第六十話 人生ゲーム
【前回のあらすじ】健気な朝陽さんが持ってきた人生ゲームを酔っぱらった大田さんの家で遊びます
人生ゲームとは、盤上を進む駒の歩数をルーレットで決め停止したマスに書かれてる内容が人生に反映される、運要素強めの人生追体験ボードゲームである。
「じゃあ持ち金はそれぞれ一千万からですね。順番は俺、イズミ、朝陽さん、大田さん。行きますよー」
カラカラと音を鳴らして動くルーレット。止まった数字の分だけ進み今回の場合は四マス先へ、そして駒の下に書かれている事象が起こるのだが
"買っていた株が高騰! 八百万もらう"
この場合は用意されている銀行から資金が支払われ、俺の持ち金が一千八百万となる。大体の流れはこんな感じだ
これを四人で順番通りにやって、最終的にゴールした時点での収支や職業を総合して勝者が決められる。もちろん他の人よりも早くゴールすればそれなりにボーナスも付与されるので、目先の金額か最後のボーナスどちらを重要視するかで展開も変わってくるのが面白い部分だ
人より早く人生を終えたらボーナスを貰えるというのも皮肉が効いてるな
次はイズミの番で、三を出したイズミが止まったマスは
"交通事故に遭ってしまった! 保険に加入していなかったので二百万失う"
これは今の段階では不可避のイベントだが、後々保険に加入するかどうかを選択しそこで加入していれば逆に五百万貰えるイベントマスになる。 こんな風に人生を左右する決断もあるので慎重に選択したい所だ
朝陽さんは最大出目の六を出したが、止まったマスは三マス戻る。この様に来た道を戻されるマスも存在し、酷い物だとゴール直前に存在する "ふりだしに戻る" というマス。 ここに止まってしまうと一番最初からやり直し、勝ちの芽はほぼ無くなってしまうので絶対に止まりたくない所だ。そして朝陽さんはイズミと同じマスで二百万失った
「いよぉ~しぃ私の番ですねぇ~/// おりゃ~!///」
「大田さんそれサイコロ。ルーレットを回さないと」
「んぇ…?/// 七ですよ…?///」
「そんな出目無いよ、何でサイコロ二個振ったんだよ」
完全に酩酊状態、寝かせた方がいいのは百も承知だが人生ゲームの人数が足りなくなり結果として朝陽さんを悲しませる事になってしまう。それだけは避けたいのでなんとか介護しながら完遂する外ないだろう。"やれやれ、気苦労が絶えないな…"なんて現実世界で思う事があるんだな、ちょっと感動したわ
大田さんはルーレットを回して奇数なら損失、偶数なら利益の出るマスに。もうこいつに干渉させないで欲しいが大田さんはルーレットを回せるのだろうか?頼むぞ大田さん
「はいイズミさんにお金あげちゃ~う///」
「やったわ」
「癒着すんな、返しなさいイズミ。汚い大人にだけはなるんじゃない」
「お義母さんにも~///」
「ありがと~!///」
「おい汚い大人ァ!!」
マズい、このゲームをやりたがっていた当人の朝陽さんにも少しずつお酒が回って来て健常な人間は俺とイズミだけ。しかしイズミはどこまでも欲望に忠実、実質人間は俺だけとなってしまった…こうなったら気付かれない程度に俺がゲームを進行してさっさと終わらせるしかないか。 大田さんの代わりにルーレットを回し、偶数が出たので大田さんの懐に四百万を追加すると次は自分のルーレットを…なにが楽しいんだこの遊びは!
「俺はまた金貰えるマスか…別に勝ちに徹してる訳じゃないんだけどな…次イズミ…イズミ?」
「ちょっとトイレ行ってくるから兄さん回しといて」
「あ、あぁ…」
遂にイズミの分までやりだしちゃったよ。朝陽さんと俺のタイマンじゃねえか、もっと真面目に人生生きても良いんじゃないの?三マス戻る…また二百万失ったしなんだこのゲームは
「また六が出たわ~/// 職業マスってなにぃ~?///」
「ここに書かれてる職業になれるんですよ、希望する職種によって条件変わりますけど」
「何になりたい~?/// う~ん…お嫁さ~ん///」
「あーあ、もうバカになっちゃったよ」
帰って来たイズミが一発頭を引っ叩いてなんとか就職させる事には成功したが、この先何度もこんなやり取りがあるのかと思うと目眩がした…このまま酔い潰れて寝てくれと祈るばかりだ
「大我さんのぉ~…ボケ!/// いち、にい、さん…っと///」
「ぶち殺すぞテメェ…」
「い、イズミさんとキス~!?///」
「なんて都合の良いマスなんだ」
「いいわよ」
「いいんだ、まかり通るんだ」
「じゃあ私もチュ~///」
「…じゃあ俺もしちゃおっかなー!!!」
大我も理性を捨てた事により、この空間は混沌と化した。
中間地点では持ち金トップが大我、ゴールに一番近いのが朝陽だったが雲行きがドンドン怪しくなってきた。大我のターンに回ると全員がなんだかんだ理由を付けてルーレットを大我に任せ始めたのだ
イズミの分を回し、銭勘定を済ませると朝陽の分も回す。職業の選択肢すら任され次はまさみの分……こんな状況でも大我は文句一つ言う事なく淡々と人生ゲームをこなしていた
「えっと、俺が三マス進んで朝陽さんから六百万のご祝儀を貰う…貰いました…次はイズミがニマス進んで…あぁ三マス戻ってしまった…イズミは中々抜け出せないなぁ…朝陽さんは…」
ぶつぶつと独り言を繰り返しながらルーレットを回し、駒を進め、金を授受する。何かに取り憑かれたかの様な執念に他の参加者はと言うと…いつの間にか眠っている。 先程は鬱陶しさのあまりに眠ってくれ!なんて言っていた大我だが、今では熱中するあまり自分で回したルーレットで他人の運命を決める事に何の疑問を持っていないようだ
三途の川で詰み石をするかのように大我の手は止まらなかった
何度も回し、進め、払う。永劫ともいえる地獄のループを続けた先に在るのは待ちわびたゴール、踏めるのか?ちょうど、ピッタリと。溢れてしまった数字はその分引き返す事になる、一歩ゴールからはみ出してしまえばそこに待つのは"ふりだし"の文字
如月大我、子供二人を乗せた駒の向かう先は"五マス先"のゴール!
