第六十二話 バーチャルお母さんとの接触
「えぇ~…衝撃マット十枚くらいで済んじゃうんだぁ…」
『それだけ人類が進歩している証拠さ』
先日のお誘いから数回のやり取りで通話アプリの番号交換までしてしまった大我とカガリは空想科学の話で盛り上がっていた。 幼少期から今に至るまでスーパーヒーローの新作が出るたびにチェックしている大我はこの手の話が大好きだった
そして"ジュラ紀戦隊ディノレンジャー"に登場する最強武器、スーパーダイノブラスターが衝撃吸収ゲルマットに封殺される事実に心を痛めているのだが…
『ところでそろそろ本題に入って良いかね大我クン?』
「あぁそうだ、何だって急にバーチャルアイドルなんか…」
『なんかとはなんだね! 画期的なシステムじゃないか!』
「まぁ別にバカにしている訳では無いけども…アイドルは流石に…」
『それがバカにしていると言うんだよ!』
一度しか会った事が無いのにやけに仲が良さそうだと思うかもしれないが、大我は以前から魔訶研での厳島カガリという人間を知っているので、他の人よりも距離感は少しばかり近い。それに行動理念が自分に似て奇天烈な所を気に入っている様だ
まあ似てるも何も遺伝子上は親子なのだから当然だろう
『実は最近の私達の活動には陰りが見えてね…大人気配信者のキミに協力して貰えないかと思ってるんだよ』
「協力ったって…バーチャル的存在なんだから一緒にキャンプ行く訳にもいかないし、ババアって言ったらファンに怒られるんだろ?」
『それは普通に私が怒るだろ。何言ってるんだ』
今でこそ市民権を得ている電脳内の生命体であるバーチャル配信者だが、コラボもしない他の配信者も見ない大我からすると配信上で制約の多い厄介な対象でしかなかった。しかも全然知らない人ならまだしも、年齢も顔も本名も知っているこの厳島カガリと一緒に配信するというのは色々とハードルが高く…
「それにカガリンとか呼ばなきゃいけないのもなんか気持ち悪いし…隣のハルカさんって人も知らないし…」
『そこは慣れてくれよ~、今後バーチャルというコンテンツが廃れたら二度と共演の機会は無くなるんだぞ? 好奇心旺盛ボーイのキミがそれで満足できるのかね?』
「まぁな~…イズミに聞いてみようかな…」
『おぉそれがいい! というか私は彼女の方に興味が有る! 話させてくれないか!?』
カガリは以前から如月イズミの事が気になって仕方なかったらしい。というのも神田慶二の子供がもう一人居るという事は知っていて、大我と同棲中という事実を知る前からも何度かコンタクトを取ろうと躍起になっていた様だ
『神田慶二から聞いては居たんだがね、実際に存在を知覚したのはつい最近だよ』
「ふ~ん、そうなんだ。じゃあちょっと呼んで来るわ」
『なんと! 随分気前が良いじゃないか大我クン! では頼むよ』
「お~いイズミ~? 科学者のおばさんから電話~」
『カガリンこのクソガキぶっ飛ばしちゃおうかな~^^』
大変失礼な大我だったが、カガリとしては願っても無い神田和泉との邂逅な訳で胸が高鳴った。あの目を惹く容姿、そして根っからのクールな性格はバーチャルアイドルの三人目として迎え入れたい存在だったし、神田慶二が最期に寄越した電話でもその存在に触れられていたからだ。まあ自分だって義理のお母さんとも言える存在なんだし仲良くはしていきたいと考えてるらしい
「もしもし」
『おぉ~イズミちゃん! ずっと話したかったんだキミとも!』
「…どうして?」
『あ、いやぁ、ファンなんだよ! 如月ちゃんねるというか特にキミの!』
「そう」
しまった…ここで大我クンの母親だと知られると流石にコラボしましょうとも言えなくなってしまい、みすみす金になる木を自分から捨てるような物。もっと慎重に会話をせねば…
『い、イズミちゃんはお兄さん好きぃ~?』
「えぇ」
『そ、そっか~…』
にしても話が続かない!!なんだって一問一答形式なんだ!?キャッチボールという言葉を知らないのか!?これでは一方的なノックになってしまうぞ…
『その、イズミちゃんからもお兄さんに言って貰えないかなぁ? コラボの件…』
「なぜ?」
『なぜってぇ…それがキミ達にとって最良の決断だからだよ!』
「それが最良の道筋なら兄さんが既に通っている筈よ」
『むぅ~~~~~!!!!』
あーいえばこーいう!最近のガキは生意気だ!特に神田慶二の子供たちは輪をかけて生意気な気がする!どうせアイツも世の中斜めに見て分かった気になってるいけ好かない男だったに違いない!!もう自分が母親だと言った方がコラボしてくれそうな気さえする!
