第三十八話 卓の上で球弾き
突然ですが近所の小学校に来ました。義務教育未経験の大我に学校とは如何に楽しい所なのかと教えてあげる為に休日にお金を払って貸していただいてます
勉強なんか全然楽しくない事はご存じだと思うので、友達と一緒に遊ぶ楽しさを知ってもらいたいと体育館でスポーツに勤しむ事に。
という事で卓球で勝負です
如月イズミ シェイクタイプと呼ばれるラケットを使っている 手の平で持ち手を包み込むようにして持ち人差し指でラケットの根元を固定し背面での対応もできる為器用な使い方が出来る
如月大我 ペンタイプと呼ばれるラケットを使っている 親指と人差し指で持ち手のグリップを固定すると利き手で構えラケットの前面しか使えないがその分力の加減や慣れによってはシェイクタイプよりも使い勝手が向上する玄人向けのラケットだ
今日はこの二人が卓球で勝負をする。それもこの空間に居る誰もルールを知らない中でだ、審判である大田まさみですらも何点取ったら勝ちなのかは分かっていない
「えぇ~…では如月イズミVS如月大我、卓球勝負。スタンバイ! プレイボール!」
如月大我のサーブから始まった、天空に放られたピンポン玉は空気に抵抗してゆっくりと落下し、大我の力によって全力で相手のコートに打ち込まれる。
パキンッ!
軽やかな音色と共に薄オレンジ色の玉は破裂した。ひしゃげた玉を拾い上げ審判大田は高らかにフォルトを宣言する。テニスのルールは知っている様だ
新しい玉を携え二度目のサーブに挑む。先程よりも高度は低いがその分大我は体を捻りフルスイングをした。その玉はイズミのコートに着弾したと同時に真っ二つに割れ爆ぜた。
審判大田に判定を委ねるしかない…一瞬迷ったものの首を横に振り、結果ダブルフォルトとなった。大我は早々に点をイズミに献上してしまい厳しいスタートとなったが、このセット中サーブ権は大我にあるらしい
次は慎重に、玉を大切に扱いイズミのコートにノーバウンドで入れる事に成功した。
するとイズミはラケットを器用に使い、その玉を空中に高く上げると体を回転させその遠心力のままバックハンドで大我のコートに打ち返した。イズミの回転が玉に伝達し歪な軌道で大我を襲う
コートに触れる事無く大我の顔面へ飛んで行ってしまったピンポン玉を、大我は避ける事無く顔面で受け止めた。そのまま何度かラケットを使いリフティングをするとフルスイングでイズミのコートに叩きつけた。玉は破裂している、二人は審判大田の判断を仰ぐ
審判大田の下した判定は仕切り直し。再び大我のサーブから始まると今度はイズミのコートに向かって高く高く玉を跳ね上げた。落ちてくる軌道を読み振りかぶっているイズミ、しかしこれこそが大我の狙いだった。
もうこうなってはフルスイングするしかない、玉の破裂か?はたまたネットか。大我は理解していた、これは勝ち筋よりも負け筋を増やしていくゲームなのだと
全力で打ち込んだイズミの玉は再び大我の顔面を捉えた。そしてその浮き上がった玉を大我がフルスイングで打ち込むと玉は割れている。審判大田が高らかにボールロストを宣言すると大我は何も言わずに新品の玉を手に取った
卓球とはかくも困難なスポーツなのかと
~五分後~
「ボール無くなっちゃったね」
「ね」
「どうするんですか動画の告知しちゃったのに! 玉割って終わっちゃったじゃないですか!」
「すぐ割れちゃう構造に作った人にも問題はあるよね」
「ね」
「そもそもなんでルール調べないでやろうなんて言ったんですか…私くらいは調べても良かったんじゃないですか…?」
「ライブ感って大事かなと思って」
「他人の曲アレンジしまくる素人の発想みたいですね」
時間も駄々余りしてしまったので体育館の中で出来る遊びを一通り考えてみると大我のやってみたかったドッジボールをやろうという事になった。審判はイズミが請け負い、この勝負に負けた方がイズミを諦めるというとんでもないルールのデスマッチだ
開幕のジャンプボールでは30㎝近い身長差により言うまでもなく大我ボールから始まる。とにかく中央線から出ないように相手にボールをぶつけるだけ、負けるはずの無い簡単な勝負だ
「兄さん待って」
「どうした」
「今本気で投げようとした?」
「うん、もちろん」
「女子に本気で投げて顔に当たったらどうするつもりよ」
「どうするって…真剣勝負に男子も女子もないだろ!」
「帰りの会が長引くから問題起こさないでよね」
「なんだよ帰りの会って!?」
「お兄さん早くしてくださいよー、昼休み終わっちゃいますよー」
「学校あるあるで精神的に攻めるのやめろよっ!!」
結局なにが正解か分からず無効試合という事になってしまったが別の競技で決着をつける事に
バスケの1on1では勝負が目に見えている、他には…他には?何が出来るんだ?
