第四十三話 如月イズミと大田まさみと
大田まさみ、一世一代の大チャンスです!
現在お兄さんが買い出しに行ってしまいました、私は神田さんと二人きり…否が応でも意識せざるを得ない状況となってしまっています…!
それなのに
「ジェームズさん…ジェームズさん…」
「か、神田さん…そろそろ答えを教えて下さい…」
さっきから神田さんは壊れたラジオみたいに同じワードを、しかもジェームズさんという訳の分からない人名ばかり呟いています…まるで私と二人だけの空間が嫌かのように…
次第にその反応に困ってしまった私は口をつぐみ丸くなってしまった。せめて神田さんの邪魔にならないように丸まっておこうと思って。すると今度は神田さんの方から私の所に寄ってきて再びあの呪文を詠唱するのです
「ジェームズさん…ジェームズさん…」
「うああぁぁ…神田さん…もうすみません私が悪かったですぅぅぅ…」
恐らく私がこの家から出ていくまで続けるつもりだろう…それでもお兄さんがこの家に居ない今、私だけが神田さんを守ることの出来るナイトなのだから、絶対にジェームズさんになんか負けるもんか!歯を食いしばりその呪詛に耐え続けた
するとある変化が訪れた
先程までジェームズさんとしか聞こえなかった言葉が、何度も聞くうちにまた違う言葉に聞こえてきたのだ。似ているようで全く違う言葉。古くから私の頭の中に根付いていたこの言葉は
「…ジャムおじさん?」
「正解」
なんと神田さんは"ジェームズさん"ではなくめちゃくちゃ発音のいい"ジャムおじさん"を連呼していたのだ。それを私に悟ってほしくて何度も何度もメッセージを発信し続けていたのだ。
──いや何故?
ジェームズさんではなくジャムおじさんだからなんなのか?私はどうして今までジャムおじさんと囁かれ続けたのか?私のことをジャムおじさんだとでも思っているのだろうか?一緒にお風呂まで入った仲だと言うのに、神田さんはジャムおじさんと一緒に入ってるつもりだったのだろうか?
流石にいくら好きだからと言ってもこればかりは問いたださなければいけない。意味が分からないにも程があるのだから、私は神田さんの方に向き直ると意を決して声を上げた
「か、神田さん! どうしてジャムおじさんなんですか!?」
「どうだっていいじゃない」
そうだよね。意味なんかある訳がない。逆に真面目な顔をして説明されたらさっきまでのジャムおじさんに意味が生まれてしまって余計怖い。私が全面的に間違っていました
こういう所にお兄さんとの兄妹っぽさを感じて少しジェラシー。私ももっと変なことをすれば神田さんも笑ってくれるだろうか?試しに今履いている靴下を食べてみようか…それとも急にお皿を割り出して…ダメだあのお兄さんのことだから普通に訴訟されかねない。正気に戻るんだまさみ!
こういう時は強引に別の話題に変えるんだ、神田さんのお部屋で寝かせていただいた時に部屋の中に有る物からある程度の趣味も割り出せたので!その時のメモがようやく役に立ちました
「そういえば神田さんって少女マンガとか読まれるんですね…?」
「あなたはいつまで神田さんと呼び続けるの?」
「…えっ?」
「如月イズミと意地でも呼ばないのね」
真っ直ぐと目を見つめて言われた。神田さんは今でも『戸籍上は』神田さんであることに変わりないのだが…『如月』その名字はまだお兄さんだけの物であって欲しかったから、最近では意図して呼ばないようにしていたのに、流石に気づかれてしまったんだろうか?
「か、神田さんじゃダメですか…?」
「ダメではないけどいつまでもあの時期に囚われているのは、私としても本意ではないもの」
「そう…ですよね…」
そうだった、神田さんはその名字の時に…私はなんてデリカシーの無い事をし続けてしまったんだろう。名前を呼ばれる度にいい気なんかしなかっただろうに何も言わずに居てくれたんだ…最低だ私
「すみませんでした!何も気付けないで!それじゃあ…えと…如月さん」
「それだと兄さんも反応してしまうじゃない。名前で呼びなさいな」
「えっ!? いや、お兄さんはお兄さんで…」
「兄さんは私だけの兄さんなのよ?そっちの方が失礼じゃなくて?」
「あっ…あぁ…そうですね…」
全てが裏目になる。もしかして私と神田さんの相性って最悪…?なんて一瞬頭によぎってしまうけれど、お兄さんと比べればまだまだ年数が違うのだから!ここからいくらでも巻き返せるはず!と自分の中で奮い立てると共に神田さんの言っている意味を徐々に理解していく
イズミさん…と呼べと?
