第五十一話 イズミの趣味を探す会
「兄さんの趣味ってなに?」
「趣味? えー、配信に料理、後はイズミを少々?」
「そう…」
それだけ言ってまたPCに没頭してしまったイズミだが、なんだって俺の趣味なんて聞いたんだ?毎日一緒に居るんだから、俺がそれ以外やってない事はイズミも知ってるだろうに…
またしばらくするとこちらの様子を窺ってはまたPCに視線を落とす。そんな事されて気にするなって方が無理な話だ…このまま生殺しにされるなんて御免だし、もう直接聞いてしまおう
「なぁ、イズミ…さっきからどうしたんだ? 何か言いたい事が有るならちゃんと聞くぞ…?」
「…ねぇ兄さん」
「"私の趣味って何?"」
「へ?イズミの…趣味…?」
イズミの趣味…えー、食べる事…とー…大我を少々。他には…?そう言われると何も思い浮かばなかった。運動の意味も込めて毎日トレーニングはしているが、趣味というよりも習慣や義務の方が強い気がする。
イズミの趣味って…なんだ?
それから二人でイズミの生活を振り返ってみても、PCの前に座っているか、飯食ってるか一緒に風呂入って寝てるか。みんながよく知るいつものイズミだった
つまみを作っているのも結局は俺の為という側面が強いし、これも"大我"に含まれるだろう。試しに色々やってみて、気に入った中からそれを趣味とすればいい。そういった意気込みで如月イズミの趣味を探す会が発足した
まずはベターな女の子らしい趣味でネイルなんかをしてみる。爪の手入れをしてピカピカにしてキラキラの装飾を施す。文字列だけ見るとバカにしか見えないがそれは見識不足の俺のせいだろう。
爪を磨いてピカピカに光らせると、線の細くしなやかなイズミの指はより一層美しさを増した。これはなんというか…いいかもしれない、と手入れをする俺の方がハマってしまいそうだった。このままで十分綺麗に見える事から、余計なラメなどを付ける事なく終了。上々の滑り出しだ
次に選んだ趣味は裁縫。これは正直俺の方が得意だし、細かい作業は大好きだ。様々な色の糸を交差させ、ミシンの小気味いい音に合わせて布を左右に動かしていく。なんだか自分で道路を作ってるみたいで楽しいんだよなコレ。余剰分の糸を切れば完成だ、お手拭き用のタオルにかわいい猫が縫い付けられた。あとイズミには危ないので触らせなかった
ボードゲームなんかはどうだろうか?最近ではオンライン対戦も充実しているし、配信で対戦する企画なんかは盛り上がるかもしれない。手始めに将棋で対戦してみよう!一手、また一手と指し合う内に、悲しい事にドンドンと詰みの手順が見えてくる。イズミの手番になる毎に、そこには置かないでくれと願ってしまうようになった。真綿で首を絞められるように少しずつイズミの王将を追い詰められ…
『詰みです』
「クソつまらんわ」
「だよなぁ! ごめん!! 兄さんが悪かった!!」
完全に萎えてしまったイズミの機嫌をどうにか取ろうと今度は料理の方向から攻めてみる事に。つまみ食いとかって至福の時間だろうから、お菓子作りなんかして――
イズミがチョコ全部食べちゃった。ケーキ作れないよ。スポンジしか無くなっちゃったんだから。なんであんなに楽しそうにスポンジ焼いて「ね~?このヘラで塗ろうね~?」とか「クリームチョコのやつにして飾り付けようね~?」とか言ってたのに、平然とチョコだけを食べられちゃうの?兄さん信じられないんですけど?しかも楽しんでたの俺だけじゃん、なんだそりゃ。
結局イズミの好物で料理なんかすると材料が全部なくなってしまう事が分かったのでもう諦めました。兄さんはもう知りません、勝手に趣味でもなんでも探してください、イズミの趣味を探す会解散!これが本当のバカヤロー解散だよまったく…
イズミの"趣味の残滓"ことスポンジを冷蔵庫にしまいながら、せっかくキッチンを綺麗にしてしまったので調味料の仕込みをする事にした。空いてる時間を見つけると料理中でもやってしまう癖みたいなものだ。
大食いのイズミと酒飲みの調味料好き二人で生活していると大量にストックしておかねばとても供給が追い付かない。普段使いできる醤油やラー油なんかは特に。まぁどちらもニンニクをたっぷり中にぶち込むだけなので作る方も苦には感じない。これこそイズミが趣味にするべきじゃないのかと思っていると、まるで俺の心の中を読んだかのようにキッチンの向こうから顔だけ出してこちらの様子を窺っている。なんて可愛い生き物なんだこの妹は、手招きするとスススッとこちらに寄って来た
