第六十五話 女は四十超えてからみたいな
兄さんがなんだかんだ仲直りというか、三沢晴香と家族らしくなったのはいいのだけど
「なぁ大我~次これやろうぜー」
「なにやっても勝てねえって」
なんか家に居付かれて非常に迷惑だわ。新参のクセに兄さんの事を私物化しようとしてるのも納得いかないわ。一発ぶん殴って大人しくさせてしまおうかしら
「ていうか結局厳島の配信も辞めたんだろ? こんだけゲームするなら配信でやればいいだろ」
「カガリのやつは方向性が違うんだよ…あいつマジでアイドル目指そうとしてたみてーだし…」
「でも今は一人でやってるんだろ?」
「う、うん…まあな」
そうよ、もとはと言えば厳島カガリとコラボするって話がこんなに大事になってるんだからそっちの方を透明化しなさいよ。結局家に入り浸ってるだけじゃないの、アレも早く引き取りに来たらどうなの?
「これ例の配信チャンネルだろ? なんか重大発表とか書いてるけど…」
「まぁ良いじゃねーか…そこまで気にする必要ねーよ」
どうも歯切れが悪い…この女、まだ懲りずに兄さんに隠し事しようとしてるの?学ばないのね流石ヤンキー女だわ。このまま腹の内を明かさないのであれば兄さんも不信感を抱いて関係は瓦解、また元の鞘に収まるでしょうね
というか親子の関係になっただけなのになんでこんな急に距離を詰めて来るのよ、もう家に来て五時間よ?その間ずっと兄さんとゲームして…私が兄さんと過ごす貴重な時間なのにこの女はどこまで厚顔無恥なのかしら?それとなく追い出してみましょう
「義理の母さんは何時に帰るのかしら?」
「えっ、あっ、そうだなぁ…その…あと一時間…くらい?」
「なんでそんなに明確な時間が出せるのかしら?」
「うっ、いや別に…なんとなくだけど…」
やっぱり隠し事ね、現在時刻は午後四時…弟と同居しているとか言っていたし家に帰ってくる時間がそれくらいなのかしら?だからと言ってなにも帰りを待つ必要なんか無いじゃない。他に要因があるとすれば…厳島カガリか
さっき言っていた"重大発表"とやらが何か関係しているのか?私達に対して不都合な情報でも発表されるのかしら…気になる所だけど、ほらやっぱりもう少しで動画が予約投稿されるみたいじゃない。あんな分かりやすく動揺するのなら隠し事なんかするべきじゃないわね
「兄さん、そろそろ厳島カガリの動画が投稿されるわよ」
「え、マジか…じゃあ一旦ゲーム止めて見るか」
「ちょっ! ちょっと待ってよ! 別にそれは後でも見れるしさ!?」
「別に後で見るんだったら今見ても一緒じゃないの」
目に見えて取り乱してるわね、結局コラボが中止になったのを私達のせいにでもしてるんでしょう。あの女ならそれくらい平気でしてもおかしくないもの。 炎上商法に加担したとあれば折角出来た兄さんとの繋がりも全ておじゃんでしょうし、それを見られたくないって所かしら?
