第七十二話 クリスマス当日(前編)
「聖夜ッ!!」
今日はクリスマスという事をこんなにも簡潔に表す事が出来るのは人類でもこの男だけかもしれない。どうも如月大我です
先日の事件にはあまり触れないようにしたいと思いますが念の為一つだけ。"してません"
これだけはハッキリさせておきたかった、それじゃあ放送に戻りましょう
今日の配信はクリスマス当日という事で皆でご飯を食べて終わるだけのシンプルな配信。しかし聖夜とは性夜でもあるのでこの放送が終わればイズミとチュッチュしだすのでは?と杞憂する視聴者が非常に多かった。その件は昨日終わっていると口が裂けても言えなかったが…
なので二十四時間ぶっ続けで配信してクリスマスを皆で乗り切ろうという事になりました。そして記念すべきオープニングを飾るのはこの配信を懇意にしてくださっているあの人からのビデオレターだった
『えぇ~どうも、ジョンです』
ジョンです
『ミュゼーと最後に会ったのはもう半年以上も前の事になるんだね…あぁそういえば帰りの飛行機ではハイジャックにも逢ったし散々だったよ』
なんだか最終回みたいな振り返り方をしているがまだまだ終わらないので安心していただきたい
『思えば俺が料理人を志すきっかけはミュゼーだったな。あの時に背中を押してくれたキミには感謝してもしきれないよ、ありがとう。そして何よりも、日本に招いてくれた事を感謝して…』
するとおもむろにジョンは拳銃を取り出し自分のこめかみにそっと当てた
『メリークリスマス、ミュゼー』
一発の銃声が響きジョンは頭から血を流し倒れた。その光景に俺は唖然とするしかなかった…古くからの友人がなんでそんな事を?もしや店の借金を苦にして…
『オーナー、生きてますか?』
『エド…話しかけるならカメラ止めてからにしてよ』
『開店迫ってますから…』
生きていた。スタッフには保険金の一部を支払うから実弾を入れておく様に言ったのに、アイツもいいスタッフに恵まれたなと感無量だよ。でも自分の物では無い保険の解約は少し面倒だなとも思う
事前に相談された時からクソつまんなそうだなと思っていたけど、まさかここまでつまらないとは思わなかった。凄いなアイツは、何をすれば人を笑わせる事が出来るんだろう?映像に残るからとわざとらしく驚いた分も無駄になってしまった…と苛立ちながら俺はカメラを止めると視聴者に向かって言った
「ごめん…今見た物は忘れてくれ…」
なんだかこんな映像を見せている俺の方が恥ずかしくなってしまった…
そして今日はせっかくのクリスマスという事で大田さんも居ないのでカメラを三脚に立てて、久しぶりに二人だけで楽しく料理もして見せる。ケーキを作ったりローストビーフとすき焼き、ステーキも作って牛肉祭りだ。そして俺も贅沢に蟹と殻付きウニを市場まで出向いて買って来たのだ
初めは脂っこい肉類でワインを飲み、そしてしっとりと高級海鮮で日本酒を…なんて完璧なクリスマスだろう?蟹といえば正月をイメージするかもしれないが俺的には海老の方が正月を連想させるというか…それも恐らくおせちや雑煮が原因だろうな
とにかく今日の配信は超贅沢な事を知ってもらえれば十分だ
イズミ的にはフルーツの沢山入ったケーキはそこまで好きじゃないらしく、ムースタイプのショコラケーキにした。ふわふわとした口当たりで溶けて消える様な食感が、大量に食事をした後のイズミでも楽に食べられるだろうと俺も賛成したのは良いが…
「とにかく時間が掛かるなこれ…」
「もう終わるでしょう、我慢なさい」
よりキメの細かいふわふわ食感を維持するために何度も分けてメレンゲを作ったり、チョコケーキでは無くショコラ感を出すためにビターチョコとミルクチョコを分けて湯煎したりと雑に作る事が出来なく、昔務めていたフレンチレストランでの細々とした作業を思い出し目に見えて疲弊していた
「あとは冷蔵庫に入れて…かんせ~い!」
ようやく解放されたと諸手を上げて喜んでいると今度は圧力鍋の中で牛肉が俺を呼んでいた。中々休ませてはくれない食材たちを恨めしそうに睨んでも彼らに罪は無いのだから、今は黙って料理に集中するしかない。畜生め、絶対に美味しく食べてやるからな…
食卓に並んだ料理の数々を金額に換算すると批判の声が大きくなるだろうから黙して語らず。表情だけ見て楽しんでくれと断りを入れると二人で手を合わせていただきますの号令だ
