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第五十六話 石焼き芋

 


 また大田さんの道場で火を使う事になろうとは…


 秋と言えば食欲の秋、まずは定番の焼き芋から如月家の秋は始まるのだ!



「それじゃあ大田さん、新聞紙よろしく」


「え? うち新聞取ってないですよ?」


「ウソ、道場やってるんだよね?」


「道場やってる家は生活水準も一昔前だって言いたいんですか?」




 言われてみれば実家で見て以来、紙の媒体でニュース見た事ないかもしれん。テレビも見ないし新聞も取らないし、年寄りは様々な話題で「最近の若いのは…」が使えて喜んでるのではないか?



「ていうか落ち葉くらいは集めておいてよ…ほら、竹のホウキ持ってきて」


「あのアニメで使うやつ家では使ってないですよ」


「なんで? あれないと不便でしょ?」


「不便に思う門下生なんか一人も居ないからですよ」


「あ~…」



 無意識に口元が綻んでいただろうか?大田さんに睨まれてしまった

 それに引き換え、食に対して勤勉なイズミは一人でいそいそと落ち葉を拾い集めている。今日も可愛いな俺の妹は



 今日はサツマイモを二十本も持ってきているので、ご両親にもお裾分けするつもりだ。しかし不安材料として見てるのが、今日はやけに張り切っているイズミと、大田さんの奥に見えるマヨネーズの存在だ



 どれだけ食べる気なのかは分からないが流石に一本あたり二百グラムもあるんだし、ポテチで言ったらパーティーサイズと同じだぞ?無くなる訳ないだろう…多分



 しかしまぁ、アルミホイルで包んで焼くと言うだけなのにワクワクする。深夜のラーメン然り、外で食うラーメン然り、屋台で食うラーメン然り。ラーメンばっかだな俺の語彙



 集まった落ち葉に着火剤を入れ火が着くまで静かに風を吹き込む。なぜ落ち葉でなければならないのか?皆も気になっている事だろう。俺も気になっている。でも調べるほどの事でもないから誰か調べて教えて欲しい



 待ち時間に焚火の上で燻製もしてしまおう。今日は桜チップで燻すのでゆで卵、ベーコン、沢庵を持って来た。網、燻製機、食材の順に積み上げチップが焦げない様にあとは見ておくだけだ



 これだけ時間を潰しているにも拘らず、まだ時間が余ってしまう。以前のイズミの話ではないが、やはり趣味の一つや二つは持っておいた方がいいな。大田さんに気の利いた趣味でも知らないか聞いてみよう



「趣味ですか? これと言っては…」


「無職のクセに家で何やってんの?」


「あ、ダメだ殺そう。今殺そうこの人」



 小競り合いしている二人を余所に、イズミは今か今かと焼き芋の様子を気にしていた。こんなにも心待ちにしているのは単純にお腹が空いているだけではなく、今まで挑戦して来なかった調味料に挑戦する為である。



 それがこちらのバター。実はイズミ、焼き芋を食べる時に何かを付けるという事は生来して来なかったのだ。大学芋とかもそういう商品のお土産だと思っていたくらいで、焼き芋という料理としてサツマイモを食べていた。しかしどうやらバカほど美味い食べ方があると言うので今回はこのバターを持って来たのだ



 アルミホイルが黒く焦げだしたら頃合いだ。火中の芋を救出し軍手を装着、ホイルを剝がすと中から真っ白な湯気と共に食べ頃な焼き芋が顔を出した。普段ならこのまま皮を剝いて食べ始めるのだが、今回は真っ二つに折る



 すると中も黄色味がかった甘そうな見た目で今にも齧り付いてしまいたいくらいだが…しかし今は我慢だ、ここにバターを挟み数秒待機。断面部からコク深いバターの香りがこちらにも届く、早く溶け切ってくれと願いながらぐりぐりとバターを満遍なく塗りたくる。もう良いだろうか?



 再び開いた部分は染みたバターにより先程と比べて色は褪せ、しかし香りは格段に増していた。もう辛抱たまらんと皮ごと齧り付く。これは美味すぎる、甘いだけでなくその奥にしっかりとした深みも足され、お菓子感覚で食べる普段の焼き芋とはまた違う、食卓に出て来ても文句なしのクオリティになっていた



 暖かいうちに食べなければ。またバターを挟み数秒ぐりぐり。この時に皮も剥がしてしまえばすぐに食べられるとイズミは学習していた、ねっとりと口内に残り甘さを提供し続ける普段の焼き芋とは違い、バターによって油分が足された今回のカスタムではいくら食べても口の中に渋滞が起きない。バターの芳醇な香りと共に喉奥へ吸い込まれ、至福の時が訪れるばかりだ



