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第三話  ジョンと大我

 

 大我は依然として電話の向こうのジョンという男からの話を聞き入っている。何度か頷き次第に強ばった表情の口元が笑みに変わると、ある一言を皮切りに大我はこの部屋が揺れんばかりの大声で笑った



「フハハハハハwwwww ふっ…w うははははははwwwwww」


「うん…ww あぁ…ははははははwwwww」


「いいねぇ! いくらだ? 一千万でも二千万でも貸してやるよ!」


「あぁそう…w うん…じゃあまた…おう。ふははっ…w」



 そう言って電話を切った大我だが、いまだに思い出しては笑いが込み上げるらしく、フルフルと肩を震わせている。何があったのかと困惑する視聴者に向けてやっとの思いで口を開いた



「あ~…ごめんごめん…大学の頃の友人から電話がかかってきて…ふははw」


「その友人っていうのが大学卒業してから飲食店経営してるんだけど、そこのアルバイトしてた女に店の売り上げ全部盗まれたらしくってwwww」


「『助けてよぉ~;; お金貸してミュゼ~;;』って泣きながら電話してきたんだよwwwww」



 仮にも友人と称する人物の不幸すぎるエピソードを、まるでとても嬉しい事かのように語る大我だが、その反応の異常さよりも視聴者には気になっている事があった。



【ミュゼーって誰?あだ名?】



 そう、大我の口から出たミュゼーという言葉だが、今までの配信においても聞いた事がなく視聴者は困惑していた



「あぁ、そういえば大学の頃の話とかあんまりした事なかったっけ。ミュゼーって言うのはジョンしか呼んでないんだけど一応あだ名」


「っていうか俺の周りにはジョンしかいなかったんだけどね、由来もクソもないんだけどさ──」



 すると大我は昔を思い出すようにポツポツと大学時代、異国に渡った十五歳だった頃の思い出を語りだした



 * *



 俺は小学校から中学校の義務教育のうち、登校した日数はたったの1日だった。


 産まれた瞬間のスタートラインは皆一緒だ、なんて言うけどそんなの嘘っぱちだと知っていた


 恵まれた財力と才能の元に産まれた自分は、他の同年代の人間とは明らかに違うのだとわかってしまったから


 小学校の入学までに高校卒業レベルの学業は履修していた俺の目には、これから入学しようという他の児童が年齢以上に幼く、そして醜く映っていた。


 ひらがなを何度も反復させられ、1+1から数字を書かされる。それに対して何の疑問もなく、文句も言わず勤しむ子供たち


 低レベルの授業に馴染む低知能の生徒達。それよりも優れている自分だけが感じる疎外感


 本来おかしいのは自分だと分かっていながらも、俺の心は年相応に傷ついていたのかもしれない



 それから俺は学ぶ事をやめた。くだらないと思った


 自分には他者を上回る能力があるにも関わらず、足並みを揃えろと言われる事が

 本来賛辞を浴びるはずの自分に向けられる奇異の目が

 おかしいのは自分ではない。自分を受け入れないこの世界の方だ

 虚勢の内側の自分は、これ以上人より優れる事を恐れていたのかもしれない



 家の中に引きこもるようになってからネットを始めて、俺の人生は少しづつ楽しくなって行ったのだが、まぁその話はまた次の機会に話すとしよう。


 そして十五歳になる頃、義理の親から海外への留学を勧められた


 日本に居る理由は今のところない。それに今や完全にインターネットが趣味になっているのだからどこに住んでいようが生活水準に変わりはないだろうとも思った


 義理の両親からすると、いい大学に通ってそこから世界に羽ばたいて欲しい。そう思っていたのかもしれないが、その後の俺がそうならなかった事は皆も知るところだろう



 世界最高峰の頭脳の持ち主だけが集まる世界最高の大学、そう聞くとそこには世界の全てがある。なんて誤解する人も多いかもしれないが、実際はそうでもない。


 本当に世界最高の頭脳を持つ人間は、大概どこかに欠陥を持っている人が多い。難解な数式を一瞬で解いてしまう数学者は母国語のスペルすら怪しかったり。化学式には堪能なのだが記憶力が著しく低かったり


 なにか一芸に特化していれば入学自体は出来る。ただそこから単位を取るために結果を出さなければいけないというのがこの大学の校風だった



 この世に天才と呼ばれる人種は山ほど存在する訳で、例によって飛び級でこの学校に入ってくる人間は自分だけでは無かった。中学からこの大学に入ってきたのは自分を含め五人居た


 そんな自分達に対しても、周囲の人間が天才だなんだと持ち上げる様子も無かったし、ここでは自分が一般人になっている気がして不思議な感覚だった


──そしてその入学説明会に居たのが後に友人となるジョンだ



 隣に座っていたアジア人が珍しかったのか親しみを込めて話しかけてきた。生まれはどこなのか、何歳なのか、自分の出身は、国籍は?こちらが徹底的に無視しているのに、話しかける事をやめない男に俺はたまらず呟いた



「…うぜぇ」


「ミュゼー? 君はミュゼーって言うのか! 俺はジョン! よろしくな!」



 満面の笑みで盛大な勘違いをしたジョンに思わず笑いそうになったが、しかしそれをきっかけに付きまとわれる様な事はごめんだったので、俺は努めて冷静に無視を決め込んだ


 この頃すでに身長は180㎝間近で年齢の割には大きい方だったのだが、海外という土地でそれも年齢は自分よりも上の者ばかりだったので、道行く人を見上げる事は多かったが、例に漏れずジョンも190㎝近い長身で、黒人とのハーフという事もありNBA選手の様な風体だった為、普通にしててもかなり威圧感があった


 そんな人間にあれこれ質問されるのはかなりのストレスだったが口を利くのも面倒で、そのうち居なくなるだろうと思っていたのだが、不運にも同じ心理学を専攻してしまったらしく、講義の際には頻繁に隣に座ってくるようになった


 この時は自分の不運を呪ったが、今思えばこれは人生の中でも指折りの幸運だっただろう。後に人生で唯一と言える"友人"と出会えたのだから



 ジョンに付きまとわれる日々を躱し続けたある日、学校に向かう道の途中で路地の方に数人の生徒と一緒にジョンが入っていく所が見えた。正確に言えばジョンが無理やり連れて行かれている様に見えたのだが、自分には関係ない事だと学校へ向かった



 しかし、通り過ぎ際聞こえてきたアジア人という言葉に思わず足を止めてしまった

 どうやらその生徒数人は熱心なアジア人差別主義者だったらしく、自分と関わっているジョンに難癖をつけているようだ


 ただジョンは意外な事に強情で、なんなら逆に食って掛かっているようにも見える


 何の関わりもない自分の事なんか放っておけばいいのに馬鹿な奴だと思った


 案の定囲まれてタコ殴りにされそうな雰囲気だ。ラガーマンのような体型で、およそ大学生とは思えない風貌の一人に胸ぐらを掴まれ、それでも表情一つ変えないジョンに少し興味を引かれた



 そして気付けば俺はその男を殴り飛ばしていた。漫画みたいに全員を相手取った大立ち回りなどではなく、徹底的にその男を殴り続けた。こういう輩は遊び程度でやっている事が多く、事態が遊びの範疇を超えた瞬間に冷静さを取り戻す



 最初は抵抗の意思を感じた男から少しづつ力が抜け、動かなくなった頃には周りの人間が制止しようとする声は懇願に変わっていた。ただそんな喧騒の中でもジョンの一言だけがハッキリと聞こえた



「よしいいぞ! もっとやってやれミュゼー!」



 この男はバカなんだとこの時理解した




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