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第六十三話 如月家四者面談

 


 如月大我とイズミは隣り合って座った。自分が家を出た頃のままだった室内を懐かしむ余裕も無く珍しく正座なんかしてしまっている。馴染みのある座布団に座り、馴染めないこの空間を早く後にしたい気持ちでいっぱいだった



 厳島カガリと三沢晴香が対面し、どこか居心地の悪そうにしている三沢晴香に比べやけに堂々としている厳島カガリはそれぞれの湯飲みにお茶なんかを注いで回っている。事の発端はお前だろうにと大我は恨めしそうに睨んでいる。 他人事のようにイズミも煎餅をバリバリと食べているのだが…まあ実際他人事だしそれは良しとしよう、問題は…



「三沢っち…いい加減顔出しなって…」


「・・・」



 パーカーで顔全体を覆ってしまっている三沢晴香だった。今まで俺の事を認知してたのに一度も自分の口から説明せずに逃げ続けていた事を悔いているのだという


 しかしこれにも理由が有って、代理出産というのは精子と卵子を先に結合させて遺伝子情報が確定し、受精卵になった後に産みの親の子宮に移植されるので厳密に言えば三沢晴香と如月大我には血の繋がりは無いのである。 



 本当の母親でもない自分が会いに行った所で余計な悩みの種を生むだけだろうと考えていた。それでもカガリの件だけは伝えておくべきだろうかと悩んだりしたという。そういった経緯もあり今は大我に合わせる顔が無いとずっとフードを被ったまま顔を見せない



「いや…"三沢さん"俺別に怒ってるとかじゃなくて…」


「ふぐぅぅっ……!!!」



「おいおい大我クン…お母さんて呼んでやりなよ気にしてんだからさ…」


「はあっ!?/// なんだって急に母親だなんて!!///」


「三沢っちも悩んだらしいしさ、なにより伝えなかったのは私が大体の原因なんだし許してやってよ」



「だから別に怒ってないし、その…急に母親だってのはなんだか…///」


「照れてるのね兄さん。お母さんでもママでもお袋でもなんだっていいじゃないの」


「んんん~~~~!!!///」



 カガリが自分の母親だって事はなんとなく理解出来た。好奇心旺盛、他者など気にせず自分の思う通りに事が運べばそれで良し。実に如月大我っぽいというか納得出来る、しかし三沢晴香はと言うと…



「ふぅ……うぅぅ……」


「三沢っちもいい加減顔出しなって、何も始まらないよ~?」



 打たれ弱すぎるというか…気にしすぎじゃないだろうか?今まで自分も母親の存在なんか忘れて生きて来たんだから、そこはお互い様というか…これだけ近くに住んでいたのなら自分が本気で探せばあっさり特定出来た気もするし。初めて会ってから三度目にしてなんだか調子の狂う人だと改めて思う



「ところで、私は二人の事を何て呼べばいいのかしら? 一応兄さんの妹兼、恋人兼、妻なのだけど」



「イズミちゃんは好きに呼びなよ、私達より大我クンとの方が付き合い多いと思うし、進んで会いたいとも思わないでしょ?」



「それはそうだけど厳島と三沢じゃ兄さんとの家族感が薄いじゃない。そんな人達が兄さんと近い距離で話してるのは気に入らないわ」



「独占欲の問題か~…確かにそれは困ったねぇ…」



 イズミは以前、三沢晴香が大我と何かしら関係あると勘付いた時に警戒していた。自分達の生活スペースに入ってさえ来なければどうでもよかったのだが…それが実の母親だというなら仕方無いというか、許容せざるを得ない事態だとは思っている。 しかしそれとこれとは別、如月大我と寝食を共にし風呂に入る権利を持つ女が二匹居るというのが問題なのだ。自分よりも繋がりが強いかもしれない女が…



