第六十九話 男の"娘"の境界線
大田まさみと申します、以後お見知りおきを。ここ最近大我さんのバタバタに際して暇をいただいておりましたが…とうとう超えてはいけない線を飛び越えてしまったので懺悔させていただきたいと思います…
「え? このキャラ男だけど」
「分かってます…というかこの前気付きました…」
「あら、男好きに戻ってしまったの? 少し残念ね」
「いいえ! 断じてそういう訳では無いんですけどもッ!!」
事の発端は私が日課のネットサーフィンをしている時の事でした──
* *
(なんていうか…こういう服もいいなぁ…修道服もたまらん…)
イズミさんのコスプレ衣装を探る時には実際にコスプレイヤーさんを見てからキャラクターを検索して、という風に見るんですね。その際に私のツボにハマる感じの黒髪長髪の麗人に出会ったんですよ
そのキャラが実は恥ずかしがり屋っていうギャップの有る設定で大好きになっちゃったんですね?そしたらなんと"モノ"を持たれている絵を見てしまい…まぁ生やしてるんだろうな、とは思ったんですが…元々備え付けられていたみたいで…
まさか自分が男の子キャラにときめくなんて思わなくて…自分という存在が不安になってしまい男の子に欲情する変態こと大我さんに相談する事にしました
* *
「それで…大我さんから見て私は"どっち"なんでしょうか…?」
「難しい質問だね、だが安心して欲しい。俺もその道は"すでに通っている"」
「流石です大我さん!!」
一般的に考えれば"男であるこの如月大我は男の人を可愛いと思う"この文面だけ見れば誤解されてしまうだろう。しかしご安心ください、僕はノンケです
それでは道理が通らないと思う方もいらっしゃるでしょう、でもこれは紛れもない事実であり地球上の男性は総じて認めなくてはいけない理論なのだ
"目の前に女性と見紛う程の美しい男性が立っている"この言い方だと男性を意識してしまうでしょう。しかし"目の前に立っている人は中世的な面持ちで非常に美しい"こう書かれてしまったら貴方達も分からない筈だ。これでは女性か男性か答えろと言われても"モノ"を確認するまでは男性である!なんて言える訳がない
"男の娘"とはそういうジャンルなのだ、つまり…
「大田さんは大丈夫、しっかりレズです」
「で、ですよねぇ~! よかったぁ…」
「それはいい事なのかしら…? ていうか本当に兄さんもノンケなの?」
「そもそも俺の目覚めから話をしよう…あれは俺が十代も前半の頃だった」
「なんで無視するのよ」
まだ夏の暑さも残る夜…いつもの様にネットを巡っては他人を嘲笑し自己の優秀さに酔いながらもトピックを貪っていたよ。その際に建っていたスレッドの一つを吸い込まれる様にクリックしてしまったんだ…
【このエロ漫画エロすぎワロリンティウスwwwww】
またバカな事を…当時のネットはこういうスレタイで釣る事なんか日常茶飯事で、もはや釣られる事を望んでいるんじゃないかな?と自分でも思ってしまう程についつい開いてしまっていた。この日も例に漏れずビックリ系のフラッシュか不細工の拾い画像か…と思って見たんだ
するとどうだ?しっかりとエチエチのエチヌンティウスな漫画が貼られていたんだよ。一枚ずつ画像を開く時には目を細めながら読み進めて、そして最後の一枚を開いた時に…
『残念でした~w 俺は男だからエッチな事は出来ないよ~w 警察呼ばれたくなかったら金出してよ お・じ・さ・ん♡』
俺の中に衝撃が走った。なんて事だ、こんなジャンルが有るなんて聞いた事は無かった…もちろん可愛い顔をしている男の子キャラなんか沢山居たし、そういうキャラがお姉さんに庇護される所を見ておねショタにハマったと言っても過言では無いのだが…なんだこれは?