どうしよう、神田さん呼びですら緊張してまともに会話できない私みたいのがいきなり下の名前で!?ムリムリムリムリ!!そんなの私の主義に反すると言うか!もっときちんと告白して受け入れられた時にしか下の名前で呼んではいけないと言うか!!
告白をしろと!?今ここで私に!?
そういう意味に受け取ってもよろしいんですか神田さん!もといイズミさん!!
精神混濁状態からなんとか舞い戻った私は意を決して神田さんの目を見て真剣な表情をした。どれだけ顔が良かったって可愛い仕草をしたって、今の私だけはテコでも動きませんよ…その覚悟がお有りならば!大田まさみ、いざ尋常に!
「あの、今はまだ…神田さん!」
「今はってどういう事よ」
「私大田まさみは真剣に、貴女の事をお慕い申し上げております!!ですので!」
「私と…一緒になってはいただけないでしょうか…!」
言えた…! でも、言えた…けど…
知っている。この後は無残に振られることを。だってこの人には…
この人達は…きっと
「あらそう、嬉しいわ。兄さんだって中々そうは言ってくれないもの」
「へ?」
「一緒になって欲しいだなんて情熱的でいいじゃない。こっちにいらっしゃい」
「は、はい…?」
言われるがままに神田さんの傍に座ると、私の体を強引に自分の方へ引き寄せこれでもかと顔を近づけてきた。
「あえ!?/// あのぉ…神田さん/// そのぉ、これはどういった…!?///」
「権利を上げるわ。私にキスする権利よ」
「~~ッ!?///」
あまりにも突然がすぎる、それだけ私の告白が気に入ってくれたのか!?それともまたからかわれて…でも神田さんも最悪されてもいいくらい私のことを…?ななな何を考えてるんだ!そんなの良い訳…いい…んですか?本当に?
本当にキレイなお顔で…しかも柔らかそうな唇…これでお化粧していないって本当に?だとしたら根本から自分とは別の生物と思うしか無い…それくらい自分が矮小な存在に思えてしまう。考えても見れば中学のたった一目見た瞬間から心を奪われてしまっていたものな…それはそうか
生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえ、喉元を過ぎる迄の時間も何倍にも長く感じた。こんなにもあっさり…?そう思ってしまった。もっと時間を掛けて、達成感みたいなものに酔いしれながら2人で甘美な時間を…と
それがこんな日常の一ページで、こんな与えられるだけの気紛れな形で…?
よく分からないけど、そういう恋愛の形もありなのか…と一生懸命自分の中で納得させようとしながらも、体は正直で神田さんの肩を両の手で掴んでいた。
「私からの方がいいかしら?意外と乙女なのね」
「そ、そんな…バカにしないでください…!」
そう、私が神田さんをリードできるくらいの人間にならなくてどうする!そうでもなければ釣り合いなんか取れるわけもないのだから…目を瞑り神田さんの顔に唇を近付けた
「イズミ…さん…!」
その言葉を聞いた時に彼女は少し笑ったような気がしたけれど、今ではそんな些細なことどうでも良かった…私の初めてをこの人に捧げることが出来たんだから
「ただいま~、いい子にしていた二人にはお土産…をっ…て…」
大我の目に飛び込んだ光景はイズミの両肩をしっかりと掴んで、唇に唇を重ねている大田まさみ。そしてしっかりと視線をこちらに向けているイズミの姿だった。 その切れ長の鋭い視線の先には驚いて固まったままの自分が、そしてそれに気付いて振り返った大田まさみの頬は紅潮し、その光景はどこか官能的に見えた
「よーい…ドン♡」
唇を撫でながらその口元に微笑を浮かべたイズミは、俺の方を見たまま確かにそう言った




