第六十一話 秋の味覚を堪能する!
地獄の人生ゲーム、その後
翌朝起きるとまだ大田さんと朝陽さんは寝ていた。この酔っ払いどもめ
起きていたイズミはよっぽどの空腹で俺の事を起こそうとしていたらしく、タイミングが良かったと思ったがもう十時前じゃないか。 いつもは八時頃には朝飯を食べるものだから、イズミとしては本当によく我慢したんだろう。申し訳ない事をした
「おはようございますー」
「あら、大我くんも泊ってたのかい?」
「えぇ、帰ろうとは思ったんですが…まぁ色々とありまして…」
大田さんの両親とはもう顔馴染みみたいな物だ。酔い潰れた大田さんを運んだりもそうだが、何より自分の娘が素性も分からない高額バイトに手を出していたら心配で堪らないだろう、と一応説明に伺った事もある。イズミの事は昔から聞いていたらしく暖かく迎え入れて貰っている
電子レンジを借りて昨日持って来たインスタントの米を暖めている間、オーブンで揚げ物を暖める。昨日の夜に差し入れした揚げ物を食べてくれたらしく旦那さんは大層喜んでいたそうだ。やはり揚げ物は男に食わせるに限る、今度機会があれば手料理を直々に振る舞いたいとさえ思う
お礼を言って大田さんの部屋に戻るとイズミは空き缶とコップが散乱したテーブルの上を片付けて待っていた。飯の事になるといつもより行儀が良くなるんだな、と朝飯をスタンバイしながら笑った
「揚げ物、衣サクサクでしょ?」
「まあまあね」
「レンジで温めると水分でべちょっとなるけど、オーブンだとカリっと戻るんだよ」
「文明の利器ね」
「そういう事」
朝から揚げ物とパックの白米二つを平らげたイズミはまずまず小腹が満たされた様だ。いい加減にこの酔っぱらいどもを起こして帰らなければ…放送を二日もしていないんだから気がどうにかなってしまいそうだ。重度のワーカーホリックになっている自分に恐怖した
大田さんはすぐに起きたのだが朝陽さんはうだうだとまだ起きる気がなさそうだ。これだから年寄りは面倒なんだ…と言うとゆっくりと起き上がって不服そうな目を向けて来た。子供じゃあるまいし…
大田家を後にした俺達は二日酔いの朝陽さんを家の中に放り投げ自宅に帰る途中、秋の味覚フェアというのぼりを見つけた。昨日は朝陽さんとイズミが居たから野菜の天ぷらなんかは作らなかったが、秋と言えばやはり山の幸が美味しいんだよな…としみじみ思う。
しかも海鮮は秋刀魚の季節、辛抱たまらんとハンドルを切り件の店に向かうと秋刀魚を二尾、舞茸と栗も買った。意外かもしれないがイズミもキノコは食べられるのだ。野菜でも肉でもない、何なのこれ?とは言ってるが美味しいらしい。今日はこれと鶏肉で炊き込みご飯にして食べよう、俺の腹も大きな音で返事をした
家に帰ると突発的に料理配信を始めた。炊き込みご飯なんて手間がかかると思ってないか?そんな事は無い、鶏肉、キノコ、栗、醤油と酒を入れて生姜も少々。これで完成だ
配信が無かった事を謝ると意外にも視聴者からの返事はさっぱりとしている。もっと仕事なんだからちゃんと配信しろ!!なんて言われるかと思ったから拍子抜けしてしまった
なんでも俺は配信しすぎで、一度でも見逃すとアーカイブを見ている間に次の配信が始まってしまい、リアルタイムで見るにはいくつかの動画は諦める事になるそうだ。自分の配信なんか見返さないので盲点だった…確かに毎日配信してると感覚がマヒしてくるけど社会人なんかはとても追えたもんでは無いと思う。毎週どこかで休みを取る事も検討しよう
朝飯の為に秋刀魚も焼き始めると視聴者からは悩ましい声が聞こえる
【うちは秋刀魚じゃなくて鮭食べてる。ホイル焼き】