それに対して出た目は 【 六 】 出た目は 【 六 】だった
歪む視界、眩む脳内、駒を戻す手は震え本能が抗う。帰りたくないと!
──しかし無慈悲、アガりの権利を持つ四名のうち一名が脱落
その後も惨憺たる結末。動く駒にはそれぞれ名前があるものの…動かす人はただ一人如月大我のみ。そうそう奇跡など起こるはずも無く
如月イズミ、ふりだし!
神田朝陽、ふりだし!
大田まさみもふりだしへ!
頬を流れる涙の一筋、拭う事も忘れ、回す。更にルーレットを、回す、進む、払う、受け取るうッ!!!気が狂うほんの一歩手前、空前絶後、大チャンスが訪れる!!
"全ての駒が残り三マス"アガりへの権利を鼻先まで手繰り寄せた──
四度の試行回数で六分の一を引く確率は"およそ四割"
一度でもいいから引けばいい。やってやれない確率じゃない
如月大我、渾身のルーレット…回る針先が示した数字は
【 二 】
またもふりだしに戻る
「ちくしょう…なんで…なんだって俺がこんなぁ…」
大我の脳裏によぎるのは楽しかった晩までの記憶、揚げ物を食べ酒を飲み、皆で楽しく始めたこの人生ゲーム…戻りたい…帰るんだ、俺はこの地獄から抜け出してあのなんでもない日常へ…!!
【 二 】
策成らず。クリア出来そうな雰囲気を自ら作り、勝利BGMの流れそうな所から回せば何かが変わるかも。その思いは実らず無慈悲にもふりだしへ、如月イズミの魂ごと持って行かれたのだ
何も考えるな、俺の心が言っている。数字を指し示す針の先をイメージする事なんか無い"マーフィーの法則"だって『考えられる最悪の結果は得てして起こるものだ』と言っていた。ならば考えない時こそ本当に望まれた結果が訪れるという事。なにも考えず、俺は俺のままでルーレットを回す──
【 二 】
万事休す…か。自分に負けた。他人の作り出した理論に頼ってしまった…出来る事なら代わって欲しいと…責任の肩代わりを頼んでしまった…その時点で俺の負けは決していたんだ…
──そのせいで最後の一回まで、もつれ込んだ
頭が痛い…すでに三度の失敗、しかもそれぞれが最善を尽くした結果でありこれ以上の足掻きは不可能だと分かっている。
俺の手ではとても進めない…人間とは、一人で生きる事は出来ないんだ…怖い、ふりだしに戻される事が
「大田さん、大田さん起きてよ…」
「んぅぅぁぁ……///」
「大田さんの番だよ、ルーレット回して」
「んぅ…はい…?///」
やった!目を覚ました!このままやらせよう、そうすれば結果がダメだったとして俺のせいにはならない、寝てしまえばいいだろう。さぁ早く振るんだ、最後の供物はお前だァ!!
「じゃあほら、ここ回して…ね?」
「あい…あーい…いきゃぁすよぉ…あい…」
カラカラと小さな音と死んだ勢いのまま回ったルーレットの先には【 三 】という数字が止まっていた。四番手大田まさみ、堂々のアガりである。
最終結果は出なかった。俺は参加者全員ゴールに導く事を諦めたんだ…あれだけ苦労して積み上げた物はたった一度のルーレットによって崩れ去った。 それを三度も経験し、心に傷を負った俺とは対照的に大田さんは一度のチャンスをきっちり決めきったのだ…俺の今までの努力とは一体
悔しさと嬉しさが混ざり合った複雑な感情のままに、大田さんの駒をゴールに置いた瞬間俺は意識を手放した
──案外人生とはこういう物かもしれない