『お~いカガリ、鍵くらいちゃんと掛けとけって。ここ私の…』
『わっ、わぁ~~~!!! ちょっと三沢っち今大事な通話して!!』
「だれ?」
『い、いや別に誰でもっ…というか分かった! じゃあまたの機会に頼むね! それじゃあ!』
そう言うと通話は切れてしまった。そして携帯電話を大我に返しながらイズミは訝しげな顔をしていた。それを見た大我も何かを察したようにイズミに尋ねる
「で? なんか関係ありそう?」
「まだ分からないけれど…後ろで聞き覚えのある声と名前がしたわ」
「なんて?」
「"三沢晴香"だと思うんだけど…」
「三沢…う~ん! どういう事だ…また話が入り組んで…」
先程の会話から大我も違和感を覚えていたのだ。それはカガリの口から突然"神田慶二"の名前が出て来たから。突然の事に動揺はしたが努めて冷静にイズミに取り次ぎ、その間に厳島カガリと神田慶二との共通点を頭の中で整理していたのだが…まさか三沢晴香の名前まで出て来るとは思わなかった
この三名の中に共通点があるのか?それとも出来すぎた偶然なのか大我は頭を悩ませていた。しかしここでイズミからも聞いた事の無い新事実を知らされる
「それと、三沢晴香の事は私も知っているわ」
「えっ!? どっかで接点有ったって事!?」
「ほら、あの母の日に立ち寄った花屋」
「花屋…"三沢生花店"」
「そう、そこよ。あそこの娘が三沢晴香らしいわ」
「もう訳が分からん!! 大掛かりなドッキリなのかこれ!!」
大我が混乱するのも無理はない。ここ最近で起きた目まぐるしい環境の変化は全て自分達を中心に仕組まれていたかの様に繋がっていく
そして厳島カガリもその一部だとするのなら…大我の頭の中にはある可能性が浮かんでいた
* *
「もう三沢っち! なんで邪魔をするんだい!!」
「邪魔ったって…呼んだのお前だろ?」
「そうだけど! 今は大我クンと妹クンと話していたんだよ!」
「お、お前っ! そういう事は早く言えよ! そ、それで…?」
「もう慌てて切っちゃったよぉ!」
こっちはこっちで大変な様で…カガリとしては自分達の身分を明かさずにビジネスライクな関係でいたいと思っているのだが、晴香としては普通に仲良く話でもしてみたいけど今まで隠していただけに気まずく…上手い事カガリが間を取り持ってくれるというので期待しているのだ
「そうかぁ…まぁ…別に今までも知らないフリ出来てた訳だしな…」
「良い訳ないだろ!? どうするんだい私のお金とキミのバーチャル活動は!?」
「そりゃあ…知らねーよ…」
「どうにかしないとこのままじゃあネットの海に溺れて沈んだままだよ!? 機材揃えるのもお金かかったんだから~!!」
「お前が勝手にやるから悪いんだろ!? 知るか私が…」
二人がそんな言い争いを繰り広げていると先程の通話アプリに大我の方から着信があった。これは僥倖!と飛び上がって反応したカガリは「今度は黙っているように…」と念押しすると、大我からの着信に普段よりも明るい声色で通話を開始した
「や、やあ大我クン! すまないね少しお取込み中でね…アハハ」
『そうか、そっちも大変そうだね"母さん"』
「は、はへ…?」
頭の中が真っ白になり脳の奥で"カーサン"というフレーズだけが反芻する。なんだろうこれ?なんて言ったのか?確かに聞こえたのは母さん?まさかぁ~、だって何も手掛かりになるような事も言ってないし超能力者でもなければバレる訳がない…カガリのあだ名で"カーさん"って事かな?粋だね大我クンは~!アハハ…
『隠すんだったら自分の経歴ごと闇に葬るべきだったな、元日本生殖医学会所属の厳島カガリさん。そして神田慶二の精子と共に俺を作り出した卵子提供者…俺の母親だったなんてね』
あー…何もかもバレてしまっている…なぜ?どこで間違えたのか…気を抜いて必要のない情報でも話してしまったのか?それとも…親子とはそういう物なのだろうか?
