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第五十七話 致命的欠陥人間 如月大我少年

 

「え~っと、次のメールは…」



 如月大我の気まぐれラジオは生放送で話題が尽きた時、視聴者からのメールを募りその内容に答えるという気まぐれかつ不定期、しかも不愛想な放送だった



【彼女の事が好きなのですが、最近マンネリ気味で…】


「別れちゃえば?」



【犬が欲しいですが猫も欲しいです。どっちがいいと思いますか?】


「二者択一で悩む経済力しか無いなら生き物飼うなよ」



【母が病気で何かしてあげられないでしょうか?】


「母親のいない俺に聞くデリカシーの無さを直す事」




 こんな感じで時間をかけて応えてあげればいいのに、バッサリと面倒臭そうに答えるので質問を送る方にも勇気が要る。にもかかわらず如月大我と言えば



「なんかメール少なくね?」



 お前のせいだろうと視聴者は全員思っている



「え~っと…これはどうだ?」


【僕は心を壊してしまい、三十歳を目前にして無職なのですが、面接で落ちるたびに世界から必要とされていないのでは?と感じてしまい、偉人の名言を聞いて心を癒しています。どうすればいいですか?】


「いるよな、そういう奴…まぁでも気持ち自体は分からんでもない」



 無職という同じ穴の狢に優しさが芽生えただろうか?

 思いの外親身になって相談に乗ってくれそうだ



「まぁな、働く事って日本の社会では当然の事として扱われてるけどさ、俺はそうは思わなくて…」



「お前らは全員不細工だし、死んでもいいような人間しかいない訳だけどさ…それに比べて芸能人なんかを見ると、別に面白くも無いのにテレビに出て、モテて、金持ちになる」


「世の中は平等じゃない、そして世間がお前らに優しくしてやる理由なんか無い。世の中から優しくされる人間になるしかないんだよ」



 厳しい様に聞こえるが真理である

 人は産まれた瞬間に決まってしまう要素が多すぎる

 よーいドンでスタートして、重りが付いている人は他の人より何倍も努力して、やっと隣のレーンの人と並ぶ事が出来る。並ぶだけで精一杯



「それと同じ様に、頑張れる量って人それぞれだと思うんだ」


「努力の許容量っていうの? それを超えると国は何を保証してくれる?」


「生活保護? あれを受けられるのも狭き門を潜り抜けた者だけだ」


「国から渡されるのは輪が出来た縄だけだよ。それだけだ」



 精神的な理由で離職した人間は国の審査を通らなければ何も出来ない

 不正受給を防ぐために厳しい審査基準を通らなければならない

 じゃあどうする?努力して不正受給する道を探す?