食事の最中には視聴者から寄せられたクリスマスのご飯も放送上に映しながら、なんだ皆も結構いいモノ食べてるじゃないかと笑い合った。投げ銭文化も珍しくない昨今の配信界隈としては珍しく一切収益化をしていないこのチャンネルでは、こういった視聴者の贅沢が投げ銭と同義となっている
「うわステーキにフォアグラ乗せてトリュフかけてるって! バカだね~」
「これ良いわね。今度やってよ」
「イズミが気に入ったらどんだけ食べるか分からないので却下です」
「一回くらい良いじゃない…」
いくら金持ちとは言ってもイズミの食欲を高価な食材だけで満たしていては将来的にどうなっているか分かった物ではないのでブレーキの利くうちはしっかりしておかねばならないだろう。手間さえかければこんなにも美味しい料理が出来るのだから無理に出費を増やす事も無いだろうしな
視聴者から送られてきた写真の中には家族と一緒にレストランで食事している写真なんかも混ざっており、独身の数が圧倒的に多い我がチャンネルには珍しい一枚だ。 本来ならクリスマスというこの時勢も相まってバッシングの嵐となる筈だが、写真の中には明らかに幼い子供の姿も確認できたので皆は振り上げた拳をそっと下げる事しか出来なかった…
哀愁漂う視聴者の多くに「子供に怒るみっともない大人になっていない所は誇れる部分だぞ」と励ましの言葉を送っておいた
他にも子供のプレゼントにゲーム機を買ってあげたという親からの写真も送られて来た。今度良かったら対戦してあげてくださいなんて言われると配信者冥利に尽きると言うか、現代人はインターネットというツールに助けられている部分が大いにあるんだろうと感じる
自分がネットにハマりだした当時はMMOと呼ばれる一つのサーバーの中で共同生活をするゲームが主流だったのが、今では据え置きゲームでも普通に対戦や協力プレイが楽しめるのだから改めて凄い時代だと実感する。 娯楽の発展に伴い親御さんは大変だろうとも思うが、一緒にプレイ出来なければ子供もクラスの話題から置いて行かれてしまうんだろうと複雑な心境だ…
「今度なんか大規模なゲームを視聴者とやってみるのもいいかもな」
「MMOって事?」
「いやそれだと原住民に迷惑掛かるかもしれないから…なんか自分でサーバー管理出来たりするやつで」
昔はよく荒らし目的で掲示板の住民が一斉にログインしてサーバーを重くし、原住民を追い出すという悪魔の様な行為も有ったのだからそういった部分には敏感になっている。あの時は楽しかったなと思いを馳せるが口には出さない。まさか自分が首謀者だなんて言えないだろうから…
早い物で食事を終えるともう午後九時を回っている。イズミは勝手にケーキを持ってきてホールごと抱えて食べているが、俺も蟹に夢中なので放送を無言の時間が支配する。なんだこの放送…と視聴者から言われているがそのコメントすらも見ていないのだから反応のしようがない
ハッとして蟹を剥く手を止めると、しばしの間辛抱してくれるように言うがまた数分の間無言になる…炉端焼き機でウニを焼きながら茹でた蟹を剥いているこの時間がたまらなく楽しい。恐らくこの蟹を剥き終わった頃には準備している熱燗も頃合いだろう、なんだこの夢のような時間は?俺は明日死んでしまうのだろうか?
なんて考えていると悪魔の到来を告げるインターホンが鳴った──
「おらぁ~大我ぁ~! 出てこいや~///」
「ん三沢っちぃ~! 近所迷惑ぅだよぉ~!///」
「そうだそうだ~!/// 大我さんが出て来い~!!///」
「あ、あの! 今呼びだしていますので! あまり大きな声は…」
「うふふ~/// ごめんなさいねぇ~///」
あぁ…守衛さんの困る声がする…このマンションの住民は高額な家賃と引き換えに安全な縄張りを所有しているのだ、誰も酒に酔って家に押し入ろうとするこんな奴等とは関わりたくないのだから当然だろう…
ただここで自分が知らぬ存ぜぬで通そうとすれば警察沙汰、現状より面倒になってしまう事は察するに余りある。放送中という事もありイズミには視聴者への説明を頼み俺は階下の酔っぱらい共を引き取りにフロントに降りた…あれだけ楽しかった最高の聖夜は最悪のクリスマスへと変貌した
なにより何の説明もせずに突如湧いて出たと思えば、泥酔してへべれけ状態でいる二人の実母を紹介する事がかなり恥ずかしかった…