「じゃあ無難にお母さんとかで良いよ、奥さんでもママでも義理のでも。イズミちゃんの気が済むように、ね?」



「じゃあ義理の母さんで良いわ。兄さんにとっても私にとってもね」



「あはは…そうかもねぇ…」



 大我の傍に一部の隙も許さないイズミは目と態度で二人を牽制し、本日一番の緊張感がこの場を包んだ。無駄にベタベタする事を許すと家にまで来かねない、そんな煩わしい生活は御免だし老後の介護問題なんかも出来れば無縁でありたいから今回は頑としてその態度を崩さなかった



 そんなイズミの威圧的な態度に更に委縮してしまった晴香はもうすでにスーツケースに収まってしまいそうなほど小さくなっている。そんな産みの親を不憫に思ったのは大我だった




 なんだか自分みたいなのが産まれてしまったからこれだけ悩ませているのかと考えると気の毒で仕方なくなって来た。元はと言えば義理の両親が俺を作らなければそれで済んだ話なのだから、この人を恨むのは筋違いだとも思ったし悩む必要も無いと考えている


 それに俺を産んだ事でメリットなんか発生してないんだから…



「ほら、三沢さんも顔上げて…もういいでしょう、俺も親子だって分かっても何か変わる訳じゃないから。恨んでも無いし感謝しても無い。それだけの話でしょ」



「うっ…うぅぅぅ…」



「大体"特に報酬も無く"産まされたんでしょ? だったらほぼ被害者だし今までよく我慢した方だろ。金が必要だったら俺から支援もするし…」



「・・・」



「……有ったの?」



「……うん」



 まあどうせ没後この家を明け渡すとかだろう。こんなボロ家売った所でせいぜい一千万前後だろうし、そう考えるとやはり十月十日の間子供を宿すというリスクに比べて安すぎる様に感じる



「まあでも何千万かで人一人産むってのは適当な取引かと言われるとね…」


「…ぅく…」


「ん?」


「におく…」



「・・・」


「・・・」



「テメェ二億も貰っといてなんだァ!? 今度は親の顔までするつもりかこの野郎!!」


「うっ…」


「大我クン落ち着けって…そりゃ私だってなんでここまで凹んでんのか分らんけど聞いてやりなって!」



 完全に自分の想定していた背景とは違い、しっかり代理出産のお手本みたいに受諾して報酬貰って里親に預けるっていう自分から手放すムーブしているにも拘らず、今のコイツはどうだ?なんだか今までずっと会いたかったけど…事情があって…みたいなスタンスで傷付いてやがるから段々俺もヒートアップして来る



「大体おかしいだろ! 普通二億も貰ってたら他人のフリして俺の様子くらいは見に来る筈じゃねぇの!? 俺の中に記憶ないって事は一回も会った事無かったよな!? あんた今まで何してたの!?」



「ま、マンション買って…売った金で会社起ち上げて…」



「なに人生満喫してんだこの野郎ッ!! それで母親面までするんだったらどんだけ自分中心で物事考えてんだ! 一生反省してろバーカ!!」



「兄さんの言う事ももっともね」



「ご、ごめっ……」



「まぁまぁまぁまぁ……大我クンも一回座って…」



 柄にもなく熱くなっている大我だがそれには理由が有り、自分と向き合い接してくれていれば…それこそ幼少の折から懇意にしてれば自分が留学している際にも連絡を交わしただろう。そして両親の死もいち早く知る事が出来たのではないかと思えてしまう



 もしも三沢晴香が自分の母として、なんて言わずとも…死後にこんな形で自分の義母に寄り添おうとせず今際の際(いまわのきわ)に義母の傍に居てくれればと…



「如月幸枝の死を知ったのは?」



「もう…葬儀が終わった後だった」



「俺の母が危篤だという連絡は?」



「無かった…」



「…それで恩着せがましく俺から家を買い取って表札もそのままで、死を偲んでる風にして誤魔化してるのか?」



「大我クンそれは…」



「お前は黙ってろ!!」



 かつてないほどに感情を露わにする大我だったが、この三沢晴香さえ人生に介入していれば自分を取り巻く環境が確実に変わっていたと思えてならなかった。もしも幼い頃の俺と顔を合わせていれば、もしも厳島カガリの存在を知らせていれば、もしも家を売った時に…親と言ってくれたなら。



