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第六十六話 少し早いが冬支度 

 


 なんやかんやでもう冬が見えて来た十一月の末、雪が降る訳でも無いが冬は冬で美味い飯が食えるしなにより美味い酒が飲める季節だ。今日はしゃぶしゃぶでもして食べようかな?なんて考えているとイズミがパソコンを持って駆け寄って来た



「兄さん兄さん、これ」



「ん? なんだこれコタツか」



「これ欲しい」



「どうしたんだ急に?」




 イズミが何か欲しがるなんて珍しかったから即決で買ってしまった…にしてもなんで急にコタツなんだろう?と思ったが心当たりは少しある



 ~二日前~



『あぁ~あ…もうすぐ冬になるし衣替えでもすっか~』



『猫も杓子も大掃除だの衣替えだの、こぞって冬にやるのは何か意味でもあるの?』



『まぁ節目に気分を変えるのも日本人らしいと言うか、年取ってからじゃ楽しめない要素なんじゃないか? 腰に来るからとか言い訳が出来ちゃうから』



『そういう物かしら?』



『少なくとも俺はな?』




 * *



 それから衣替えの計画だけはして、俺自身が言い訳して先延ばしにしてたんだけど…まさかイズミの方から提案されるとは思わなかったな。コタツを見てみると何ともシンプルで面白みのないデザインをしていた、もう少しオシャレな物もあったんじゃないか?と聞いてもこれで良いんだと



 コタツの到着は二日後という事でそれまでに座椅子なんかも買いたい為ホームセンターに行く事に。ここでコタツも買えばいいんじゃないかと言う人も居るだろうが、大きすぎて車にも入らないんだから結局配送になる。どこで頼んでも同じなのだ



 普段の食卓は椅子とテーブルな為床でご飯を食べるなんて実家に居た時以来だ。コタツの高さや幅までも記憶しているためそのサイズに合う様な椅子を見繕っていると…



「おや大我クン、イズミちゃんも奇遇だね!」



「うっわ…」



「うわとは何だねうわとは…」



 先日の放送で義母と乳繰り合っていた実母を見てつい口から本音が出てしまった。イズミも顔をしかめて見ているが今日のカガリはいつもと違う様子で…



「ていうか何してんのその恰好?」



「見て分からないかね? アルバイトだよ大我クン!」



「それは分かってるけど…なんだってこんなホームセンターでって事だろ」



「話せば長くなるのだが聞いてくれるかね!」




 本当に長くなったので割愛するが、未だに収益化の通っていない配信では暮らす事もままならずなんだかんだで俺から金をふんだくる算段もダメにしてしまったので普通にアルバイトをする事にしたんだという。当初は朝陽さんのスナックに誘われたんだがお酒はてんでダメらしくここで働く事になったらしい



「見た事のある物に囲まれている安心感もあるしね、実に気に入っているよ」



「よくこんな年増を雇ってくれるもんだな…感謝した方がいいよ」



「実年齢がどうであれ若く見えた方が付加価値は上がるだろ?」



「めげないな…」



 流石に科学のプロフェッショナルなだけあり、座椅子を選ぶ時も中の材質と体重によってどれだけ使えばヘタレてしまうか等も教えてくれて客としては非常に助かるのだが、店からすれば営業妨害になってしまわないかと心配になる



 提案された色違いの座椅子は値段が多少高めだが座り心地も良さそうで材質もしっかりしている椅子だった



「これなんかはコタツに使ってもヘタレない良い椅子だと思うんだが」



「革製か~…イズミがそんなに好きじゃないんだよな…」



「毛が無いと下半身脱いだまま入れないじゃない」



「下半身脱いで入るのが前提なら先に言ってくれたまえよ」



「下半身脱ぐ前提ってなんだよ」



 急にコタツなんておかしいと思ったがそういう事なのか、厚着を要するこの冬を単に楽な格好で過ごしたくなったんだろう。確かにそれは快適そうだ、俺もイズミと同じ材質の物にしようと考えた



「懸念材料とするならば、毛で出来てる物でコタツに入ると汗でぐしょぐしょになるから品質が落ちやすいのだよ…」



「あぁ~、洗濯とか出来ないもんな」



「晴れた日には天日干しして臭い取りもしなければいけないし、手間ではあるな」



「・・・」



 イズミの方を見ると少し黙ってある物を見つめていた、その視線の先には座椅子というよりもクッションが置かれていて…



「兄さん、私これで良いわ」



「これって…昔ちょっと流行った人をダメにする何とかか…」



「おっ、イズミちゃんは見る目があるね~! それは当店一押しの『全てをダメにするクッション』だよ!」



「なんでそんな縁起悪そうな名前にしたんだ」



 値段は三万円もするが座ってみると確かに、身体全体にフィットして沈み込んだ後に包まれる感覚だ。これはダメになりそうな予感がする…ただ先程の話に出たように品質の劣化が早くなりそうだとカガリに相談するとお得意の知識で説明された



「これは中身が綿では無くビーズが詰められているからヘタレる事はまず無いんだよ、ただ今回みたいにコタツやヒーターの近くで使用するとそのビーズが溶けてしまう可能性もあるから、品質の保証も出来ないし自己責任で頼むよ?」



