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第四十話 夏の午後―大我の過去

 

 夏です、もう7月になり夜中や朝方の少しの肌寒さすらも無い正真正銘の真夏に差し掛かってきています。クーラーの効いた部屋の中で何不自由なく暮らす時間が幸せを感じさせる、冬に寒いからと言って家を出なかった者たちは暑くて外に出られずにいるだろう。であるならば配信をして暇を潰してやらなければいけないな



「夏って皆何して過ごしてんの? まぁ今は配信見てるだろうけどさ…昔とか何やって楽しかったとかある?」



【バーベキュー】

【フェス行ってた】

【海】

【お祭り】



「まぁやっぱりイベント事になっちゃうんだろうなぁ。日常の中で夏だからこれやんなきゃって言うのはあんま無いよなぁ」



【夏休みは秘密基地作ってた】


「秘密…基地…?」



 大我の男の子スイッチを押されてしまった。



 基地だけでもカッコいいのに秘密の基地…?地球を守る人しか使っちゃいけないヤツだろう、視聴者が言うには田舎だったから山の中には少し手を加えれば遊び場になりそうな小屋がそこかしこに有って、浮浪者の住処になっている事もあるので誰もいない事を確認する手間もスパイ活動みたいで楽しかったらしい



 その小屋の中に自宅から不要になった家具や、ゴミ捨て場にあったもう使えない家具も持ってきてアジトのような内装を作り上げ、学校帰りはそこで集まって学校から拝借して来たチョークで新しい基地改造計画を壁に書き殴り、秘密結社気取りの会議なんかも繰り返し行ったのだという



 大我の頭の中にもその情景はありありと浮かんだ。新緑の香りを感じながらの会議は普段鉄臭い室内で行うものとはまた違った物だという事、日が暮れて来ると誰が言うともなく帰りの支度をし始める



 明日もまたここで遊びたい思いから解散する前に明日の計画を立てて約束を取り付けて必ずまたここに来ようと念押ししてから帰る。そうしなければ自分達の秘密基地が無くなってしまう気がして



 大我はもちろんこんな青春を経験した事なんか無い。ずっと部屋に引き籠っていたんだから。それでもここまで情景が頭の中に浮かんでくるのは、幼い頃の大我にもあったのだ。秘密基地が




 "如月大我八歳"名作と伝えられためぼしい創作物を一通り消費してしまった大我にとって、もう図書館に本を借りに行く事すら億劫で何もしたくなかった。結局過去の人間が残した娯楽なんて物はこの程度なんだろうとため息の絶えない日々が続く



 すると義理の両親はそんな大我を不憫に思ったのか当時まだ一般家庭にも普及していなかったインターネットを我が家に取り入れようと考えた。そうする事で家から一歩も出る事無く海外の情報までも自分の手で得る事が出来ると聞いたから



 それから大我の知らぬ水面下で両親は奔走した。慣れない機械の購入やセットアップに回線工事、還暦の老人二人にはかなりの重労働だったように思える。それでも自分のかわいい子供が喜んでくれればと必死だった



 しかしそんな計画空しく大我にパソコンの存在がバレてしまった。驚くでもなくあっさり周辺機器のカスタムまで済ませてしまい最初からこの子に頼んでおけばよかったねと両親は顔を見合わせて苦笑した。大我はこの時『何もできない年寄りはすぐ物を壊すんだからあんまり触れない方がいい』と言い放った。昔はそういう子供だったんだ



 確かにこれは便利だ。自分が欲しい情報だけをピンポイントで知る事が出来るのだから、これからはテレビのくだらない情報番組のVTRを流すだけのコーナーも見る必要がなくなるんだ。くたばり損ないの年寄りにしては俺好みの娯楽だ、この前はつまらない白黒映画なんか見せやがって許さんぞ



 それにしても快適だ、家から出る必要が無いという事はあんな下等生物共の鼓動を感じる必要が無いという事。この空間には俺しかいないという安心感も有る



 それに他者の存在を感じたいのであればチャットルームや掲示板もあるじゃないか、人型を保たずに文字として存在している分にはそこまでストレスも感じずに会話もできるな。俺以外の人類は全てこういう形に変異してしまえばいいのに



 見て分かるように如月大我は小さい頃、変な子供だった



 匿名掲示板という場所は『他人の情報はIDと呼ばれる日替わりで変えられる英数字の羅列しかなく、性別や年齢などはその人物の申告でしか知る事が出来ない』つまりなりたい自分になる事が出来るのだ、ネットを使ってから何十人の東大生を見たか分からないくらいだ。



 利用者も嘘だと流石に気づいている筈で、それでも別に構わなかった。その人物が東大生だからって自分の人生に干渉して来ないのだから、逆にその人物に架空の定理なんかを投げかけ遊んだりもしていた



 楽しければ何をしても良かった、自分たち以外のコミュニティに喧嘩を売っては、荒らし荒らされどちらかが降参するまでは混沌としていたし、降参宣言をすればそれ以上荒らす事もなくただ自分達の住処で各々を讃えあい誇らしげにしていた。



 インターネットに存在している誰もが子供の様な遊び心に溢れ、やる事はほとんど幼稚だった



 大我はというと所謂『ROM専』と呼ばれる、書き込みなどはせずに見ているだけの人だった事もあり自分で建てたスレッドや恥ずかしい書き込みなんかは無く当時からネットリテラシーは大人以上だった。ただし面白いスレッドの流れを止めるような奴には腹を立て、ウイルスでも送ってやろうかと何度か本気で考えていた様だ



 現実なんかより何十倍も居心地が良かった。自分がここまでの天才だと誰も知らない、年若い8歳の子供がこんな掲示板に存在するとは誰も想像していなかっただろう。それが嬉しかった