そう、秋は鮭の季節でもあるんだ。キノコと一緒にホイル焼きをして…えのきやしめじといっしょにホイルの中で閉じ込めてバター醤油で…く~!どっちもいい!! でも今日の俺は秋刀魚な訳で。大根おろしを擦ってその中にゆずの皮を少し…ポン酢か醤油かでもまた悩む、まったく楽しませてくれる季節だ
焼き上がりと炊き上がりを待つ間に視聴者の秋ご飯をSNSから見てみるとやはり肉料理はほとんど見られなかった。イズミには少し酷な季節か…と可哀想に思ったが一枚の写真を見て思い直す
「これ、米農家の人!? 大変そうだね~…凄い量だ」
そう、秋は稲刈りの季節。普段は中々お目に掛かれない新米がスーパーやコンビニにも並ぶ季節だった
米大好きなイズミにはこっちの方面で楽しんで貰う事にしよう、肉なんか年中旬なんだから新米に牛肉乗せて食わせれば満足だろうし、たまには土鍋で炊いたりもしてみようか?と話していると米の炊き上がる音がした。実は先程から醤油の焦げたいい香りがしてたんだ
炊飯器を開けると湯気に乗って日本人を殺す匂いが立ち昇る…これだこれ!そこには一緒に入れた栗の香りも、キノコから出た出汁の香りもある。秋に食べられる旬の物は大体鼻でも楽しめるから何倍も美味しく感じるのだろう。嗅覚だって味覚の一部だから
底からかき混ぜると案の定おこげの部分が顔を出す。炊飯器でもこれが出来るなんて日本の科学は食に対して貪欲すぎるだろ、でもありがとう。おかげで今日も美味しいご飯が食べられます
秋刀魚の焼き上がりを待つ間にイズミのおやつ代わりに一杯よそってあげる。一杯と言ってもどんぶりだから一合くらいは普通にあるのだが、それを見越して三合炊いてるので問題ない。 イズミには珍しく開幕から口の中へ放り込むのではなく香りなんかを楽しんでいる。旬を楽しむその心、雅だねぇなんて俺も嬉しくなり眺めてしまう
うんうんと咀嚼するイズミを見るに大成功だろう。秋刀魚の様子はどうだろうか?うん、食べ頃だ
ふつふつと皮目が躍る秋刀魚を皿に引き上げその横にはゆず入り大根おろし。なんて贅沢な一品だろうか、よくぞ日本人に産まれけりと言った感じだな
自分の炊き込みご飯も持って来ると汁物が無い事に今更になって気付く、お吸い物でも作ればよかったと後悔するがまだまだ秋も長い。今度は松茸のフルコースなんかも作ってその時に飲むとしよう
まずは炊き込みご飯から、醤油の染みた鶏肉は油が程よく落ちて噛む度に中から吸った出汁を溢れさす。いつもはパサパサで食べ辛い胸肉にはこういうポテンシャルがあるんだ、安いし量もある。大家族を持つ家庭の秋はこれで決まりだろうな
キノコもよく染みている、普段はおかずと呼ぶには少し頼りないがこの炊き込みご飯においては鶏肉を差し置いて圧倒的主役。箸休めに入れた栗もありがたい、これは何度かローテーションしてしまいそうだ…さてさて、お次は秋の定番である秋刀魚に参りますか
魚の食べ方に一過言ある人も居るだろう、食べる順番や骨の外し方にこだわりを持っている人はあれこれ言ってくるかもしれないが誰が何と言おうと俺はこれ…腹を丸かじりだ
内臓も小骨も気にならないという人は是非一口目をこの様に食べてみて欲しい。口の中が秋刀魚のみで満たされて想像する数倍の幸福感が押し寄せてくる
パリパリの皮を味わいながら身をほぐし、次は大根おろしと一緒に行こう。今日はポン酢だな、これだけ味が濃く脂ノリノリな秋刀魚ならサッパリと柑橘系が合うだろう。大根おろしにゆずを入れた俺グッジョブだ
焼き魚にはこの少し水っぽいくらいの大根おろしが合う、味が薄まるのでは?と思われるだろうがしっかり水切りを済ませてしまうと思いのほか調味料を吸ってしまい、逆にしょっぱくなってしまうから俺はこっちの方がお気に入り。しかし美味いなこの秋刀魚は、白飯も欲しくなってきた