「へ~、ビーズねー…言われてみれば確かに」



「兄さん、こっちにサイズが沢山有るわ。大量に買って帰りましょう」



「お気に召したみたいで良かったよ」



 それから数十万円分の大小様々なクッションを配送で頼み、後日届けられる事になった。会計の際にカガリは胸元をちょいちょいと指し示しチップを要求していたが引っ叩いて帰る。労働を舐めるんじゃないよと



 ~それから二日後~



「ふぅ…これでコタツは完成だけど…」



 大我の見つめる先に寝転がっているイズミは既にこのクッションの虜の様だ。うつ伏せになっても仰向けになってもフィットするから腰も痛くならないらしい



「ほらイズミ~コタツ出来たよ」



「運んで」



「本格的にダメになってるじゃないか」



 と言いながらも後ろから押してやり、コタツにピッタリと収まったイズミは早々にズボンを脱いで俺の顔目掛けて投げつけて来た。雑に扱われるのもたまには悪くないなと脱ぎたてほやほやのズボンから匂いを嗅ぎながら思う



 コタツを囲んで鍋も良いなと今日はそこまで寒くは無いのだがキムチ鍋にする事にした。我が家の鍋は常にコンロを二つ稼働させるのが標準的で、海鮮鍋と肉の鍋で一つずつお互いの好きな物だけを入れて作る"お好み鍋形式"なのだ



 大我はタラに牡蠣など海鮮類とニラやもやしに白菜と肉っ気が一切ないヘルシー鍋で作られているが、イズミの鍋はと言うと今も大我が無限に湧き出てくる灰汁を処理している最中だ。肉団子や豚バラで埋め尽くされた肉鍋で、しかも今回はキムチ鍋だというのに野菜は一切存在しない



「豆腐とキノコは入れる?」



「うん」



 クッションに顔を埋めてもうこっちを向いてもくれないイズミだがお腹はしっかり空いてるみたいだ。時折顔を上げては鍋の匂いだけを嗅いでいるらしい



「ほれ、出来たよイズミ。ご飯食べな」



 寝転んだ状態から身体を回転して器用に卓に着いたイズミはうきうきで炊飯器から米をよそっている。イズミは辛い物もそれなりに好きなので時々この様にピリ辛料理を作ると嬉しそうにしているが、連日食べ続けると胃の中がただれてしまうかもしれないと意図して制限を掛けているのだ。 その反動か一度に食べる量は普段の食事よりも多く、今も自家製の食べるラー油をご飯にかけて具材の供給を待っている



 配信を開始すると視聴者もコタツに目が行き冬の訪れを感じている様だ。食事をしながら各家庭での衣替え事情などを聞くと一人暮らしになってから家の中を弄った事なんてないと言う人が多かった。 やはりネットが普及してから画面ばかりを見て部屋の中を見る時間が少なくなったのか、PC周りだけは不便に感じる部分をその都度改善しているらしい



「でも思い切ってやってみると案外悪くなかったよな?」



 黙々と鍋を食べながら首を縦に振るイズミ、まぁイズミの場合はそのクッションという相棒を手に入れたんだからご機嫌だろうけども…



「皆もこのクッション知ってる? なんかいろんなサイズ置いてるんだね、抱き枕みたいなの俺も買っちゃったよ。イズミもお気に入りだし」



「これはここ最近でもかなり上位の発見。このままここで寝ても良い」



「・・・」




 食事を終え放送もそこそこに風呂に入る二人だったが辛い物を食べた事で大いに汗をかいたのだろう、気付けばいつもより少し長めに入り冬の風呂を満喫していると今度は温泉にでも行ってみようかと話した。客室に温泉がある旅館なんかも今は増えているらしいし、気が向いたらどこかに出向く事も前向きに検討する事にした



 風呂上りは湯冷めしないように念入りに体を拭き、イズミの髪を乾かす大我にも熱が入った。そして夏よりも風呂上がりのアイスが美味しい季節とも呼ばれているがビールだって冬の方が美味しいかもしれない。この日も大変満足しながら床に着く事が出来そうだ



「兄さん、これ邪魔よ」



「イズミはあのクッションで寝ても良いって言ってただろ…俺もこのクッションと寝るから」



「なんの嫉妬よ」



 イズミに対抗して別に好きでもないクッションを抱きかかえながら寝る。俺自身も邪魔だと思っているが、あれだけイズミが身体を預けている所を見たら無機物だろうと嫉妬してしまうのは当然だろう…



 それを見ていたイズミは呆れたようにクッションを払い除けると俺の腕の中に納まった



「別に兄さんだって私の方が良いでしょ…」



「…別に」



「そう」



 イズミはそれだけ言うと寝に入ってしまった。何でもお見通しという事か…それでも俺はあのクッションの事を今日からライバルとして意識せざるを無くなってしまった、アレはあらゆる物をダメにするかもしれないが俺はイズミが居なければダメになってしまうのだから負ける訳にはいかないのだ…!




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