この広い空間を使って出来る遊びがこれだけの筈がない。絞りだそうとするもどう考えても2人では少なすぎる…ここは多人数で遊ぶ事に特化した空間なのだから少人数でやる事なんかある訳もない
「なぁ…もしかしてだけど学校ってさ…」
「ダメよ、まだ何かあるかもしれないじゃない」
「そうですよ! 過去の自分を正当化したい気持ちも分かりますけどお兄さんは明らかに少数派なんですから!」
「そ、そうだった…皆はちゃんと学校に通ってちゃんと楽しく遊んでるんだった」
「じゃあ次の遊び教えてくれ」
「「・・・・・」」
「は?」
二人の口から次の遊びが出て来る事は無かった。昼休みに体育館で遊ぶ女子など稀、しかも大概男子から誘われたり既に出来上がっている輪の中に入っていくのだから、自分達で率先して遊びを提案したりはしなかった。
それでもなんか楽しかった事は覚えているので大我に批判されるのだけは避けたい。その一心で適当な事を言ってしまったのだ
「おはじきはじきやりましょう」
「それ前見たけど一人用だろ!」
「柔道やりますか」
「やったとて負けるわけないだろ! 絶対誰もやってなかったし!」
「やっぱつまんねーよ学校!!」
言ってしまった、禁断の言葉を。そう、学校は楽しくないのだ
楽しかったのは学校に存在している友達で、確実に放課後自由に遊んでる方が楽しかったのだから。それでもなんか小学校の頃は、中学校の頃は、と話題の始まりは『学校』となってしまうからみんな勘違いしているだけで、時々学校をサボって見る昼の番組の方が全然面白かったしゲームとか最高に面白かった。
「まぁ…大人になってから来てもね…」
嘘だ。子供の頃も別に楽しくなかった
「そ、そうそう! 毎日学校が楽しみで…」
大嘘だ。日曜の夜とかどうやってサボるか考えてた
「学校はクソつまらんし、小学校とか頭のおかしい教師が一定数居るから大変だってネットで聞いてたけど…マジでそうなんだな」
何も言い返せなかった。なんですぐ職員室に帰るのか?それを呼びに行く人を決める時に、いつもはうるさいカースト上位男子の沈黙は何だったのか?なによりもそこまで頭を悩ませて呼びに行った先生は絶対的な権力を持っている訳でもなかった事が一番の衝撃だ。いよいよなんだったんだあの時間は
三人は観念してまだ明るい帰り道をトボトボ歩いて帰った。ただ金払ってピンポン玉壊して帰って来ただけじゃないかなんて誰も言えなかった。きっと楽しくなる、誰もがそう考えたからこそ実現した企画は凄惨な結末を迎えた
気を取り直して帰りに食べ歩きをして帰ろうと提案する。小学生の頃は怒られただろう事を大人になって平然と出来る、この有難みは学校に行っていない大我でも容易に想像できたから
不自由の中にこそ楽しみを含んでいる、これは配信においても言える事でいつでも好き勝手にやっていると次の配信で刺激を感じなくなってしまう。結局我々は不自由なルールによって生かされている檻の中の動物がお似合いなんだろう
「…想像の中の世界が鮮明になったと考えよう」
「知れない事を知るって大切な事よ」
「また企画練り直さないとですねぇ…お兄さんが規格外な事を加味してませんでした」
「またなんか壊すかもって所から考えてね」
「壊さないように努力してくださいよ」
何も得るものは無かったと落ち込んで帰る三人だが、その背中を見つめる用務員の岡崎さん(63)だけは知っているかのようだった…彼らが手にした物の大きさを




