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第五十五話 如月兄妹ラーメンウォーカー

 

 今日は月に一度有るか無いかの無性にラーメンが食いたくなる日で、イズミも同じく



 しかし我々はラーメンをこよなく愛す民。生半可な気持ちで店を選ぶととんでもない外れ店に出会う事なんか百も承知、普段はネットの評価なんて微塵も参考にしないのだが、ラーメン店に関してはレビューを参考にするのもいいだろう



 本日の昼食は『蘭☆ラン☆亭』レビューは32件中驚異の"4.2"味の評価がとにかく高い、しかし店主は昔ながらのガンコじじいらしい事はレビューにも書いてある

 そして店側にも昔ながらの風体を残し、どこか錆びれながらも安定感のある屋台骨が何年もこの地域で来店者の昼食を支えてきたのだと感じさせる



 入店した時に店主の声が聞こえないのは当然、それはこちらも織り込み済みだ。なぜならこの店主は客商売なんかしていない、ラーメンを作っているだけなのだから。それを期待して俺もイズミも食べに来ている。今日の放送のネタにもっと悪態をついてくれても良いくらいだ



 メニューを手に取りこの店の品揃えを確認する。そう、チャーハンにラーメン。もはや何味かも書いていないのは"醤油一本"で決まっているからだろう。面白くなってきやがったとセルフの水をコップに注ぎながら俺は微笑を浮かべた。ぬるい水すらも店側の余裕に感じる



 ラーメンを二つ、チャーハンも一つ頼もう。餃子も二つ、これではイズミの腹が満腹になる事は無い。だがラーメン屋に関してはイズミの"暴食"を見る事は叶わない。回転率重視の店だった場合、それもこんな昼真っ盛りにラーメン屋で長居する事は無いからだ。他の客は一人も居ないが常連にとって憩いの場所なんだ、ここは



「すいません、ラーメン二つに餃子も二つ、チャーハン一つで」


「……はぁ~」


「あ?」


「イズミ…大丈夫、聞こえてるから…」



 たまに態度の悪い店員が居るとものすごい真顔で箸を握りしめるからイズミは怖い。しかしこの店はこれこそが流儀、イズミにとって息苦しくなるかもしれないがその雰囲気すらラーメンの美味さになるのだ。大きなため息を吐いた店主は大鍋の前に立ち作業を進めた。包丁を扱っている音が聞こえないという事は食材はあらかじめ用意していたのだろう、餃子の焼ける音が聞こえて来た



 それから五分が経つと餃子がカウンターに無言で置かれた。待っていましたとイズミの前にも配置すると醤油とラー油を皿に準備する。注ぎ口にこびり付いたこの醤油が手入れしてませんと堂々と言っている、衛生管理法に配慮なんか一切していない。江戸っ子だね



 餃子を一口で頬張ると溢れ出る肉汁なんて一切なく、中のパサついたひき肉に雑な形で切られた野菜は嚙み切る事も困難でイズミは既に吐き出している。端的に言うとクソ不味い。しかし皆は知っているだろうか?ラーメン屋に餃子が置かれるようになったのは割と最近なのである。この店主の様に老齢で個人でやっている店の餃子は大抵不味い。作り馴れていないからだ



 チャーハンは油臭くチャーシューの姿は見えなかった。野菜多めで塩っ気も足りなく焦げはやたらと目立つ。しかしこの後に控えるラーメンの事を考えればまだ余裕で我慢できる、ほぼ水で流し込みながら既に注文から十五分は経っているラーメンの到着を待った。



 そして満を持して登場したラーメンにはほうれん草と薄切りで数枚のチャーシュー、ゆで卵は真っ白で本当に茹でただけという風体だ。なにも煮卵であれば上級という訳ではないのだ、この店のラーメンには煮ない方が合うのだろう。では満を持して…実食!!



 う~ん…若干美味いんか~い…



 正直な話を言うとチャーハンの辺りから本気でキレそうだった。めちゃくちゃ待たせるしクソ不味いし、何よりイズミの堪忍袋の方が限界だと思ったから、俺の方が先に大声で怒鳴り散らしてやろうと思っていたのだが…そこそこ美味いので食べれてしまう



 分かるだろうか?本意気でキレる準備をしていたらタイミングを失ってボルテージが若干下がってしまっているこの感覚。得てしてこういう時は家に帰ってからまた再燃するのだ。しかもこれだけの待ち時間なのだ、暇を持て余した俺は先程のレビューサイトに低評価をぶち込んでやろうと思って見ていたのだが



 このジジイ複垢でレビュー水増ししてね?



 件数32の中で20件ほどは☆評価で5を連発しているのだが、どれも文章が単発だしチャーハンは誰が食ってもクソ不味いはずなのに『こういうのが逆に落ち着くんだよな。昭和生まれの俺はよ』これ真実は昭和生まれってところだけで他はジジイの願望だろ。なんだあの鍋肌の焦げと油食ってるだけの料理。"泥米どろごめ"とかに改名しろよ



 でもラーメンは食える



 しかもムカつくのがスープに対するこだわりだとか、具材のバリエーションでもなく普通にそこらの店で食える一般的なレベルってだけ。だからまた来ようとも到底思えない。つまり文句を言うならこの瞬間しかないという事だが、既に半分ほどラーメンを食い終えてしまっているので食事で言えば終盤だ。こんな所で文句を言っても「いや…食うてますやん」となってしまい、いまいち怒りが伝わらないだろう…う~ん…どうしたものか



「チャーシューまっず…」



 いやイズミが言うんか~い。しかも普通に食えたラーメンの中でもメイン寄りなチャーシューに文句とか、先程までのラインナップでやはりイズミもかなり腹立っていたんだろう。俺もチャーシューに箸を伸ばした



「う~ん…くっせぇし不味い…」



 とうとう口に出してしまった。なんだろうこれ?煮すぎて旨味がすべて削がれているというか、抜け出した肉汁と旨味の部分が水を吸ってしまっている感じだ。半ばイズミの言い掛かりだと疑っていたが本当に骨の髄に響くくらい不味い。なんでこんな店が経営出来て真面目にやっている店ほど潰れていくんだ、理不尽さで悲しくなってきたわ



 全て食べ終えると三千五百円という中々な値段を払って俺達は家に帰った。



「これって俺達が悪かったのかな」


「なにが?」


「あそこの飯って明らかに不味かったし態度も最悪だったし…」


「そうね」


「でも口に出して言うほどだったかな…?」


「三千五百円も払うクオリティだったと思うなら謝りに行けば?」


「いや、それは流石に無いわ。俺が間違ってた」


 変な善意で正気に戻りそうな時には自分の払った対価と謝罪を天秤にかけて傾いた方を優先しよう。絶対に謝る事は無いわ。なんじゃあのクソジジイ、また腹立って来た…放送でも言うわちくしょう



 ~その夜~



「いや今日の昼さ、『来☆ライ☆亭』とかいうラーメン屋行ったけどクソ程不味くて態度も悪くて、今の今までイライラしてたんだけどさ…誰か行った事ある?」


 パポッ♪


「兄さん…母さんから」


「朝陽さんから?え~っと…『そこの店主の方、うちのお店の常連さんなの』だって…う~ん…いやでもさぁ…えぇ~…?」




 大我にとってこの日は何から何まで釈然としない日だった…






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