「い、いや本当! 見ても何の得にもならないってば!」
「なんだよ、内容知ってるなら教えてくれてもいいじゃんか、なぁ?」
「そうね、私達に不都合がないなら…ね」
「うっ…うぅ…どうなっても私は知らねーからな…」
流石に観念した様ね、さぁこれで私達兄妹の日常が帰ってくるのだから多少の火の粉くらいは被っても痛くも痒くもないわ。しかとこの両の目で見てやろうじゃない
「おっ、始まるぞー」
* *
真っ暗なステージの上に黒髪ロングヘア―で眼鏡を掛けた白衣の少女が立っている。その表情はどこか哀しげでどこか新しい未来へ踏み出そうとする決意の表情をしている様にも見えた
そして右手に携えたマイクを両手で握り直し視聴者の方へ向き直ると大きく息を吸った。彼女こそがこのチャンネルの主バーチャルアイドルカガリンその人である
『皆、今日はカガリンの放送に来てくれてありがとう…まずは最初に一つ、大切なお知らせをしなくてはなりません…今まで一緒に活動して来た大切な仲間であるハルカちゃんなんですが』
『引退する事になりました…』
コメント欄では突然の事に戸惑いただただ驚きの声を上げるしかない者も居た、それでも今回の放送でカガリンが伝えたい事はそれだけでは無いという事は分かった。悲しそうな表情の中には友を送り出したという成し遂げた表情も見て取れたからだ
『正直な事を言うと…私達の活動がまだまだこれから続いて行くって事を信じて疑いませんでした。でも別れっていつも突然で…カガリンも詳しい話は聞けていない状態です。』
『それでも! カガリンと一緒に活動して来たハルカちゃんが自分の信念を曲げる様な事をしないと信じているので…応援しています。グスッ…』
これでは彼女まで引退してしまうんじゃないだろうか?数少ないファン達は内心恐れていた。代謝の速い配信界隈では数カ月で引退する者も珍しくないのだから、折角出会う事の出来た推しを推す前に引退だなんて考えたくなかった
『そして、ここからが今日発表する予定だった重大発表になります』
固唾を飲んで見つめる。もうコメントを打つ余裕も無いくらいに緊張しているのだろう、この場に集まった百人の精鋭たちはただその発表を待つしかなかった
『私、バーチャルアイドルカガリンは…』
『新しい相方と再スタートしていく事を決めました~!!』
【うおおおおおおおお!!】
【カガリンおめでとー―――!!】
コメント欄も安堵と斜め上の発表に沸いた。そして今まで暗かったステージ上を照明が照らすと共にその相方らしき人物の姿が映し出された
『この子が今日から相方を務めてくれる"バーチャルアイドルアサヒちゃん"で~す!!』
『こんにちわ~アサヒで~す♡』
如月兄妹に衝撃走る。絶対音感を持ち完全記憶を持つ如月大我と、もう何十年も聴き慣れたその声を如月イズミが聴き間違える事なんかある筈も無く…
「こ、これ…あ、あさひ…さん…?」
「母さん…母さんでしょうね…」
「か、カガリがさ…なんか最近妙に仲が良くって…気になって聞いてみたらこういう事らしくて…」
晴香もなんだか居心地悪そうにしているが、どうやら朝陽が務めるスナックに近いという事で動画の撮影は全て三沢家で行われているそうだ。なので今帰ると仕事前の朝陽と鉢合わせてしまって気まずいのだとか…
『という事で新しい相方のアサヒちゃんは見ての通り…それっ☆』
『ひゃん///』
『こんなに立派なモノをお持ちなのですよ~♡ にしし♪』
『んもぉ~/// カガリンのエッチ~///♡』
「オロロロロロロロ!!!!!」
これには大我も吐いてしまった。中の人を知っているだけにそのキツさは何倍にも膨らむ
いくら百合が好きだと言っても四十超えてそんな絡みをされてもニッチな層のさらに深くに位置している者にしか刺さらないだろう。妹の母親からひゃんとか聞きたくなかったし全体的に昭和なのが鼻にツーンと来たのだ
イズミの顔を見てみると目を細め唇を噛み締めている。別にこの活動が悪いとは思っていないが…視たくはない光景だったろう、マウスは既に低評価ボタンを捉えて固まっている
動画を見終えた室内の空気は重く澱んでいた。そりゃ晴香も辞めるわと同情すらしてしまう
「じゃあその…帰るわ…時間だし…」
「あぁ…そう…」
晴香が帰った後も、今回見てしまったのがお互いの親という事もあり依然として気まずい沈黙は続いた。せめてもっとバレない様に名前くらいは工夫して欲しかったという思いがかなり強く、今となってはなんであんな安直な名前にしたんだという怒りが先行しているかもしれない
そして厳島カガリからは「これでコラボもしやすくなったのでは?」と連絡が来ていたのでその日の放送でコラボの中止を正式に発表した
ただでさえこの数カ月は慌ただしかったのに、また身近に悩みの種が出来てしまったと如月兄妹は頭を抱えていた