「どこで…気付いたんだい?」
『どこで…? そうだな…強いて言うなら"今この瞬間だ"』
「へ?」
『気付いてないかもしれないが、さっきの会話でアナタは神田慶二の名前を突然出したんだよ。イズミの話をしてる時に不意にね』
『その後イズミと二人で様々な可能性を考慮して、神田慶二と関わりがある人物をリストアップしていった時に、ちょうど俺の母親の席だけがぽっかりと空いていた。そして厳島カガリの経歴を調べると出て来たんだよ』
『育ての親が残した遺書の中に書かれていた、俺が出生した研究所所属だったという情報が。インターネットが無ければ一生辿り着かなかったかもしれない。素晴らしい文化だとは思わないかね?厳島女史』
「腹の立つ言い回しだ…誰に似たのかね…ふふっ」
それでカマを掛けてまんまとその企みに乗ってしまったという訳か…もう少しとぼけても良かったのか、どうも調子が狂わせられるというか…それとも柄にもなく緊張してしまったのか?認めたくはないがね…
『ただ…一つだけ分からない事がある』
「ほう、名探偵のキミでもかね? もうこの際何でも答えるよ…観念した」
『なぜ、一緒に居るのが三沢晴香なんだ? そこだけ釈然としない』
「あぁ~…どうする? 三沢っち…?」
「うっ……貸せよ。自分で言う…」
バツが悪そうにしながらもなにか覚悟を決めたようにも見えた。そして受け取った受話器から聞こえる大我の声にまた少し委縮してしまったが、一度決めた事だからと勇気を振り絞って声を掛けた
「よ、よぉ…」
『あぁ良かった、それでなんで三沢さんが厳島カガリと…それと、俺の事は知ってたんですか?』
「まぁな…その…なんていうか…うっ…うぅぅ…」
『え…? 泣いてませんか? 三沢さん? もしもーし!?』
「ご、ごめんなぁぁぁ!!! 大我ぁぁぁ!!!」
『もう何なんだよ!? 話さないなら厳島に代わってくれよぉ!!』
結局自責の念からろくに話せなかった晴香に代わってカガリが全ての経緯を説明する。自分達が友人になった経緯や、晴香が代理出産を請け負った経緯も。そして今もなお表札が"如月"のままなのも今は亡き大我の義理の母、如月幸枝との思い出を残しておきたいからだという事も
もちろんそんな事まで看破出来る訳も無く、聞き入ってる大我にとっては寝耳に水だった。たった一年で義理の両親を失い、血の繋がった妹と出会い、遺伝子上の母親と出会い、二転三転してまるで映画だった。 あまりに急すぎた事もあって少し整理する時間が欲しいと言って通話を切るとイズミの顔を見る。イズミは俺がここまで驚いている事に驚いていた
「兄さんはもっと冷静で居られると思ってたわ」
「俺も…そう思ってたんだけどさ…なんだろう、フィクションが過ぎるわ」
こんなにも様々な事が起きているにも拘らず、それらの殆どが大我の気まぐれで起きている事にも驚いていた。もしも神田邸を訪れる事無く海外に行っていたら…もしも厳島カガリからのコンタクトを無視していたら…三沢晴香の家を訪れていなければ。これが運命という物なのだろうか、現実主義者の大我もこの時ばかり運命論者の気持ちが分かった事だろう
その後の動向としては数日後に三沢晴香の家で直接会う事になった。元は如月邸という事もあって大我も気を楽に話せるだろうと言っていたが逆に緊張してしまう。RPGのラストダンジョンが始まりの村の近くだった時みたいな気持ちで要らぬ気負いが生まれてしまうのだ
この日は珍しく何をしても手に着かないふわふわした状態で、イズミと一緒に寝始めてから初めてすぐに眠る事が出来なかった。イズミも俺が眠るまでは起きていてくれたが特に言葉を交わすでもなくただ傍で寄り添ってくれていた
あまりにも唐突で、自分が嬉しいのかすら分からない
会ってみれば何か分かるのだろうか?
この日は久しぶりに夢を見なかった