可愛い顔をした男の子が自分の意思で女装し、その美貌を逆手にとって世の男性から金を巻き上げんとする「…なんて悪い子なんだ!これはお仕置き棒で成敗せねば!」と義憤と性欲に燃えた漫画内のおじさんが納めてくれなければ俺がそうしていたかもしれないのだ…
それが悪ガキ男の娘と俺の出会いだった
「これで目覚めた俺は"尻穴使ってでも愛しあいたいのがBL"で"尻穴使われてキャンキャン吠えてるのが男の娘"っていう歪んだ認識になりました」
「それわかりやす~い」
「全部聞いてもなお分からないわよ…」
海外では男性か女性か分からない容姿で結果男性だったキャラの事を"トラップ"というのだが、最近のアニメ文化…もとい"ヘンタイ"文化の発展のおかげでトラップ最高!なんて言ってる男性も多く見かけるようになった。これは男の娘を好きになる事に人種も性別も関係ないという証左に他ならない
「ほら見てごらん大田さん、俺のお気に入りの男の娘を」
「えっ、なんてスケベな下着履いてるんですか…こんなの襲って下さいって言ってる様なもんじゃないですか!! これってこの後…?」
「もうパンッパンよ」
「ほほぉ…」
「今日も楽しそうね」
それからはどこに隠していたのか、出るわ出るわ大我が保有する男の娘本のプレゼン大会が開かれてしまい、イズミは居心地悪そうに遠目から見ていたのだがふと頭の中に些細な疑問が芽生えてしまった。さっきから男性同士の話しばかりだが、同性愛でもないなら男女の間でも関係は持てるのではないかと。ただなんとなく言ってみただけなのだが…
「いやぁ~イズミは鋭いなぁ~…誰に似たんだその察しの良さは? 時代が違えば著名な男の娘論者にでもなっていたかもな!」
「絶対なってないわよ」
「これは確かに私も気になりますね…実際どうなんですか…?」
「ジャンルとしてはやっぱり『男だったのか~!?』をやりたい所だから、男×男の娘っていう構図が多いんだけど…俺の好きなこれなんかは男の娘×女モノだよ」
大我が指さした作品の表紙には男装した長身の女性と小柄な男の娘が描かれている。これは男女逆転モノという趣味は分かれるジャンルだが、この場合出て来る男性は女装して街を歩いていたのか?それとも男の娘としてこの女性と交際しているのかで話の展開が変わってくるので境界線としてはかなり難しくなっている
女性が男性をリードする事が主なムフフポイントなのでそういう描写が無ければ大我的には少しへこんでしまうらしく、おねショタの同年代バージョンとも言われる事が多いが"自分よりも強い存在によって主導権を握られたい"という一種のメス堕ち現象がミソらしく、これにハマる男性は"あと一歩"の所まで来てしまっていると大我は言う
「じゃあ兄さんも堕ちかけじゃない、どうするのよこの先」
「あとねぇ、こういうのもあって…」
「だから無視するのはなんなのよ」
大我がオススメした異性×男の娘モノは、女みたいな見た目だとからかわれていた男の娘がふとした時に見せる男性っぽさに相手の女の子がキュンとしてしまう恋愛系の作品だ。これもテンプレとして認識されているくらいメジャーなのだが、成人向け以外で目にする事が多くなったのは最近と言ってもいいまだまだ発展途上のジャンルである
「でもこれ系統は人気が二分する難しい問題があるんだ…」
「と言いますと…?」
「主人公が"女性に見えるくらい可愛い"として紹介されるのではなく"女性に見える絶世の美男子"として紹介される事で男から嫉妬のバッシングを受ける可能性が有るんだ」
「ははは、そんなバカな事が有る訳無いじゃないですか~。フィクションですよ?」
「フィクションだからだよ」
現実とは乖離した世界でも顔がイイ男にしかチャンスが回って来ない、しかも「俺は男だー!」なんて振る舞いをしていると時折倫理観に触れるくらいめちゃくちゃな行動をとってしまう事もあり、主人公を快く思わない人達も出て来るのだ。非常に難しく人間の狭量さに胸を痛める事が多いジャンルではある
「例えば大田さん、あなたが自分を男性だとアピールするにはどうしますか?」
「えっと…重い物を持つとか…?」
「そう、男なら持ち上げられるよね? なんて言われてお姫様抱っこをする展開がほぼ必ず訪れます。現実世界で経験は?」
「ないですけど…」
「ないんだよ現実ではそんな事。持ち上がらなくて覆いかぶさる展開なんか無いし。ズルいだろこの主人公だけ。となる事もあるんだよ」
「フィクションですから…」
「まぁ共感出来ない物を見せられても困るって感じなんだろう。憧れか共感が作品にのめり込む為に必要な要素だとも言われているし、そういう部分では間違った反応では無いよ」
まだまだ発展途上なジャンルではあるがこれからも二人で盛り上げていこう。と握手を交わしこの日の撮影を終えると大田さんは用事が有るので、と帰って行った。 大田さんに用事なんか有るか?と思ったがすぐに察しがついた…どうせあのバーチャルアイドルもどきのおばさん二人を見に帰ったのだろう。好き物だな本当に
それから雑誌を片付けているとイズミが後ろから様子を探っている気配に気付く。ほう、俺の秘蔵のコレクションの在処を突き止めようとしているのか?無駄だよ、そんな事を俺が許すとでも?
素早く振り返った俺はイズミの唇を塞いだ。それも拒む隙など与えない歯と歯がぶつかりかねない程の勢いで
あまりにも脈絡のない、唐突な愛情表現にイズミも困惑したのかしばらくは頭の上に?マークが見えるほどだった。その隙にそそくさと収納スペースに男の娘本を収納し終えると何食わぬ顔で部屋から出て来ると、イズミも正気を取り戻し"しまった"という顔をしている
恋愛と趣味は別物と考えているのだから使える物は恋心だろうと利用するのが俺の流儀、悔しかったら見つけてみるといいさ。と余裕の表情で浴室に向かった俺に遅れて五分後、悔しそうな表情で入って来たイズミを見て勝ち誇った顔をする
一生懸命に創作した方がいるのだから"見せてはいけない物"では無いが、踏み込んでほしくない聖域ではあるのだ
この日は寝る前に「世のお父さん、僕と一緒にこれからも頑張りましょう!」と心の中でエールを送っておいた…