醤油の中に生にんにくをスライスしてぶち込めばそれでニンニク醤油は完成、これは流石のイズミでも出来るだろうしメモの必要も無い。美味しすぎて劣化するまで残っていた事が無い為、消費期限はよく分からない。きっと皆もそうなる事請け合い、簡単最高の調味料だ
ラー油の方も、みじん切りしたニンニク生姜を油で炒めて豆板醤と鷹の爪を二本ぶち込む、もう簡単これだけ。ただ食べるラー油方式にしたいのなら、フライドオニオンや炒めたナッツ類を粉々にして入れると、旨味が増しておかずにもなる。難点とすればナッツ類に味が染み込むまでにやや時間が掛かる事か。二日程は冷蔵庫の中で寝かせておきたい
この工程を見ているイズミの顔は退屈そうだった。単純作業というより、待っているだけという時間が嫌いらしい。他にいい案は無いだろうかと思案しながらエビの殻を油で揚げだした。ラーメンの調味油に入れると美味しいんだよなぁこれ。インスタントでも幸福感三倍増しって感じで
イズミなに見てるんだ、相変わらず怒ってんだか楽しいんだか分かんない顔しちゃってぇ。可愛い事だけは分かる
「兄さん。趣味見つけたわ」
「うそぉ!? 今までの流れで閃くポイント有った!?」
「えぇ、兄さん観戦」
「それじゃあいつもと一緒じゃねーか!」
「言うほど兄さんの事見てなかったわよ、編集してたんだから」
「…言われてみれば、俺の方が座ってるイズミの事見てた気がする」
「見られてる事に気付いてわざと下着食い込ませてたのよ?」
「いや見えねえよ、なんの報告だよ。あとすぐにやめなさい」
「冗談よ」
確かに今までイズミの編集作業を見ながら仕込みをやってる俺っていう構図で…その時間にもっと話とか出来れば楽しいだろうなとは考えてたけど、流石に水場の近くにPCを設置する勇気はない。今だってイズミが近くに居てくれるお陰で、エビの殻を揚げているだけなのにこんなに楽しいんだから。"観戦"って誰とも戦っていないだろうとか、結局楽しそうにしてたんだなとかはこの際どうでもよかった。揚げ物の最中は暑くてたまらないのだが、イズミが居るだけでかなり癒される
油で揚げ終えたエビの殻に塩を振ってパリパリ貪りながら酒を飲む。傍らにはイズミだ
こんな幸せな人生が有っていいのか今一度問う。実は植物状態の俺が見ている長い長い夢でした…ってオチも無くはないほど完璧な昼下がりだ
結局帳尻合わせの様に、エビ油を容器に移している最中に少し火傷してしまった…一気に最悪な気分だよ
夜の放送では女性視聴者達に趣味を聞いてみた。するとヨガだボルダリングだと今風なラインナップが返って来た。見ている男衆はどこか委縮してしまう。その気持ちがとてもよくわかる
なんか声を掛けづらいというか…自分達とは完全に違う文化圏に生息している外国人と話すくらいの距離を空けてしまう。ボルダリングをやっている人に聞くと、腕力が無くても出来てしまうし結構達成感もあるんだとか。ヨガに関してはやはり健康第一でやっている主婦の方が多いらしい
でもどちらも結構肌が出がちというか…一緒に見に行っても俺が浮いてしまうのはちょっとなぁ…というのが正直な感想だ。家にトレーニングルームまで作って、自宅で運動の全てを済ませられるようにしているからそそられないって部分も大きいだろうか
いっその事写真でも初めて見ようかな?動画では切り取れない一瞬をいかに綺麗に撮るか、イズミが被写体なら苦も無いだろうしいい案かもしれない。でもそうなるとカメラを回す大田さんと写真を撮る俺。イズミを執拗に付け回すストーカーにしか見えないだろう…
アウトドアだとイズミは嫌がるし、インドアだと結局いつもと変わらないし…結婚してる人達は夫婦間で趣味の共有とか出来てるのだろうか?そうでもなければ少し息苦しそうに思ってしまう。こう考えてみると思い付きで始めた物だが配信者というのは天職だったんだろうと思う。二人で何かに向かって活動していると絆も深まり達成感も二人分だ。盛り上がった放送は後で見返したりもするし活力にもなる。うん、やっぱりこれが二人の共通の趣味だなと放送を締めくくった。
秋はレジャーの季節だから外での撮影も増やしたいんだけど、これと言って企画らしい物も思い浮かばず、大田さんに依存してしまっている状態だ。これはどこかで企画会議みたいなものを挟まなければネタ切れを起こしてしまう。大田さんにも要相談だな
この日は残暑も厳しく布団を蹴飛ばしながら寝てしまってたみたいだ。
だがイズミが俺の上で寝ているのはそれとは無関係だろう、どういう事なんだ?
頭を揺すられ目を覚ましたイズミの第一声は「どうしたの…?」だった
こっちのセリフだよと思いながらも朝の放送を終えると俺達は珍しく二度寝した
こういうのが趣味でもいいかもしれないと考えたからだ




