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第五十八話 皆が知っている貧乏メシ

 


 この如月大我という男、生来貧困などとは無縁。故に惹かれるという物よ

 端的に言えば"マンガとかで見る節約飯が食べてみたい"という事

 視聴者はこの俺を満足させる逸品を持ち寄る事が出来るだろうか?


 いざ尋常に──




「イズミがめちゃくちゃ怒っているけど気にしないでくれ」



 開幕からイズミが怒っている理由は後述するが、まあ大した事は無いので安心して欲しい。それよりも視聴者が持ち寄ったレシピがメールやSNSを駆使して相当な数集まっている



 この中からより侘しく、実用的な料理を"最高級貧乏メシ"として優勝作とする。安ければ高得点とかだと米に水入れたり塩だけで送ってくる人も多いと思ったから、少しだけ常識の範囲でやらせてもらった。



 最初の作品は"高級卵かけご飯"か。これは期待できそうだが…どれどれ?



「材料は卵二個、米一合、かつお節、醤油もしくはめんつゆ。以上だそうだ」


「え~調理工程は、炊き立ての米にかつお節と調味料、その後目玉焼きを乗せ更に調味料」



 何とも侘しく、しかし味も想像できる良い料理じゃないか。という訳で実際に作っていこう



 目玉焼きを作り出す前に米をよそい、かつお節と調味料を掛けて置く事がポイントらしい。なるほど、これでかつお節から出た出汁を米に染み込ませて味覚を刺激する訳か。 どれだけ味を生み出すかという点がしっかりと考えられている貧乏メシだ



 半熟に出来上がった目玉焼きを丼に乗せ追い調味料をすます。さぁ実食!



「いいよイズミ」


「だから嫌だって言ってるでしょう。肉食わせなさいよ」



 冒頭から不機嫌だった理由はこれである

 流石に全部の料理を俺一人で食す訳にはいかないので、野菜や海鮮を使わない貧乏メシはイズミにお願いしている。 しかし日頃から美味い飯を食いすぎているせいで我侭になっている様だ。これはいい機会なので貧困に苦しむ視聴者の気持ちも理解してもらおう



「出て来るかもしれないだろ? 肉入りの何かが…」


「ある訳ないじゃないそんなもの。なによこれ? 丼が不味い顔してるもの」


「いや美味しいって、卵とかつお節だもん。不味い物入ってないもん」


「これで不味かったら自分で作るわよ…」



 一口食べたイズミは更にもう一口、ドンドンと箸が進む。


 それもその筈、最初に乗せて置いたかつお節は目玉焼きと米の熱に挟まれもう食べ頃シナシナだ。しかも醤油も吸っているため、噛めば噛むほど口の中はジューシーなエキスに包まれなんなら濃すぎるくらいだ



 そこで活躍するのが半熟にした目玉焼きの黄身、これが口の中で暴れた塩気をマイルドにしてくれる。完璧な比率で支えられた貧乏メシ、これは文句なしの十点満点だろう



 視聴者の中には『これにごま油を掛ければもっと~』などと言っているたわけも居るが、一本三百円もする高級品を買うくらいなら卵を買い足し、これを量産するのが貧乏って物だろう。この企画でそんな暴論がまかり通るならここにすき焼き乗せた方が絶対美味いわ。みんな真似するよ



 しかし現実とは非情、そんな食べ方を出来ない人が多いからこの企画は役に立つ。イズミもすっかり完食しているのだから、味もお墨付き。 是非皆さんも作ってみてください



「次の料理は…貧乏メシの定番"梅豆腐パスタ+鶏ガラスープ?" スープの方はくれぐれも具材なしでお願いします。だって」


「梅干し嫌いだから兄さん食べてよ」


「うん、でもスープかぁ…値段掛かりそうだけどなぁ…」




 それから普通にパスタを茹でて、具無し鶏ガラスープを作って、茹で上がったパスタに梅とカットした豆腐を乗せて、上からポン酢を回しかければ完成。大丈夫かこれ?



「作った人が貧乏すぎてバカになったんじゃないかって心配になるんだけど」


「豆腐で何とかしようとしてるのがムカつくわね」


「まぁ…スープとポン酢しか味の逃げ場が無いけど食べてみよう。いただきます」



 パスタを食べる、ポン酢味


 豆腐を食べる、ポン酢味


 梅を食べてパスタを食べる。酸っぱい


 余りにも予想通り過ぎた味にう~ん…と頭を悩ませた大我だったが、スープを一口すすると急に笑い出してしまった。これは経験した人しか分からない、驚きの現象が口の中で起きているのだ