 ここまで言われても何も言い返す事無くただ塞ぎ込んで、それは自分が受けるべき糾弾だとでも言いたげな、その割り切って諦めてしまっている態度が更に腹の奥底から湧き出る感情に拍車をかけた。いつだって自分の中だけで完結させやがって…そのクセどうだ?こいつの人生は…




「アンタの人生全部が他人任せじゃないか…人から貰った遺伝子で子を産み、人から貰った金で会社を作り、経営は人に任せて…俺と会うのだって打ち明けるのだって全部が他人任せ」


「だったら…自分の子供くらい自分の意思で産んどけよ…」



 何も言い返せなかった。人から与えられて、自分で決断して産んだ?違う…あの時確かに目の前にぶら下がっている金の事しか考えてなかった。そして産んだ後に会おうとも思えなかった…なんでだろう?大我を産んだ後には何をしても無気力で…何かを考える事も面倒で…



「なんで…大我に会おうと思わなかったんだろう…」


「・・・」



「多分…自分の腹を痛めた子だから…自分で産んだ子だから…」



「離れ難くなっちゃうから…大我からも、母親である自分からも逃げたんだ…」



 自分の中で燻るどうしようもない母性から逃げるようにこの街を後にして、高い金で買ったマンションで街の中に身を隠す様にして…如月夫妻の為に産んだ子供なんだから、自分の物にならない事を思い知らされるから、顔を合わせないようにして生きて来た。 だから手元から早くあの二億円を無くしてしまいたかったんだ…大我と引き換えに手に入れた虚構の対価を



「お前は結局俺の母親である事を面倒臭がったんだろう…? 目の前から逃げ続けた結果俺との距離を自分で広げて来たんだ、今更になって何を得られると思った? 俺が母親だと慕ってくれるとでも思ったんならめでたい頭してんな…帰るぞイズミ」


「ええ」



「ちょ、ちょっと大我クンそれはいくらなんでも…」



「自分の利益しか考えなかったのはお前もだろうが…もう連絡は寄越すなよ厳島」



 何かを諦めたような表情で家を後にした大我と、それをただ見ている事しか出来なかったカガリはこんな筈では無かった…と頭を抱えてしまう。当初はもっと和やかに、今までの事を軽口叩きながらなんて…虫が良すぎたかと反省する。 それと共にどうにかしなければならない問題がもう一つ、三沢晴香だ…相当なダメージを負ったと思われるこの子をどうするか、今はそれが目下の悩みである────




 自宅へ帰る如月兄妹は車中も無言の時間が長く続き、どちらも口を開く事無くただ流れる景色に視線を這わせているだけだ。大我は自分の中にあんなにも熱が籠っているなんて気付けなかった、当初は母親だというから会ってみる位にしか考えていなかったが…如月幸枝の事を知っている数少ない人だから、あの頃を思い出して半ば八つ当たりをしてしまったのか



 そんな事を考えていると車はドライブスルーに入り、イズミの方を見ると「どうせ帰っても作れないでしょ」と牛丼を買って帰った。こんな風に自分の事を理解してくれるイズミだけ居てくれれば良いんだ。今までと何も変わらない、俺とイズミの人生には何者も干渉しなくていいんだ──




 目の前から逃げ出しているのは三沢晴香だけではない、大我も誰かの子供だという事から目を逸らして自分の生活が脅かされず、安寧であり続けたいと思っている事をイズミは気付いていた。 昔から余りある才能で周囲に寄って来た人間は大我の魅力に惹かれてか、それとも手元の金が目当てか。そんな日々が続けば人間不信にもなるだろうと頷ける人生だったのではとイズミも考える



 どうでもよかった、兄が満足ならどうでも


 自分の心が晴れている事は言うまでもない


 今も隣に大我が居るのだから


 それでも心の中でイズミは思った



 ──アレはちょっと言い過ぎではないか?



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