 そんなズルができるメンタルなら心なんか壊れず、仕事なんか辞めないで上手く生きて行けるだろう



「真面目なんだよ、今の日本で死ぬ人間は」



 勤勉なイメージだけが独り歩きしている日本だが、蓋を開けてみるとなんて事は無い

 結局は人間だ。勤勉さは日本だけの文化ではない、個人の裁量だけだ

 国会で寝るだけで金が入る議員も、そこで寝るまでは勤勉だったのだろう

 国に見捨てられない為に、努力をするしかないと気付くのは全てが終わった時だろう



「これを見ている学生は夢を見るのは結構、ただ社会に戻って来れる距離の夢しか追うな」


「社会に戻る為に苦労する距離の夢を見るな」


「それがこの日本で見られる夢の最適距離だ」



 大人になる過程で出来る"将来の夢"は皆の手が届かない場所にある

 それに近づくための努力をすれば、現実から少しずつ遠くなる

 それでも追い続け、諦めた時に現実に戻る為には遠くに行きすぎて

 元の道に戻る為の距離を人より何倍も努力して、何倍の距離を歩いて

 それでようやくスタートライン。他の人に追いつく為にまた何倍も歩く



 残酷だがその苦労は努力の量と比例する



「今回相談してくれた人にも言いたいんだけどさ、頑張れないのが悪い訳じゃない」


「頑張る理由を教えて来なかった教育が悪い」


「いい学校に入る理由、就職しなければいけない理由」


「戦国時代の武将の名前よりも、現実で出会う事の無い"点P"よりも」


「社会で待っている辛い現実を教えるべきなんだ。」


「ただ教える立場である教師の大半はその社会を知らないんだ」


「ろくでもない人間は多いけど、ネットはそれを教えてくれるよ」


「社会のせいにしても良い、教育のせいにしても良い。生きよう」


「生きる為に頑張るのは、死ぬ時きっと役に立つから」



 そう言うと一口酒を口に含み息をついた

 なんというか、説得力が違った

 義務教育を一日で終えた男が見て来た社会が

 同級生が運動会の練習をしていた時間に大我は人を見ていた



 その時期、既に社会から隔絶された人間の声ばかりを聴いていた

 ネットというニッチな世界に身を沈めて来た人の真に迫る声を

 掲示板に書き起こされる文字にも魂が宿り、真実なのだと思わせる

 当時はまだブラック企業という言葉は一般的では無かったが、そんな会社ばかりだった。体験しなくとも知れた



 コメント欄でも現在働けないという人からの声が多数上がっていた

 メールフォームには先程よりも多くの嘆きの声が寄せられている

 同じ様な物だ。文字になってさえしまえば、声も容姿も肌の色も

 だからネットは荒れるし平和なんだ。大我の知るネットの様に



 そして、時にネットは──



 "残酷だった"



「よし、お前らもう傷は癒えたか? 先生本当の事言うぞ」



 姿勢を正し、大我は満面の笑みで視聴者を突き放した



「でも俺は努力して来なかったし、家が金持ちだから、顔も良いから皆の前に出れてるし。多弁故にお前らみたいな人間を騙す事も出来る、お前らは悪くないよ! ってね」



「悪いのはお前らじゃないかもしれないけど、今のお前らは確実に間違っている。自分の不幸に酔うな、反省しろ。名言に支えて貰おうとするな、無駄だ」



「大体な、誰かの一言で変わる価値観なんか自分の甘えでまたひっくり返って元通りだろ?」



「刹那的な満足の為に自分の人生無駄にしてるんだから、薬物と一緒だろ。身体を壊さない薬物。ただし思考は麻痺し、身体は衰える副作用付きのな?」



 もう止めて欲しい



「鬱と診断される割合は女性の方が高い、その要因は今の社会が女性に極端に優しいから、男は死ぬか逃げろ。それだけしか言われない。これを間違いだと言わないのはどうして?」



「この分野の法律を整備しないで、政治家の足元掬って罵倒する政治家は必要か? 芸能人の不倫や不祥事だけを報じるテレビは必要か? この国で困窮している市民たちの味方にならないメディアは必要か?」



「ぜーーんぶの理由はただ一つ"怠惰"君達は全員がナマケモノなの!! 目の前の事から逃げ続けているだけ!! どうやって自分が楽できるか考えて出した結論が"他人の足を引っ張る努力"」



「日本とはそういう国だし、お前らは根っからその国の生まれだし、大枠で言えば一緒」



「"産まれた瞬間に終わってるんだよ"」



 とんでもない後味で放送は終わった。

 その後もコメント欄は荒れに荒れている

 メンヘラVSかまってちゃんVSキッズ

 地獄の三竦みを見ながら大我は酒を飲んでいた



 満面の笑みで



 イズミと出会って優しくなったと旧友にも言われていた大我だが、ネットに巣食う惨めな人生を歩んでいる、面白くない人間の溜まり場を眺めるのが好きだった如月大我少年が時々顔を出すのだ


 昔の様に掲示板が活発に動いているわけでもなく、SNSでは非匿名な為リアルな声を聞く事は出来ずに偏った意見を持った人のコミュニティを覗くに留まってしまう。



 困り果てた大我は自分で混沌を巻き起こす事にした



 我を忘れて名前を出しながらも過激な発言をする人。この人はいつもの放送中にも穏やかなコメントを残すと記憶している。今日はしっかり人間をしているじゃないかと嬉しくなる



 この人は三児の母親だったな。今では一人の人間、子供の事を考えて人を批判しているのかな?実に滑稽、今ではただの女では無いか。悦が凄い



 今はマジョリティがマイノリティを叩く時代。マジョリティを嗅ぎ分ける嗅覚こそが求められている。そして半ば強制的に作られたマイノリティは何の理由も無く叩かれるのだ。未だにどちらの陣営にも付いていない人間はネットに置いて行かれてしまうぞ?



 如月大我 職業 配信者 趣味 料理とネットとイズミを少々



 将来の夢────



 "人間の感情を喰らうだけの妖怪"



 この日はSNSも荒れに荒れたが、当の大我はイズミと仲良く幸せそうに寝た

 世の中とは理不尽で不平等である…




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