 つまらない人間には総理大臣だろうと半年ROMらせるし、ハリウッドスターだろうと"ぬるぽ"されて"ガッ!"すれば"ナカーマ"だった。そんな姿を見て大我は楽しむと共に内心ではとんでもなく見下していた、いい歳してこんな場所にしか居場所のない社会不適合者共がこんなにも居るんだと



 大人になった自分もあの頃のおっさん達と同じ様に、ここしか居場所のない社会不適合者になっているとは知らずに…



 ネットに染まってからアニメも見るようになったしゲームも沢山やるようになった。今で言うサブカルチャーにどっぷりと浸かった生活が海外留学するまで続いた、かと言ってフィクションでよく描かれる飯時以外は外に出ないボトラーチックな生活はもちろんしていなかった。嗜む程度というのがしっくりくるだろう



 現実の流行よりもネットの中の流行は移り変わりが早かった。掲示板全盛の時代から2~3年だっただろうか?それから動画を投稿する事の出来るプラットフォームが生まれ、コミュニケーションの場は掲示板のままに、盛り上がっている場所は動画投稿サイトに変わる。



 一芸に秀でた人間が活躍するようになってから、今まではスレッド主とそれ以外だった構図が優秀な投稿主とそれ以外という構図に変わり、ネット民の間にはパワーバランスという物が生まれ始めていた



 今までは掲示板の中だけで行われていた小競り合いが、優秀な動画投稿主の名前を使い無芸のネット民が他者を貶めるという形に変わってから人の悪意が今まで以上に形を成して来た。



 投稿主が先導するのではなく勝手に名前だけを使ってあたかも悪いのはその人のファン全体だと言わんばかりに叩かれる事が続いた。それが原因で引退してしまった人も居たくらいに問題となっていたのがこの頃のインターネットだ



 そんな環境でも辞める事無く今の時代まで活動を続けている人間は、やはりどこか性格に問題を抱えている人が多く、動向を逐一追って来た自分も例に漏れずその中の一人だ



 一般にネット環境が広く普及して来た現代では日常茶飯事だろうが、当時は本当にこんな事で皆頭を悩ませて自分がお気に入りの投稿主の更新が遅れている場合は引退という二文字に怯えていた



 だからこそ、この頃の視聴者はネットリテラシー云々ではなく達観してる人が多い気がする。それはいけないよ!と諫めるでもなくまぁ…ネットだから。と半ば諦め気味に昨今のネットを俯瞰している人がいたのならば恐らくこの時代の生き残りだろうから優しくしてあげると良い



 昔話を終えるとこの頃のネットが自分にとっての秘密基地と呼べるものだろう、と大我は視聴者に語り掛けた。バカバカしいながらも本気だった、誰かがもういいよ、現実見ようよ。なんて冷める事を言わないように気を使っていたと思う



 ネット年齢は間違いなくあの頃の方が低かっただろう。だからこそネットに脅え、リテラシーも高くなっていったのだと思う。きっとあの頃家に引き籠ってネット漬けの生活をしていなければ、配信中やSNSで何度か問題を起こしていただろう



 これから訪れる夏休みの間は昔の自分の様に、家から一歩も出ない子供も増えているんだろう。そんな子供たちにはネットをしてもいいけど真似だけはしないように、と強く言ってあげて欲しいと大我は見ている親御さんに向けて注意喚起した



「あの頃って多分そこまでネットの端末って普及してなくて…スマホも無かったし、ネットをするのって親の目盗んでする事が多かったから、当時のネットやってた子供達には悪い事をしているって感情がどっかにあったと思うんだよね」



「でも今って生活に身近すぎて、現実とは違って誰からも攻撃されずに一方的に攻撃できる無敵感みたいなのは感じてると思う。それこそ配信者の名前とか使って自分がその人の舎弟になったと錯覚して他者を攻撃する事も平気で出来ちゃうし」



「他人の名前や言葉で優位に立った気になる醜い人間にだけは育ててはいけない。現実に帰って来た時に自分には何も無い事に気付いて、そのストレスをまた同じ様にネットで発散するハメになるから人生が終わる」



「昭和の頃の親御さんは不良の子供に相当苦心したと聞くけど、現代でもそれと同じ事が起きてると言ってもいい、ネットヤンキーが増えてきてる。現実と違って人を傷つけてもどれだけ傷付いているのか分からないし、物が壊れないから違法だとも気付かない分もっと質が悪い。警察沙汰になって初めて事の重大さに気付くだろうから」



「使い方さえ間違えなければとても楽しく便利な物だから、包丁みたいな物だよ今のネットは。自分の子供がネットをしている時は間違った事をしていないか注意深く見てやってください。以上!」




 そう言って放送を終えた大我は昔通ってた掲示板へ久しぶりに顔を出すとあまりの過疎っぷりに笑ってしまった。ネットの傍観者からコンテンツになってしまった自分もいずれこうなってしまうのかと考えたが不安や焦りは一切なかった。盛者必衰、どれだけ人気者でも忘れられる日は必ず来るだろう。それでも自分の隣にイズミが居てくれるから安心して今を生きていける



 それにしても生き辛いネットになってしまったな、と大我はほぼ毎日荒れているSNSを見て思った。誰かがどこかで怒っている事なんて昔から変わっていないが、それが表面化してきている。



 大我は別に何の不満も抱いてないので何のアクションも起こさないが、怒っている人は声高に叫ぶから目立ってしまう。日本がそんな人ばかりに見えてしまうから見ている側も次第にイライラしてくる負の連鎖の中に居るのだろう



 明日はここで怒っている人達にも楽しい人生が届けられるようにと気合を入れなおし、この日も大我は満足気に一日を終えた。今日もイズミがただ大我の隣に居てくれたから



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