朝陽さんを抱え込み耳元に声を囁き始める



「朝陽さん…この間、俺の性癖見たでしょ…?」



「た、大我ちゃんいけないわ!!/// 私と大我ちゃんもれっきとした家族…」



「"そういう作品"も有ったじゃないですかぁ…」



「ハッ…!?///」



 何も本気で言っている訳では無い。以前から思っていたが朝陽さんは酒を飲むとムッツリスケベが露呈してしまうのだ、つまり経験は家のおやじだけかもしれないがそういう趣向には耳年増だったんだろう。こんな風に揺さぶってやれば…



「朝陽さんが良ければ"さっきの"使っちゃいますか…?」


「わ、私はもう寝ますからね…!/// 今日の事は…聞かなかった事にするから…///」



 この様にどこかで聞いた事のあるセリフを吐いてイズミの部屋へと消えて行くのだ。なんだあの歩くエロ同人誌は…もしエステに行くなんて言い出したら全力で止めなければならないと本気で思っている



 最期の猛将、神田朝陽の脱落により如月大我の居城は安寧を取り戻したのだ



「ふぅぅぅ…疲れたぁ…」



「随分と楽しそうだったわね」



「こっちのセリフだよ、後でデータ消すからな」



「なんでよ、これも思い出じゃない」



「ただの事故映像だよ…」



 久しぶりに口を開いたかと思えばやはりさっきの朝陽さんにした事や、母親への甘えっぷりに嫉妬しているらしい。元はと言えばお前も協力して止めてくれればこんな事にはなっていないんだが…なんて無粋な事は言わない



 酔い潰れた馬鹿どもを部屋の隅に追いやると散らかった食卓に座り膝の上にイズミを呼び寄せる。するりと腕の間に納まったイズミは母の匂いを消すかのようにいつもよりも深く腰掛けている



「嫉妬しただろ?」



「自分の母親に? そんな訳無いじゃない」



「じゃあ同じ事しなくてもいいか…」



「・・・」



 さっきまでやられっぱなしだったんだから少しくらいは仕返しさせて貰おう。俯きがちに次の一手を考えているイズミの頭を撫でながら酒を飲む、やっぱりイズミのこのサイズ感が一番しっくりくるな…なんて考えていると策が成ったのかイズミは口を開いた



「そもそも兄さんがこの前に──」



 最期まで言い終える事無く俺が口を塞いだ。さっきは朝陽さんと同じ事なんて言ったけど、そんな程度では許してやるはずも無く



「俺は待ち遠しかったよ」



 イズミの視線を一身に受けてキッパリと言ってのける。嘘なんか吐いてない、実際この時間こそ俺が求めていた物なんだから…まるで猫みたいに胸の中に顔を埋めてスリスリと身悶えしているイズミを再度撫でると、消えるはずの無い先程までの記憶が上書きされるような感じがして心地よかった



 その後もイズミが眠気に襲われるまで正月には何が食べたいかとか、冬の間にしてみたい事なんかを二人で話しているとそういえば!とある事を思い出した



「…視聴者に連絡するの忘れてた」



「あぁ…そういえば」



 今日の配信中止は災害に遭ったとでも思ってもらうしかないが…事態が収束した事くらいは報告しておかねばと思いSNSを開くとなにやら様子がおかしかった。一時間前からトップトレンドに俺達"如月ちゃんねる"がランクインしているのだ



 まぁあれだけの事をすれば噂にもなるか…と苦笑しているとその下には"BAN"という三文字も続いてランクインしている…



 まさか、他人事だろう。クリスマスだからと浮かれ気分な若者が規約違反でもしたんだろう、そうに違いない…



 例えば下着姿になってバカ騒ぎするとかさ──




 こうして"如月ちゃんねる聖夜のBAN祭り"は巻き起こった。アーカイブが消された事で録画も出回り翌日から削除に奔走して、年末の慌ただしさなんか感じる筈の無い配信者という職業にも拘らず俺達は休む事なんか許されなかった



 事態が収束した頃にはすっかり反省した各々がお歳暮を持って現れた



 もう起きてしまった事は仕方がない、これらを酒のアテにしながらイズミと二人きりでゆっくり年でも越そうか…




 ──"良いお年を"なんて言ったのは初めてだったが、とても心から願える気分では無かったな


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