炊き込みご飯に秋刀魚、過ぎ去った夏の日を懐古し寂しく思っていた折にこんなサプライズが待っているなんて…お月見くらいしかイベント事の無い秋という季節において、日常に根付く食事こそが何よりのビッグイベントなのだろう。晩は鮭にしよう、ごちそうさまでした
これだけ満足のいく食事は久しぶりで、この秋は一日も食べる事を妥協したくないという気持ちが強まった。なので視聴者にも協力を仰ぎその日食べた美味しい食事をSNSに掲載して貰えるように頼んでおく。 これで気になった写真を放送内で紹介して次の料理枠で作ればみんな幸せだろう、何より俺が幸せだからと言って配信はいったんお開き
早速タグを用意してSNSで検索してみると、去年の物だったり今朝の写真を掲載してる人がすでに居た。ナスビか~、デザートにモンブランや梨もいいな…やっぱりこの形態をとって正解だなと満足気にしていると普段は通知なんか来ないのに未読のメールが来ていると言われている
なんだろう?運営からの告知か何かかと思ったが見覚えの無いアカウントからメッセージが来ている。変な炎上系だったり格闘家系の配信者からコンタクトが来るようになって相互フォロー以外は受け取らないように設定してたのに…どういう事だろうか?
見てみると"バーチャルアイドルカガリン&ハルカ"というアカウントだった。なんだこれ?こんなアカウントフォローした覚えが無いんだが…ハッキングか?いや、それならSNSで接触して来る訳無いか…過去の投稿を遡ってみると見覚えのある物がチラホラと…なるほどなるほど…
これ魔訶研の厳島カガリのアカウントだろ…大学の頃に講義を受けた事がある空想科学の第一人者だ。もうそこそこ良い年齢だったと思うが今こんな事やってんのか…しかもコラボ依頼のお誘いって…嫌だよキツイ、なんで四十過ぎの顔見知りが萌え声で喋るのを聞かなきゃならんのだ。断固拒否する、しかも相方まで居るのかよどうなってんだ
昨今は恵まれない容姿でも内面が好かれれば伸びるこういうコンテンツが増えている。それは素直に喜ぶべき部分だな、だが厳島、お前はダメだ。やたら馴れ馴れしかったのを覚えているし金銭面で苦労しているなんて話も聞く、金をたかられるのは御免だから無視しておく事にした
* *
「あんれ~? なんでこんなセクシーなアバターなのに食いつかんのだ?」
厳島カガリは悩んでいた。中々コラボの依頼を出しても気付かれないというか、スルーされているのではないか?と感じ始めたからだ
「大我クンはセクシーボインはお気に召さないのかな~? じゃあこれならどうだ…」
現実とは正反対にカガリのアバターは身長170㎝を超える長身にカウボーイスタイルでへそ出ししてるアメリカンな"ボンキュッボン!"という調子だったが、男が食いつきそうな女性のイメージが既に年齢を感じさせる。
対照的に三沢晴香のアバターは小学生では無いか?と思わせるくらい小柄でつるぺったん。声を出せば完全にヤニでやられた喉からドスの利いた声が聞こえてくるのでギャップで受けてるらしい
こちらで送っても返事は来ず、最終手段に打って出るカガリ。これでは大我もコラボの誘いに乗るしかないだろう。カガリは自信満々だった
* *
「うるせぇなコイツ…もうブロックしようかな…」
やはり意図的に無視していた大我、そんな所にカガリの秘策が送られてきた
「なんだこれ…? う、うん…? おいマジかこれ!?」
送られてきた内容とはスーパーヒーローが現実で変身した際のパンチ力やキック力を記した秘伝の書。こればかりは空想科学という分野に明るくなければ算出する事が難しいだろう、興味津々に見ている大我だったがデータはいい所で途切れていた…
気になる…スーパーダイノブラスターを衝撃吸収マット何枚で受け止めきれるのか…
しばらくは無視していた大我だったが、あまりにも気になりすぎてその日の夜には連絡を返してしまった




