第四十六話 猫カフェリベンジャーズ
以前お邪魔させていただいた猫カフェに再び訪れた如月ちゃんねる一行。前回の動画が非常に好評だった事から店側に手厚くもてなされた。しかし大我はそんなもてなしよりも一度でいいから味わってみたい環境があったのだ。普段はそんなサービス行っていないのだが、今回は無理を言って撮影及び体験をさせてもらえた
バタバタと室内を一心不乱に走り回るネコ達。前回来た時よりも相当元気に見えるが…
「凄い! 猫がこんなに元気で! 本当だったんだ! 噂は本当だったんだ!!」
「わ~! かんわいいですねぇ~♡」
「あら、大田さんもネコ好きなのね?」
「ネコちゃんが嫌いな人なんて居るんですか~? 聞いたことないですけど」
「そうかしら。今日もくっせぇな」
満面の笑みでネコを追いかける大我と、次々と寄せては返すネコ波を華麗に捌くイズミ。今回は大田さんのおかげでイズミの動向も撮影することが出来る様になった
しかし一般的なレベルでネコ好きな大田さんも本当はこの輪の中に入り、自分もネコちゃん達をモフモフしたい欲をなんとか抑え込んでいる。これが金銭の絡んでいる仕事でなければ撮影なんか投げ出して今の大我のように欲望の限りを尽くしていただろう
「あああ! 最高!! 夜のニャンコ最高だにゃああああん!!!」
「あぁはなりたくないですね…」
「なによカワイイじゃない」
「んふぅ! ふんふぅ!! むふ、むふぐぅぅぅ!!!」
「やっぱり少しキモいわ」
「ですよねぇ…」
説明は遅れてしまったが、今回の撮影は普段営業していない夜間での撮影をさせて貰っている。意外なことにネコは夜行性らしく、前回来た時にはしゃなりしゃなりとしていたネコも今は野生に還ったように駆けずり回っている
そして今回、大我が持ち込んだオリジナルのレクリエーションを数匹のネコと一緒に遊ばせて貰えることに。安全のため大我だけが電気の消えた部屋に通され、その中にはネコと一緒にながーい紐が用意されていた。その紐は少し特殊な構造でスイッチ付きの棒の先に取り付けられており、三本の色違いな紐は先端に向かってねじれ繋がっている。
手元のスイッチを押すと三本の紐は発光し、ネコ達もその不思議な紐に興味津々だ。この為にわざわざ赤外線カメラまで購入したのだ、思う存分遊ばせてもらおうと大我はその紐をネコ達の前で素早く振り回した
発光する正体不明の獲物を追い駆ける速度は昼の時のそれではなく、完全に彼らの内に眠っていた狩猟本能を目覚めさせてしまった事を大我の本能も察知した。ぴょんぴょんと可愛らしい飛び跳ね方ではなく、明らかに食うためだけに容赦なく追い回す姿に彼らの近縁者であるトラの姿が重なった。密室の中でネコと対峙する事になれば、人間など日本刀を持って初めて対等だとも言われている理由がここにはあった。
しかし、如月大我は人類唯一の外法の存在。襲い来る獣にたかがか三本の紐を触れさせない事など造作もない。左右に振れた紐を反射的に追っているだけのネコには三次元的動きを加えてやれば一丁上がり、飛び跳ねられる高さには限界がある。しかも、身の丈180cmを超える大我が頭上に掲げた紐に触れる事が出来るネコなど存在しなかった。付き添っていた店員が時間を告げ、この勝負決着だ。
勝者、ネコ。
こちらを見つめてにゃーにゃーと鳴き声を上げるネコが可愛すぎたので、大我もにへら顔でついつい腕を下ろしてしまった。ネコは『人間なんてちょろいものだ』と改めて思った事だろう
「いやあ無理言っちゃってすいません…めちゃくちゃ楽しかったです」
「おかえり兄さん、早くこいつらどうにかしてよ」
「うおお!? なんだこりゃ!?」
暗室から帰って来た大我の目に飛び込んできたのは猫の山に埋もれているイズミの姿だった。あまりにも動かないイズミの事をキャットタワーか何かと勘違いしてしまったのだろう。一緒に居たはずの大田さんは、ネコとイズミという好きのミルフィーユを映像に残す事に真剣だった
イズミは周囲の猫からパンチとも言えない、ポフポフという擬音が付きそうな程度の接触を試みられている。これは決して喧嘩を売っているわけではなく、ネコがとても機嫌がいい事を表している。イズミ自身はおちょくられている様でいい気はしないかもしれないが、ネコや小動物から好かれるのは天性の優しさを持っているからだろう。助けもせず撮影を続けてしまう大田さんの気持ちもわかるくらい微笑ましい光景だ
撮影の時間帯はネコのストレスにならない時間で行った為、撮影を終える頃には深夜と言っても差し支えない時間になっていた。撮影に協力してくれたお店には心からお礼をして最高の気分のまま家に帰った。遊び疲れた俺と、慣れない気の遣い方をして疲れてしまったイズミは既に若干眠たくなっていた。
「わっ、お二人とも凄いですね」
「えっ…? なにが?」
「目を擦る仕草が全く一緒じゃないですか。あえてですか?」