 そんなイズミの姿を見ていた二人も食欲を刺激され、出来たて熱々の焼き芋に手を伸ばした。大我はスタンダードにそのまま食べるが、大田まさみの右手にはマヨネーズが握られていた。紫の皮から出て来た黄色の身体は再び油の皮を纏わされるのだった



 マヨネーズはもうマヨネーズでしかなかった。時々芋が思い出したように顔を出すが、マヨネーズ軍にまた奥の方へと押し込まれる。マヨネーズの酸味VSサツマイモの甘味、多勢に無勢すぎる気はするがとにもかくにもサツマイモの負け。かわいそうだが彼女は普段から、蒸かした芋にはマヨネーズという宗教観で生きているのだから仕方がない。



 不思議と辛党と呼ばれる酒飲みの方からもこのサツマイモの甘味は人気なようだ。スイーツ的な甘さでは無いからかもしれないが、ツマミとしても見られていない珍しい立ち位置に居る食べ物だ。酒を飲もうが飲むまいが、これを食べると子供の頃を思い出すという人が非常に多い事から、思い出補正も多分に含まれているかもしれないが。


 それにしたって年寄りでも一本丸ごと食べてしまう程の魔力が、この中に秘められているのだから大したものだ




 一時間ほど焚火を囲んでいたが、そろそろ分厚いままで燻しているベーコン以外は燻製も出来上がっただろう。沢庵は燻製の力によりその内にとんでもないポテンシャルを秘め、ゆで卵は良い感じに煙の色が移ってまるで煮卵みたいだ。それを不思議そうに見ている大田さんは燻製卵、通称くんたまは未体験だという。そんな彼女をかわいそうに思い一つだけ分けてあげる事に



「うんまぁ!? なんですかこれは!? あ、うんまぁ!! ふんまぁですね!」


「でしょ? こんだけ敷地余ってるんだから燻製でも趣味にしてみれば?」


「そうですねぇ…いやこれは驚きました。今度自分でもやってみようかな…」



 いや、余ってねえよ!とも言われない程度にはくんたまが美味しかったらしい。料理人にとっての分岐点はいくつか有って、天然物を求めて自分で採りに行く人や、一から作り上げる人も居るが、この燻製は未だ到達していない人が多い分野だ。その理由のほとんどが煙が出てしまう事による近隣住民との折り合いだろう



 これだけ広くて周りに人が住んでいない大田さんの家であれば、洗濯物に匂いが付くとかの問題も無いので燻製はしやすいのだが、一度の燻製に結構な時間と物資を要するというのもハードルが高くなっている要因だろう。そのクセ量を作るにはそれなりの設備を自作する必要もあるから困ったものだ。



 引き上げの際に残った芋に加えて燻製ベーコンも少しあげようと思ったが、イズミが頑として手放さなかった事で仕方なく沢庵の方を分けて上げた。燻製に必要な機材やチップの種類などを解説したサイトを教えてあげると真剣に読み込んでいたので、これは本当に趣味として始めるんだろうなと見て取れた。俺達にも何か趣味をくれよ…と思ったが、口に出すのは野暮だと思ったので今日の所はぐっとこらえた



 家に帰ると早速冷やしていたクリームチーズを取り出し、燻製した沢庵と一緒に食べる。そう、沢庵を燻製すると簡易いぶりがっこが作れるのだ。本物の香りには及ばないが、それでも十分な程味わいは似る。俺はこれくらいマイルドな方がお気に入りだ



 このまま日本酒を飲み始めたいが…先に放送で今日燻製して来たベーコンを使ってイズミにご飯を作ってあげねば…歯痒いが急かす様な視線で俺を見て来る人が居るので急ぎ放送を開始した。放送中は燻製未経験の人達と情報交換なんかをしながらまったりとベーコンを焼いた



 焼いている最中も燻製のパワーを感じたが、それを食べているイズミの口内は香り爆弾が放り込まれたのと同義だろう。多幸感で脳が爆発しないかだけが心配だ



 その夜には珍しく日本酒なんかを飲んでしまって、似合わないしっとりとした雰囲気で雑談枠をしてしまった。焼き芋の話もして、昔は見たのに今では見ないものというお題で大いに盛り上がった。結局一番多かったのが『バックネット裏から少年野球を見ている自転車乗ったおっさん』だった。刺さる人には刺さる話題だったらしい



 視聴者に言わせてみればあのおっさんも体から燻された匂いを出していたとの事で、もし時代が違えば彼らも配信者として人気者だったかもしれない。自分達の産まれた時代に感謝しなくてはな…と思う大我だった



 そんなこんなで今日は少し肌寒い秋の夜を香ばしい話題で締めくくった



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