番外編 バーチャル科学者ちゃん登場!
ここはバーチャル学園高等部!
私はそのバーチャル学園で化学教師を務める"伊賀グリ"
新任教師なのに教え子たちは真面目に授業を受けてくれないし…同僚の先生も適当な人ばかりで気苦労の絶えない毎日で…
ストレス大爆発なのだ!!
ウソなのだ。もう四十を過ぎた本職科学者のBBAなのだ。
しかしこのバーチャル空間を用いた配信というのは非常に興味をそそる物だった。実際に経験してみると魅力はあまりなかったがね
日常の中から非日常を産みだすというのは私が専門としている空想科学で重要な部分だからね。生活している間に気が抜ける時間など存在しない、当たり前になっている事象を疑問に思うアンテナが重要なんだ、理解出来たかな?
分かりやすい所で言えば"ほにゃえもん"に登場する空中移動システム"ほにゃこぷた~"を使用すると現実世界ではどのような事象が起こるのか?これを真面目に考える機関が私の所属している"空想科学摩訶不思議研究所"であ~る!巷では通称"魔訶研"とも呼ばれているな。
だから私の演じる伊賀グリに関しても、他の演者に比べてバーチャル世界での矛盾が少ないと評価が高いのだが、それもその筈すでに真面目に研究しているのだから。
伊賀グリと言えば化学教師という設定について踏み込んで解説するとだな、通常高等部で学ぶのは"科学"として記載されるのだが、このバーチャル学園においては"化学"と表記されている。これによって生まれる違いとは何なのか?
化学とは科学の中の一分野にしか過ぎないのだ。知らなかったろう?
小、中学校で科学を学ぶとすれば"理科"として表記されていただろう。理の科学と書いて理科になるのは分かるね?
では化学とは何に適用される言葉なのか?それは自然科学の一部門に対する呼称であり、物がどのような構造で作られているのか?事象に対して物質がどう反応するのか?それを探求するのが"ばけがく"の本分。科学というジャンルの中の化学という分野な訳だ
それを踏まえると、この伊賀グリちゃんは不自然ではないか?なぜ"科学教師"ではなく"化学教師"なのか?それはこの伊賀グリという女性は"科学教師なんかでは断じてないから"に他ならない。先程の説明に出て来た物質構造や相互反応に対する知識の深さを持つ彼女の実態とは…!
忍者である!!
古来より伊賀家はモノノ怪に対する政府お抱えの忍集団であり、その術は実にモノノ怪相手に効果的な物が多かった。化物に対抗する学術で化学として後世に伝わっているのだが、その伊賀流化学正統後継者がこの伊賀グリという教師なのだ!!
どうだい?運営会社のたった一つの誤字からここまで設定を広げる事が出来るんだ。歳は重ねてみるものだとは思わないかね?きっと私が科学者でなければ矛盾を突かれて誤字として認める事しか出来なかっただろうが、そこが腕の見せ所だよ
教師でも何でもない私が視聴者に対して、ふとした時に知識を披露できるというのは気持ちが良かったが、なんとなくしか伝わらない事の方が多く却って手間に感じる事の方が多かったよ。今でも続けてはいるが、実入りの良い仕事でもないしそろそろ潮時かと思っていた時分に見つけたんだよ。
"金のなる木"をね
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伊賀グリ:こん~^^
三沢晴香:その名前いい加減変えろ
伊賀グリ:身バレ対策なのだ^^
三沢晴香:その喋り方もやめろ
伊賀グリ:三沢っち一緒に配信しない?
三沢晴香:絶対ヤダ
伊賀グリ:え~、暇な癖に
三沢晴香:忙しい
伊賀グリ:ゲームっしょ?
三沢晴香:悪いかよ
伊賀グリ:それを配信でやろーって
伊賀グリ:"同じ子を持つ"同志としてさ?
三沢晴香:それこそ大我とやれよ
伊賀グリ:男の人とはちょっと^^;
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バーチャル化学教師"伊賀グリ"として配信している彼女の本名は"厳島カガリ"如月大我の出生の際に卵子を提供した女性。遺伝子上の母にあたる人物だ
なぜ大我の出産を請け負った三沢晴香と親しげに話しているのかというと、彼女が魔訶研で働く以前の職場が、神田慶二の精子や厳島カガリの遺伝子を保存していた研究所だったからだ。なのでもちろん神田慶二の存在も二十五年前に知っている。
この厳島カガリという女性の容姿はボサボサ頭を無理やりまとめる為にカチューシャを雑にかぶり、清潔感もまるでない。身長だって150㎝も無いように見えるし目の下のクマなんかも酷いものだ。本当にあの高身長で眉目秀麗の如月大我の親なのだろうか?と疑問に思う人も多いだろう
彼女が卵子を提供するに至った経緯は単純。面白そうだったからだ
これだけで大我にしっかりと遺伝している事が分かるだろう。飽くなき研究の末に壊れてしまったマッドサイエンティストという訳でもなく、彼女は幼少期に二階から飛び降り骨折。車道で棒立ちし渋滞を引き起こす。そして学生時代に作った彼氏との初体験はほぼ逆レイプだったらしい。その彼氏との交際期間は三時間、一発やったら棄てたのだとか
好奇心旺盛というには病的すぎる気がするが、だからこそ研究者として大成し出版している本は数十冊。印税でウハウハと思うかもしれないが、彼女の好奇心にはいくらお金が有っても足りない
数年前には南アフリカの貧困した村に井戸を作るとか言って人件費込みで何百万も使い、あげく水源すら見つからずに水の泡。それでも彼女は笑っていた。"これぞ人生"と
そんな彼女だからこそ手軽に家の中で稼げる仕事が欲しかった。それでバーチャル世界に身を落としたのだが、聞いた話と違ったらしい。人気事務所に拾われなければこんな物かと落胆した所で今の時間軸に至ったという訳だ
伊賀グリ:バーチャルアイドルに男性関係は御法度よ?