「ふっ…w ふははは…w "いなくなった"」


「なにが?」


「ふ…w 酸味とか全部が居なくなった…w」


「まさか」



 この時は大我もただただ面白いだけだったが、食べ進める内にこの料理においての主役が見えて来た。そう、豆腐である



 酸味から逃げるようにスープへ、また酸味、スープと繰り返していると次第に舌は敏感になり、豆腐の奥の方にいる大豆がこちらに歩み寄っているのだ。あれ?お前こんな味だっけ?と驚くほどに豆腐味を感じる。



 パスタは無慈悲にもポン酢を表面で弾き、その為パスタの御供として梅は機能する。では豆腐は?というとパスタの小麦っぽい味に飽きた時に救世主として現れる。食べ進める最中に邪魔だから避けて食べていた、するといい感じに砕けてポン酢を吸っているのだ




 きっとスープに具材なんか入れていたら味を感じてしまい、豆腐は最後まで邪魔な奴扱いで終わっていたんだろう。野球漫画で最後に加入した奴が四番を打つのはこういう原理なのかもしれない。 他の奴らが素人すぎて相対的に上手く見える現象、事実俺はもう豆腐に感謝し始めている。よくぞ来てくれた!と肩を組みに行ってしまった



 全部が上手い事嚙み合って美味い料理では無く、貧乏の時でも食べられる工夫をしている所が高得点だ。酸味が苦手という人も多いようなのでそこを考慮して九点だろうか、食べてみたら面白かったので俺は好きだ



 そして次は、肉料理…だと?バカな、今までのラインナップを見て肉料理に出会う日が来ると誰が予想出来ただろうか?俺は自分の目を疑った



 スーパーで売られている四枚入りの豚バラ肉を見切り品で四十円か…これは確かにルール違反ではないが、この瞬間近所にスーパーなんか無い田舎者は除外された。そんな奴らは野菜でも作っとけという挑戦状だろうか?少し厳しめに採点する必要がありそうだ



 出来上がった物もただの焼いた豚肉。食べたイズミの反応も普通に肉だと言う



「これを投稿して来た君に言っています。だからお前は貧乏なんだぞ」



 確かに彼は何も生みだせなかった、だが今の日本では誰も傷つけない人こそが稀少だ。めげずに他の誰かを幸せにしてあげて欲しいと大我は言った。



 そして時間的には最後となる貧乏メシは…もやし丼だった



「来ちゃったよ本当の人…もやし以外選択肢に無い人だ…」


「じゃあ兄さんが食べて終わりね。普通に肉食うわよ」


「いや、せめて見守っててくれ…何も面白くなかった時が不味いよりもツライから…」



 レシピなんか必要ないだろうと思ったが、小癪にも牛脂とチューブにんにくなんかを使ってやがる。無駄な足掻きしやがって、お前が食ってるのは結局もやしなんだぞ



 米、もやし、以上!味付けは醤油を仕上げに少々。匂いはニンニク醤油のおかげで食欲をそそるが、いざ口にするとアレなんだと考えて気乗りしない。それでもこれさえ食べればいつもの日常に帰る事が出来るんだと大我はもやし丼に手を伸ばした



 ハチャメチャに美味いじゃないかこれ



 牛脂が最高だし、小指程度のニンニクでも元々の味も香りも全く無いもやしに合う。塩胡椒と醤油が無ければ食えたもんじゃないが、逆に言えばそれだけで環境は激変する。食えるどころじゃない、美味いぞコレは!!



 この牛脂というのが最大のポイントだ、しかし精肉店に行って牛脂だけ下さい…なんて芸当がこれを見ている視聴者に出来るだろうか?実際に作るのは厳しいかもしれないが、今回食べた中でこれが一番美味かった。ダントツだ




 総合的に言えば最初に出た目玉焼き丼かな?かつお節も卵もいつでもどこでも買えるし、調理時間も極端に短い。これに味噌汁でも付いていたならそれだけで三食行けそうだ




 今は恵まれた環境の中で、人によっては投げ銭や広告費で懐が膨れた配信者も多いだろうが、配信だけでは食べられなくなった時の為にこのレシピを覚えておくと良いだろう



 この食事の後に食べたカップ麺は何倍も美味しく感じて、普段はやらない汁の中に米を入れる奴もやってしまった。高級な物は確かに美味しいけれど、それしか食べられない人間じゃなくて良かったと心から思う



 明日は贅沢にネギでも買ってきてしまおうか?と思ったが酒をしこたま飲んでいる時点で節約も何もない事に気付いた。最悪何を食べても生きて行けるが、酒だけはどうにもならん



 頭の中を普段通りの金銭感覚に切り替えたらスッと肩の荷が下りたというか、やはり貧乏は気苦労が絶えないのだと自分の恵まれた環境に感謝しながら眠りについた



 翌朝、不思議と二人は目玉焼き丼を食べていた




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