「あぁ、そういえば前に誰かも言ってたわね」
「こう手の甲でグシグシってやるやつでしょ? 癖なんだよね、昔から」
「はぁ~…なんだかネコみたいで可愛らしいですね」
「なんなんだろうな、こういうの。朝陽さんもこんな感じ?」
「母さんがこういう風にしてるのは見た事ないわね…」
「また父親か…」
この二人に共通している事は大概が父、神田慶二にまつわる物である。流石に遺伝と言っても色濃く受け継ぎすぎだろうとは思う
ただイズミに関しては野菜嫌いであったりと朝陽さんと共通する部分もあるので、個性という意味では大我の方が薄く見えてしまう
「いいよなイズミは、似てる~!! って言われる機会多いでしょ?」
「人と会わないんだからそんなに言われないわよ」
「というか、大我さんの遺伝子上のお母さんってどうしてるんですか?」
「…あっ」
「本当ね、全然話に出なかったから失念していたけど。産みの親もいるんでしょう?」
「そうだ…そう言われてみれば俺にもママが居るかもしれないんだよな?」
「言い方キモイわね」
そもそも神田家と出会ったきっかけだって、義理の両親から教わらなければ知らずに生涯を終えていただろうし、自分から親の事を意識するというのはこれが初めてだった。
そのきっかけだって神田慶二が自らの情報を施設に残しておいたからこそ、義理の両親がコンタクトを取る事が出来た偶然の産物と言ってもいい事例だった訳で、今みたいに0の状態から探し出すなんて無理ゲーが過ぎるだろう。
「遡ってみれば今から二十五年前だろ?絶対に四十歳は超えてるんだからネットも厳しいだろうしなぁ…出産受け持った病院とかに聞いても教えてくれないと思うし…」
「そもそも会ってみたい気持ちはあるの?」
「そりゃあ血縁者って聞かされたら興味は出るよ。俺のネコ好きとかもどちらかの母親譲りかもしれないんだし、面白い事に対する興味も神田慶二から受け継いだ物では無いってのは過去のエピソードを聞く限り明らかだろうし」
「当時、二十五歳だとしたら現在は五十歳ですか…お金出したらテレビとかで企画してもらえないんですかね?」
「そこまではしたくないよぉ、俺の人生をそんな感動ポルノに消費されたくない。イズミの時もそうだけど結局はめぐり逢いだろう?死ぬまで会えないんだったら運が悪かったと思って諦めるさ」
「なんだか悲しいですね…」
「仕方ないよ、代理出産ってそういう事だから」
まったくのフィクションという訳ではなく、世の中には本当にただ出産を経験したいだけの女性が代理出産を請け負う事があるのだ。なので出産後に身元を明かしたくない人も多く居るそうで、逆にお腹を痛めた子に愛着が湧いてしまった場合には、引き取り手に言って定期的に会わせて貰っている方も多数存在している。
今回の大我に関しては前者のパターンだっただけ。そういう割り切り方をしていかなくては少し切なすぎると感じてしまう。大我にしてはかなりデリケートな部分だ
両親ともに健在の大田さんには『少しでも親孝行をしなさい。』そう言っていつもより1700円多く賃金を渡すと、多めに渡された硬貨を少し鬱陶しがりながらも帰っていった。
「母親か…考えてもみなかった」
「別にいいじゃないの。母さんなら居るんだし」
「確かにな…でも俺が朝陽さんに甘えたら怒るんだろ?」
「当然よ。少しでも私と同じ遺伝子を持っているんだから、兄さんが惚れる可能性があるわ」
「想像するだけでも中々におぞましい図だな…」
「甘えたいなら私でいいじゃない。」
「イズミに甘えるのはなんか…なんかなぁ…」
「そんなに頼りないかしら?」
「包容力かな?」
「ほうようりょく…ねぇ…」
難しい顔をしながらあれやこれやと文明を駆使し、なんとか包容力を身に着けようとしているイズミだったが、こういう所がかわいらしくて甘やかしたくなるんだよな…と大我は苦笑した
自宅に帰ってからの風呂でも頭を洗ってやり、上がった後には髪を乾かしてやり、どちらかというと介護に近い関係になってしまっている我々からすると、イズミに母性を感じるのは簡単な事ではない気がする。しかしイズミは自分に母性を求められていると勘違いしているのか、なにがなんでも甘やかそうとしてくる
「兄さん、膝枕しましょうか?」
「兄さん、もう寝ないと明日起きれないわよ」
「兄さんが寝るまで読み聞かせしてあげるわ」
「読み聞かせって…何を?」
「本当は怖いゲームの都市伝説とかってどんなのがある?part7」
「読み聞かせについつい開いちゃいそうなスレッド持ってくるなよ…」
手を変え品を変え頑張っていたイズミだったが、睡魔には勝てずあえなく自分よりも先に寝てしまった。俺の為に一生懸命になってくれるのは嬉しいんだけど…やっぱり俺は尽くしたくなるイズミが好きだな。つくづくネコみたいなこの妹の事が今日も昨日より好きになった