三沢晴香:四十超えたババアがアイドル気取りかよ
伊賀グリ:人生経験は何にも代えがたい属性だよ
伊賀グリ:さあ私と一緒に新しい世界へ!!
三沢晴香:飯食うからじゃあな
伊賀グリ:ちょ!待って待って!電話する!!
なぜカガリはここまで晴香に固執するのか?それは友達が居ないからだ
元々この二人が出会ったのも遺伝子受諾許可証という物にサインをして、三沢晴香の胎内に受精卵を住まわせるのだが、その調印の際にカガリから連絡先を交換したらしい
謝礼として二億払われる事を知っていたから
職権乱用だと訴えられても仕方がないゲスな行動理由を晴香はいまだに知らないが"同じ子を持つ同志だから"という理由でまんまと友人関係になってしまったのだ。この詐欺師的発想が大我にもしっかりと受け継がれている事は言うまでもない
そして二十年来の友人である晴香は今や会社も起ち上げる大金持ちで、実ったのだ。あの時撒いた種が。しかし友情は本物、カガリも一緒にやるなら晴香が良いのだろう
「ねぇ三沢っち頼むよ~、老いさらばえたババアのままで人生終えたくないよ~! 一発デカい花火上げてさ~ヤンキー好きでしょそういうの?」
「誰がヤンキーだ…一人でやれよ空き家にも住ませてやってんだから」
「家賃はちゃんと払ってるだろう? それは契約、これは友情。別問題だ」
「屁理屈ばっかりこねやがって…」
「そういう仕事だからね」
三沢晴香がこの"元如月邸"に移り住む事になった時に、もしよければとカガリに提案し二つ返事で契約を済ませたのだ。当時のカガリは魔訶研に住み込み状態だったから風呂は週に一回のみ、という現代人とはかけ離れた生活をしていたので晴香もそれを見かねたのかもしれない
すでに晴香からかなりの恩恵を受けている様に見える厳島カガリだが、今回の一件においても何の勝算も無く話を持ち掛けた訳ではなく、まさに外道と言われるような秘策を持って来たのだ
「それにぃ~、愛しの大我ちゃんとコラボ出来るかもよ~ん?」
「……ッ!」
「配信、見てるんっしょ? お話してみたいとか無いの~?」
「別にこの前会ったからな…」
「"三沢晴香さん"としてでしょ? お母さん♡」
「喧嘩売ってんのかテメェ!!」
「やだな~大真面目に勧誘しているだけだよ~」
「私としても自分の遺伝子を分けた人間に興味がない訳でもない。それに、あの妹も随分と可愛らしい容姿をしているじゃないか? まさに金を産むマシーンと言った風体だ」
「また金の話かよ」
「科学に浪費は付き物さ、さあどうする? この切符を手に取るかい?」
「……」
考えておくとは言っていたけど、正直だね~三沢っちは。もう一押し何かきっかけさえあれば…私としても汚い手は使いたくないんだけどさぁ…もう歳も歳な訳で、いつ何が有るか分かった物じゃないだろう?
──神田慶二みたいにさ
遺伝子研究所に勤めていたという事は、神田慶二からの最期の連絡を受けたのも厳島カガリだ。大病を患ってしまった事を聞き、もう自分の命が長くない事を告げられた。同じ子を持つ遺伝子上の夫にだ
人間には無関心なカガリでも頭に残る出来事だったんだろう。妻子がいるという話も聞いてしまったし、都合の良い事にその子供は如月大我の家で一緒に住んでいるというんだから。会いたがっていたのは晴香だけでは無かったのかもしれない。
そして先日のSNS炎上事件をダシにして晴香に再度連絡を取ったカガリは見事バーチャル世界での相方を手にし、うだつの上がらない事務所を退所して個人勢として転生を果たす
そしてそう遠くない未来、バーチャル科学者とバーチャルヤンキーは如月兄妹と邂逅する事になるのだが、それはまたどこかで話すとしよう──




